シスルの花束を

碧月 晶

文字の大きさ
上 下
12 / 62

12

しおりを挟む

「はい!OKです!お疲れ様でしたー!」

最後の写真を撮り終え、撮影現場を後にする。
用意されていた控室に入り、着替えを済ませたオレはいつも通りの文面を打ち、もう見慣れた名前の相手にメッセージを送る。

───『終わった。来い』

マネージャーが運転する送迎の車に乗り込み、スマートフォンをチェックすると『分かりました』といつも通りの返信が届いていた。


あれから、三ヶ月が過ぎた。
すっかり秋色に染まりつつある今、世間を騒がせたあのニュースはもうすっかり消え去り、記者会見からこっち急激に増えた仕事でオレは忙しい毎日を送っていた。
CM、広告、雑誌の撮影・インタビューは勿論の事だが、何より初めてドラマに出演するのが決まった事が大きかった。

何でも、業界では有名な監督がオレを指名したらしい。
オファーがきた役は主役ではないものの、それなりに台詞がある役だった。それまでモデルしかしてこなかったような人間を配役するのは稀な事だったそうだ。

正直、俳優業に興味が無かったと言えば嘘になる。来年からとはいえ、ドラマに出るか否か、オレにしては珍しく悩んだ方だと思う。

事務所は考えさせてくれと言ったオレに長くはなかったが時間をくれた。

オレは考えた。オレはこの先、この業界でどうなりたいのか。あの時、竜雅りょうがに言われた言葉が頭に過(よ)ぎった。

『俺の猿真似でこの業界に入ったくせに、何でお前の方が人気があるんだ!何で俺が選ばれないんだ!やる気もないくせにいつもいつもオレを馬鹿にしやがって!』

…竜雅が言った事は当たっている。

この仕事を始めた当初はまだ面白みを感じていた。でも、人気が出れば出るほど熱が冷めていくような感覚がしていって。
だが、そんなオレの心とは裏腹にどんどん有名になっていく自分の名前が独り歩きをしているようで、誰も本当のオレの事なんて見ていないんだと思うようになった。

そんな時だった。今後の勉学という名目で、社長と一緒にパリへ行くモデルとしてオレが選ばれたのは。
周りは誰もが選ばれるのは竜雅だと思っていた。竜雅もそう思っていただろう。だが、実際に選ばれたのはオレで。でもオレは竜雅の気持ちなんて考える事もなく、内心面倒くさいと思いながらも社長の指名ならと、乗り気でないにも関わらず承諾した。

どうせ行ってもこの業界への熱を失いかけている自分にとって何の足しにもならない旅になるだろうと思っていた。
しかし、彼らを見た瞬間、その考えは変わった。

優雅に、美しく、凛として咲く花の如く。衆人環視の中、自分をどう見せればどう魅せる事が出来るのかを熟知した選ばれた人間たちがいた。

その瞬間、オレは初めて目を奪われるという体験をした。

日本へ帰って来てからも、その余韻は抜けず、ずっとオレの中に残り続けた。

そして思った。オレもあんな風になりたいと。

同時に漸く気が付いた。何に、どうなりたいかなんてまるで考えていなかったのだから、本当の自分なんているはずがなかった事に。

それからはオレなりに彼らに少しでも近付けるよう仕事に精を出したと思う。しかし、再びオレの中で熱が蘇ってきていた矢先だった。あのニュースが流れたのは。

…正直、雨月うげつと出会っていなければ、今オレはここにいなかったと思う。

それだけ雨月には感謝している。…まあ、本人には死んでも言わないが。

…ああ、そうだ。もう一つ雨月に礼を言わなければならない事がある。

『ドラマに出てみない?』

マネージャーからそう聞かれた時、オレが迷った理由。それはモデルとしてあの最高峰の舞台に立つ事を目指しているのに、俳優業をしている暇などあるのか、という事。

寧ろ時間を無駄にしていないか、邪魔にはならないか。しかし興味がない訳ではない。

人生の分岐点だと思った。だから、今一つどちらにも踏み切れなかった。

だが、何気ない雨月の一言でオレは決心する事になる。

『人生何が糧になって、どこにどう生きるか分からない』

目から鱗が落ちた気分だった。

そうだ。人生なんて何が起こるか分からない。なら、いま分からない先の事を考えたってしょうがないじゃないか。

モデルと俳優。例え二足の草鞋(わらじ)を履く事になろうとも、そのどちらもで最高の自分を目指せば良いのだと気が付いた。

その後の展開は早かった。出演する旨をマネージャーに伝え、事務所は正式にオファーを受ける事になったという訳だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

告白ゲーム

茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった 他サイトにも公開しています

フルチン魔王と雄っぱい勇者

ミクリ21
BL
フルチンの魔王と、雄っぱいが素晴らしい勇者の話。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

処理中です...