シスルの花束を

碧月 晶

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「お疲れ様でした」
「うん、お疲れ様~。良かったよー、氷室くん相変わらずイケメンだねぇ」
「ありがとうございます」
「うんうん。次のCMも宜しくね~」
「はい」

バシバシと背中を叩いて去っていったディレクターを見送る。

さてと…

挨拶も済んだ事だしと、目的の人物を探す。

いた。

そいつもオレと目が合うと、小さく手を振ってきた。

行き交うスタッフを避け、そいつ———雨月うげつの元へと向かう。

「お疲れ様です。三門」
「どうだった」
「とても、格好良かったですよ」

…何故だろうか。雨月の顔は無表情で本当にそう思っているのか最初は怪しんでいたが、今ではどことなく微笑んでいるように見えてしまう程にその紡がれる言葉が心地良いと感じてしまう。

「今日は誘って頂いてありがとうございました。おかげで良いものが見られました」

…そうか、声だ。こいつの声は凪いだ海のように酷く穏やかで、丁寧な物言いも相まってそう感じてしまうのだ。

「おい、この後───」

言いかけた時だった。周囲の空気がざわりと変わる。

「───…」

カツカツとヒールを鳴らし、撮影所に入ってきた四十前後と思しき女性。その立ち姿は堂々としており、室内だというのにサングラスをかけている。

「? 誰ですか、あの方は」

雨月が小さな声で耳打ちする。

「あの人は───」
「三門!」

答えようとするよりも早く、オレを呼ぶ声が撮影所内に響き渡る。

そしてカツカツとオレ達の前へとやって来ると、その人はサングラスを外した。

「久しぶりね、三門。近くに来たから少しあなたの顔を見に来たの。元気にしているようで何よりだわ」
「お久しぶりです、ゆりえさん」

冷泉院れいぜんいんゆりえ。彼女はオレが所属する事務所の大手スポンサーである会社の副社長をしている人だ。ちなみに世間一般には知られていないが、竜雅りょうがの実母であり、オレの義母にあたる人でもある。

「…ゆりえ、さん…?」

ぽつりと、どこか驚いたような音を含んだ声が聞こえ、隣りを見る。

「雨月?どうした」
「あ……いえ、何でもないです」

雨月は直ぐに取り繕うようにそうは言ったものの、オレは一瞬見えた雨月の何か驚愕したような表情が忘れられなかった。

「三門、そちらの方はどなたかしら?新しいモデルさん?」
「あ、いえ、こいつは───」

こいつは……何だ?

恩人?確かにそうだが、ここで言うような事ではないような気がする。
友人?にしては、体を重ねていたりと少なくとも健全な関係ではない。

すると何と言おうかと考えるオレを見かねたのか、雨月はこう言った。

「初めまして、寒河江さがえと言います。三門くんとは最近知り合って仲良くさせてもらっています。今日もその縁で見学に誘って頂いたんです」

言いながら、雨月は名刺を差し出す。ゆりえさんはそれを受け取ると、「まあ」と声を上げた。

「カメラマンさんなのね。それにこの会社って確かフランスの…」
「はい。流石、よくご存知ですね」
「そりゃあそうよ。でも、そうなのね。あなた若いのに凄いじゃない」
「ありがとうございます」

…? 何だ?一瞬、ゆりえさんの様子がおかしかった気が……いや、気のせいか?

「それじゃあ、私はこれで」
「あ、はい」

優雅に手を振って、ヒールの音を響かせながらゆりえさんは去っていった。


*****


「寒河江と言ったかしら…あの子、どこかで…」

どこかで見たような気がするのに、それがどこでだったのかが思い出せない。

ゆりえはもやもやする気持ちを抱えながら、首を傾げたのだった。

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