シスルの花束を

碧月 晶

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「では、どちらから始めましょうか」

テーブルを挟み、向き合う形で椅子に座ると、雨月うげつがそう切り出した。

「どっちでもいい」
「じゃあ、おれから。君は何をしている人ですか?」
「…オレの名前で検索してみろ」
「? 分かりました」

何となく、自分の口から明かすのは面白くないと思った。あくまで雨月が自分の意思で調べた結果という事実が欲しかった。

「ええっと確か…『氷室三門』くん、でしたっけ?」

確認に肯定を返し、スマートフォンをいじる様を横目で見る。これで、オレの正体と今世間を騒がせている『とあるニュース』も知った事だろう。

「……へえ、モデルさんだったんですね。それは知りませんでした」

ピタリとスクロールしていた雨月の指の動きが止まる。…見つけたか。

じっと一点を見つめる雨月がどんな反応をするのか、知らず凝視してしまう。

だが、

「分かりました。じゃあ、次は君の番ですね」

特に何のリアクションもせずに雨月はスマートフォンを置いた。

今、オレの名前を検索すれば間違いなく『あのニュース』ももれなく一緒に出てくるはず。雨月も確実に見たはずだ。

「…何も言わねえのかよ」
「一問一答ですから」

淡々と答えた雨月の真意は分からないが、分かった上で何も聞かないでいる事は分かった。

「…何でオレの事を知らねえ」

なら、ここはオレも雨月が言うルールに従うべきだろう。

「最近まで海外で暮らしていたんです。だから、日本の世情というか事情にはあまり詳しくなくて」

海外で暮らしていた。その言葉にこの間のリアムとやらからの電話を思い出す。なるほどな、だからあんなに英語を使い慣れてたって訳か。

「おれの番ですね。君は、どうしてあの夜逃げていたんですか?」

あの夜──それは当然オレたちが出会った日の事を指している。

「糞パパラッチ共に追いかけ回されてたからだよ」

───『あの大人気モデル氷室三門が人気番組女プロデューサーと体の関係を持っている』

身に覚えのない事だった。にも関わらず、メディアはあたかも真実のようにでっち上げたニュースを世間に報じ、週刊誌はただ仕事終わりに一緒にいただけの写真を枕営業の現場として掲載した。女プロヂューサーも何故かオレから迫ったと嘘をつく始末。
毎日毎日、どこへ行っても詰め掛け、無遠慮に質問を投げかけてくる。ウンザリだった。

そしてあの日、オレは缶詰めにされていたホテルから逃げ出した。

どうせここにいてもメディアは押しかけてくる。ならどこへ行こうが一緒だ。どこへ行こうがオレの勝手だ。オレは何もしていないのだから。

「何でオレを助けた」

追い掛けられて不覚にも挟み込まれてしまったオレを、雨月は突然現れ「こっちへ」とオレの腕を引いて自分の家へと誘(いざな)った。

誰かも分からない奴に着いていったオレもオレだが、それは雨月も同じだろう。

「…あの時の君が酷く困っているように見えたから、ですかね」
「…それだけか」
「『困っている人は助けなさい』と。それが祖父の教えだったので」

それは人として立派な教えだと思う。だが、あの時あそこにいたのがオレでなかったとしても雨月は助けていたんだろうかと思うと、何故か心臓のあたりが針で刺されたような痛みが走った。

「………」

途端、雨月が考え込むように押し黙った。かと思えば、何か言いたげにチラリチラリとオレを見る。

「…んだよ、言いたい事があんならはっきり言え」

そのはっきりしない態度にイラッときたオレは質問したいならしろと促した。

「…君は、犯人を知りたいですか?」

漸く開いた雨月の口から出た言葉は、予想だにしていないものだった。

「…どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ」
「そういう事を言ってんじゃねえ!」

思わず、机を叩いて立ち上がる。しかし、それでも雨月は瞬き一つせずに続けた。

「だって、これは事実ではないんでしょう?」
「当たり前だろ!」
「なら、疑惑は晴らすべきだと思います」

そんな事、出来るならとっくにやっている。でも、それが出来ていないからオレはここにいる。

「…お前、オレを嵌(は)めた奴が誰だか分かってんのかよ」
「いいえ」
「は?」

雨月の口振りはまるで犯人を知っているようなものだった。しかし、聞けば知らないと言う。
どういう事だと眉を顰(ひそ)めれば、雨月はオレを落ち着かせるように言った。

「犯人はまだ分かりません。どういう意図を以て、君を陥れようとしたのかも。…ですが、おれは君を助けたいと思う」
「…何でだよ」
「それは自分でも分かりません。でも、困っている君を放っておく気にはなれない。それだけです。こんな理由ではダメ…ですか?」
「…っ」

何だそれ。何だその理由は。

「…勝手にしろ」

けれど、どこかで嬉しいと感じている自分がいるのも確かで。
過ごした時は短いにも関わらず、オレの無実を信じ、オレを助けたいと言う。

「ありがとうございます」

こんな奴は初めてだ。

「で、どうやって探すんだよ」
「そうですね…」

オレが所属している事務所だって無能な訳じゃない。あの捏造写真を撮ったというカメラマンがいる会社に『嘘の記事を書くな、謝れ』と抗議したが、『事実を書いたまでの事』と言い張っている。
今も平行線が続いており、未だ解決には至っていない。

だから、この時のオレは正直そこまで期待していなかった。

「…三日ほど、時間を頂けますか」

雨月一人が加わったところで、状況はそんなに変わらないだろうと。そう、思っていた。


「犯人、分かりましたよ」
「───は?」


三日後、雨月の口からその言葉を聞くまでは。

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