シスルの花束を

碧月 晶

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沢巳さわみが案内したのは通りからは外れた所にあるレトロな雰囲気の喫茶店だった。店内はマスターと思しき男を除けばオレと沢巳の二人だけで、一番奥の席に(本当は嫌だが)沢巳と向かい合って座った。

「いつから着け回してやがった」
「まぁまぁ、そう焦りなさんな。あ、コーヒーでもどうです?ここの、意外と美味いんですよ。ああ、勿論俺の奢りですよ」

本題に入ろうとするも、のらりくらりと躱す沢巳の態度に苛立ちが増していく。

「…いい加減にしろよ。てめぇと茶ぁするためにわざわざ来てやったんじゃねえぞ」
「おお。テレビで拝見するより短気だ。怖い怖い」
「………」

自分でも目がつり上がるのが分かった。雨月うげつの情報欲しさに着いてきてしまったが、やはり今すぐ帰ろうか。

「ふう。さて、そろそろ本題に入りましょうか」

そう考えていた矢先、コーヒーを飲み終えた沢巳が漸く口を開いた。

「なんでしたっけ。ああ、そうそう。いつから着けていたか、でしたっけ。ええっと、アンタが復帰した辺りからなんで…彼是(かれこれ)三ヶ月半くらいになりますかねぇ」

三ヶ月半。そんなにも長い間着けられていたなんて。マスコミにはそれなりに気を配っていたつもりだが、それほど目の前にいる男の尾行がうまかったという事なのだろう。…癪だが、気付いていなかった以上認めざるを得ない。

「俺、鼻は良い方だと自負してるんですよ。アンタ、今までファンなんか気にも留めなかったでしょう?なのに、あの記者会見での発言。これはもう、謹慎期間中に何かしら心境の変化があったとしか思えないでしょ」
「………」
「で、その変化をもたらした『誰か』ってのが、ここ最近アンタと一緒にいる所をよく見るようになった『寒河江雨月』だと俺は踏んでるんですけど。実際のところどうなんです?当たってます?」

身を乗り出し、興奮に目を見開く沢巳。

「…気持ち悪ぃ奴だな」
「お。当たってましたか」

オレの返答に確信を得たらしいが、それには答えずに逆に聞き返す。

「あいつの何を知ってる」

オレが雨月について知っている事は、ヨーロッパで活躍している風景カメラマンで最近まで海外で暮らしていた事、伯父とリアムという友人がいる事くらいだ。

「『寒河江雨月』。フランスの大手デザイン企業chardonシャルドンに所属するヨーロッパでは有名なカメラマン。ちなみに伯父はその会社の社長」

沢巳が鞄から取り出した手帳を開き、書かれている文章を読み上げる。

「は、それだけかよ」

多少、新しい情報はあったものの、概ねオレが知っている事と合致する。

「まあ、『寒河江雨月』については元々情報が少ないんでね」
「…?」

何だ…?

さっきからやたらとあいつの名前を強調しているように聞こえる。

「ああ、お気付きで?そう、確かに俺は『寒河江雨月』の事はあまり知りません。でも、『名雪雨月』の事なら多少は知っているんですよ」

なゆき…?

「この名前に、『名雪』という名字、どこかで聞き覚えありませんか?」
「…知らねえよ」
「おや。それはそれは…まあ、無理もないですかね。アンタは当時まだ5歳のガキだった訳ですし?」
「! てめえ、調べやがったのか」
「はい。いやぁ、あれは悲惨な事故でしたねぇ。被害者も加害者も死んで、生き残ったのは子供のみ。いやはや、お母上様にはお悔やみ申し上げます」
「…っ、てめえが言うんじゃねえ!」

そんな事、微塵も思っていないくせに。口さがない連中と同じくせに。

「そんなに怒らなくても良いじゃないですか。もう過ぎた事なんですし」
「っ、てめえ…」
「そんな事より、結局『名雪』という人物が誰だったのか気になりません?なりますよね?ね?」

再び、沢巳が目を輝かせて身を乗り出す。

「んなもんどうでも───」
「『名雪なゆき 彩子あやこ』。それが当時アンタ方親子を撥(は)ねた車を運転していた女の名前ですよ」
「───…」
「もう、お分かり頂けましたよね?そう!彼女には当時8歳になる息子がいたんですよ!その子の名前が!『名雪雨月』!」

────目の前が真っ暗になったような気がした。

一瞬、思考が停止する。それでも、沢巳の語りは止まない。

「当時は彼がまだ未成年という事もあって報道はされませんでした。事故後は母方の祖父母に引き取られたそうですが、その祖父母も数年後に他界し、中学に上がる頃フランスに住んでいた伯父のもとへと引き取られる。しかしその後『寒河江』と名を変え、カメラマンとして活躍するようになった、と」

そこまで一気にまくし立てて言うと、沢巳はニヤリと厭(いや)らしい笑みを浮かべ、興味津々とばかりに眼だけをギラつかせる。

「何の因果でしょうねぇ。それとも運命か。どちらにせよ、俺は興味がありますよ」
「…チッ」

…どこまで行っても悪趣味な奴らめ

無言で席を立ち、出口へと歩き出す。

後ろで沢巳が何か言っていたような気がしたが無視した。

今はただ、あいつの事で頭がいっぱいだった。

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