シスルの花束を

碧月 晶

文字の大きさ
上 下
3 / 62

しおりを挟む

「お待たせしました」

目の前に、ほんのりと赤みが残され、丁寧に焼き上げられたローストビーフが置かれる。

「美味しいですか」
「…まあ、良いんじゃねえの」
「そうですか。それは良かったです」

相も変わらず無表情でそう応えると、雨月うげつは自分もローストビーフにフォークを伸ばした。

あれから三日。雨月の体調はもうすっかり戻り、普通に過ごしている。

「………」
「? 何ですか」

オレがじっと見ている事に気が付いた雨月が首を傾げる。

「…別に。何もねえよ」

ふいと視線を逸らし、目の前の飯に戻す。美味い。料理の腕だけは褒めてやっても良いと思っている。

…だが、オレの思考はそんな美味い飯よりも先日見た雨月の涙が大半を占めていた。

何故こんなにも気になって仕方がないのか分からないが、あの光景が脳裏に焼き付いて離れない。

この問題を解決するのは簡単だ。単刀直入に本人に聞けば良い。「あの時、何故泣いていたのか」「母親がどうかしたのか」と。

しかし、未だに聞けていないのが現実。

何となくこいつには踏み込めない、踏み込んではいけないような雰囲気がある。

雨月はオレの事を知らない。そして差してオレに興味がないのか、何も詮索してこない。

プライベートもへったくれもないこの業界で、そんな扱われ方をしたのは初めてだった。だからだろうか。正直、居心地が良いと感じ始めている自分がいる。

…こいつの事を知りたいとか思ってんのか?このオレが?

確証はないが、どこかでオレがあの時の事を聞けばこの関係は終わると直感が告げている。

しかし、時が経つにつれて初めて抱いた他人への関心は次第に大きく膨れ上がっていった。

そんな悶々とした日々を過ごしていた時だった。雨月のスマートフォンに着信があったのは。

「………」

画面を凝視したまま一向に出ようとしない雨月。

「…出ねえの」
「え…あ、いや」

珍しく言い淀む。いつもなら淡々と「知らない番号なので」とか言って切るのに、今日はそうしない。ますます電話の相手が気になっていく。

一向に鳴り止まない着信。明らかに動揺しているような素振りを見せる雨月。

「貸せ」
「え、あっ」

着信音がうるさかったというのもあるが、単純にこの謎の多い男が躊躇う程の相手が誰なのかという好奇心が勝った。

スマートフォンを奪い取り、通話表示をタップする。途端、

『Ugetsu!Why can't I answer the phone!?(雨月!どうして電話に出ないんだい!?)』

これまたマネージャーに負けず劣らずの大声量が鼓膜を貫いた。

「あ?誰だよお前」
『That voice…you are not Ugetsu!Who are you!?(その声は…雨月じゃないな!誰だお前!?)』

雨月の名前をひたすら連呼する外国人らしき男の声に、ぴくりと雨月が反応する。

「…リアム?」
「知り合いか」
「ええ、まあ…でも何で…伯父おじさんの番号だったのに…」
「んなもん直接本人に聞きゃあ良いんじゃねえの?」

未だ電話の向こうでギャーギャーと喚きたてている外国人からの電話を取るように促す。
恐る恐るそれを手に取ると、雨月はそっと耳に当てて問いかけた。

「…Liam?」
『Ugetsu!』

漸く待ち望んでいた声が聞こえたからか、リアムという外国人の男の声が嬉しそうなそれへと変わったのが分かった。

…つーか、こいつ声でけえな

スマートフォンから漏れ出る声が(何と言っているかは分からないが)ここまで聞こえる。

よくそんな声量を耳元で聞いていられるなと思いながら、オレは流暢な英語で話す雨月の姿を見ていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

フルチン魔王と雄っぱい勇者

ミクリ21
BL
フルチンの魔王と、雄っぱいが素晴らしい勇者の話。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

処理中です...