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しおりを挟む「はい!OKです!お疲れ様でしたー!」
最後の写真を撮り終え、撮影現場を後にする。
用意されていた控室に入り、着替えを済ませたオレはいつも通りの文面を打ち、もう見慣れた名前の相手にメッセージを送る。
───『終わった。来い』
マネージャーが運転する送迎の車に乗り込み、スマートフォンをチェックすると『分かりました』といつも通りの返信が届いていた。
あれから、三ヶ月が過ぎた。
すっかり秋色に染まりつつある今、世間を騒がせたあのニュースはもうすっかり消え去り、記者会見からこっち急激に増えた仕事でオレは忙しい毎日を送っていた。
CM、広告、雑誌の撮影・インタビューは勿論の事だが、何より初めてドラマに出演するのが決まった事が大きかった。
何でも、業界では有名な監督がオレを指名したらしい。
オファーがきた役は主役ではないものの、それなりに台詞がある役だった。それまでモデルしかしてこなかったような人間を配役するのは稀な事だったそうだ。
正直、俳優業に興味が無かったと言えば嘘になる。来年からとはいえ、ドラマに出るか否か、オレにしては珍しく悩んだ方だと思う。
事務所は考えさせてくれと言ったオレに長くはなかったが時間をくれた。
オレは考えた。オレはこの先、この業界でどうなりたいのか。あの時、竜雅に言われた言葉が頭に過(よ)ぎった。
『俺の猿真似でこの業界に入ったくせに、何でお前の方が人気があるんだ!何で俺が選ばれないんだ!やる気もないくせにいつもいつもオレを馬鹿にしやがって!』
…竜雅が言った事は当たっている。
この仕事を始めた当初はまだ面白みを感じていた。でも、人気が出れば出るほど熱が冷めていくような感覚がしていって。
だが、そんなオレの心とは裏腹にどんどん有名になっていく自分の名前が独り歩きをしているようで、誰も本当のオレの事なんて見ていないんだと思うようになった。
そんな時だった。今後の勉学という名目で、社長と一緒にパリへ行くモデルとしてオレが選ばれたのは。
周りは誰もが選ばれるのは竜雅だと思っていた。竜雅もそう思っていただろう。だが、実際に選ばれたのはオレで。でもオレは竜雅の気持ちなんて考える事もなく、内心面倒くさいと思いながらも社長の指名ならと、乗り気でないにも関わらず承諾した。
どうせ行ってもこの業界への熱を失いかけている自分にとって何の足しにもならない旅になるだろうと思っていた。
しかし、彼らを見た瞬間、その考えは変わった。
優雅に、美しく、凛として咲く花の如く。衆人環視の中、自分をどう見せればどう魅せる事が出来るのかを熟知した選ばれた人間たちがいた。
その瞬間、オレは初めて目を奪われるという体験をした。
日本へ帰って来てからも、その余韻は抜けず、ずっとオレの中に残り続けた。
そして思った。オレもあんな風になりたいと。
同時に漸く気が付いた。何に、どうなりたいかなんてまるで考えていなかったのだから、本当の自分なんているはずがなかった事に。
それからはオレなりに彼らに少しでも近付けるよう仕事に精を出したと思う。しかし、再びオレの中で熱が蘇ってきていた矢先だった。あのニュースが流れたのは。
…正直、雨月と出会っていなければ、今オレはここにいなかったと思う。
それだけ雨月には感謝している。…まあ、本人には死んでも言わないが。
…ああ、そうだ。もう一つ雨月に礼を言わなければならない事がある。
『ドラマに出てみない?』
マネージャーからそう聞かれた時、オレが迷った理由。それはモデルとしてあの最高峰の舞台に立つ事を目指しているのに、俳優業をしている暇などあるのか、という事。
寧ろ時間を無駄にしていないか、邪魔にはならないか。しかし興味がない訳ではない。
人生の分岐点だと思った。だから、今一つどちらにも踏み切れなかった。
だが、何気ない雨月の一言でオレは決心する事になる。
『人生何が糧になって、どこにどう生きるか分からない』
目から鱗が落ちた気分だった。
そうだ。人生なんて何が起こるか分からない。なら、いま分からない先の事を考えたってしょうがないじゃないか。
モデルと俳優。例え二足の草鞋(わらじ)を履く事になろうとも、そのどちらもで最高の自分を目指せば良いのだと気が付いた。
その後の展開は早かった。出演する旨をマネージャーに伝え、事務所は正式にオファーを受ける事になったという訳だ。
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