シスルの花束を

碧月 晶

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「────おっせぇ」

とっくに陽は落ちたというのに、一向に雨月うげつが帰ってくる気配がない。

「どこほっつき歩いてんだ…あいつ」

ぽつりと独り言(ご)ち、ふと思う。

そういえば…

昨日聞き出した情報をまとめると、あいつは風景を撮る写真家で、伯父を親代わりにしていて、外国人の友人(?)がいる。

『寒河江 雨月』

徐(おもむろ)にスマートフォンを取り出し、某検索エンジンにそう名前を打ち込むとヒットした。しかし、そのほとんどが外国の記事だった。

翻訳機能を駆使して読み、分かった事は

『ヨーロッパを中心に活動している日本人の写真家。撮影対象は風景が主で、○○賞や△△賞を受賞している。あまりメディアに顔を出さない』

という事だけだった。

あまり成果が無かったと言えばそうだが、一つ疑問に思った事がある。

「日本で仕事した事は無ぇんだな…」

外国で活動している記事は多く見るが、日本に関する事は書かれていない。

まあ、日本人だが拠点は日本に置いていないという奴はごまんといる。そう考えれば別段おかしな事ではないのだろうが…

何となく、この時はその事が気になった。

そんな事を思いながら、スマートフォンを眺めている時だった。玄関から漸く鍵が開く音が聞こえた。

…やっと帰ってきたか

時刻は23時。普段なら18~19時には帰ってくるのに、今日はえらく遅い。

「あれ、まだ起きてたんですか?」
「…どこ行ってたんだよ」
「少し、人と会ってました」

人?このオレを差し置いて、こんな時間まで? ……んだよ、それ。何か腹立つな。

「誰だよ」

思わず、声に不機嫌さが滲み出る。だが、聞かれた雨月は不思議そうな顔をした。

「んだよ、その顔は」
「いえ…あの、聞いても良いですか」
「…何だよ」
「君は…俺に興味があるんですか?」

刹那、沈黙が落ちる。

事実と言えば事実なのだが、本人に言い当てられるとなかなか素直に頷けなかった。

「…だったら悪ぃのかよ」

漸く沈黙を破った自分の声は、情けない程に決まりが悪いものだった。

「悪い…とは言いませんが、不思議ではありますね」

真っ黒な無感情な瞳が真意を図るようにオレを真っ直ぐに見る。

「正直、君は俺の事なんて興味はないと思っていましたが…」

まあ、確かに最初はそうだったが…

「あんたは謎が多すぎんだよ。興味抱くなっつう方が無理な話だろ」
「謎、ですか?」

きょとんとして目を瞬く雨月。

「会ったばっかの知らねえ奴を家にあげても何も詮索しねえし、無理矢理抱かれたっつうのに怒りもしねえどころかどうでもいいときた。これでもあんたの事が気にならねえ奴がいるってんなら見てみたいね」
「………」

そう言い切ると、雨月は暫く考え込んだ後、こう言った。

「では、詮索し合いますか?」
「は?」

提案された言葉の意味が一瞬分からず、今度はこちらが目を瞬く。

「そうですね…お互いに一問ずつ聞いていくというのはどうでしょうか」

どうでしょうかって…

「オレも答えなきゃいけねえのかよ」
「俺に興味があると言った貴方に興味が湧きました。なので、俺も聞きたいです。…だめですか?」
「っ」

相変わらずの無表情なのに、オレの眼を覗き込んでそう言う雨月に何故かドキッとした。

「…いいんじゃねえの」

それ以上見てはいけないような気がして、思わず目を背けた。

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