シスルの花束を

碧月 晶

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「お待たせしました」

目の前に、ほんのりと赤みが残され、丁寧に焼き上げられたローストビーフが置かれる。

「美味しいですか」
「…まあ、良いんじゃねえの」
「そうですか。それは良かったです」

相も変わらず無表情でそう応えると、雨月うげつは自分もローストビーフにフォークを伸ばした。

あれから三日。雨月の体調はもうすっかり戻り、普通に過ごしている。

「………」
「? 何ですか」

オレがじっと見ている事に気が付いた雨月が首を傾げる。

「…別に。何もねえよ」

ふいと視線を逸らし、目の前の飯に戻す。美味い。料理の腕だけは褒めてやっても良いと思っている。

…だが、オレの思考はそんな美味い飯よりも先日見た雨月の涙が大半を占めていた。

何故こんなにも気になって仕方がないのか分からないが、あの光景が脳裏に焼き付いて離れない。

この問題を解決するのは簡単だ。単刀直入に本人に聞けば良い。「あの時、何故泣いていたのか」「母親がどうかしたのか」と。

しかし、未だに聞けていないのが現実。

何となくこいつには踏み込めない、踏み込んではいけないような雰囲気がある。

雨月はオレの事を知らない。そして差してオレに興味がないのか、何も詮索してこない。

プライベートもへったくれもないこの業界で、そんな扱われ方をしたのは初めてだった。だからだろうか。正直、居心地が良いと感じ始めている自分がいる。

…こいつの事を知りたいとか思ってんのか?このオレが?

確証はないが、どこかでオレがあの時の事を聞けばこの関係は終わると直感が告げている。

しかし、時が経つにつれて初めて抱いた他人への関心は次第に大きく膨れ上がっていった。

そんな悶々とした日々を過ごしていた時だった。雨月のスマートフォンに着信があったのは。

「………」

画面を凝視したまま一向に出ようとしない雨月。

「…出ねえの」
「え…あ、いや」

珍しく言い淀む。いつもなら淡々と「知らない番号なので」とか言って切るのに、今日はそうしない。ますます電話の相手が気になっていく。

一向に鳴り止まない着信。明らかに動揺しているような素振りを見せる雨月。

「貸せ」
「え、あっ」

着信音がうるさかったというのもあるが、単純にこの謎の多い男が躊躇う程の相手が誰なのかという好奇心が勝った。

スマートフォンを奪い取り、通話表示をタップする。途端、

『Ugetsu!Why can't I answer the phone!?(雨月!どうして電話に出ないんだい!?)』

これまたマネージャーに負けず劣らずの大声量が鼓膜を貫いた。

「あ?誰だよお前」
『That voice…you are not Ugetsu!Who are you!?(その声は…雨月じゃないな!誰だお前!?)』

雨月の名前をひたすら連呼する外国人らしき男の声に、ぴくりと雨月が反応する。

「…リアム?」
「知り合いか」
「ええ、まあ…でも何で…伯父おじさんの番号だったのに…」
「んなもん直接本人に聞きゃあ良いんじゃねえの?」

未だ電話の向こうでギャーギャーと喚きたてている外国人からの電話を取るように促す。
恐る恐るそれを手に取ると、雨月はそっと耳に当てて問いかけた。

「…Liam?」
『Ugetsu!』

漸く待ち望んでいた声が聞こえたからか、リアムという外国人の男の声が嬉しそうなそれへと変わったのが分かった。

…つーか、こいつ声でけえな

スマートフォンから漏れ出る声が(何と言っているかは分からないが)ここまで聞こえる。

よくそんな声量を耳元で聞いていられるなと思いながら、オレは流暢な英語で話す雨月の姿を見ていた。

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