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殆ど丸い現世よりも大きく見える月からの光が窓から差し込む。
明日で俺が常世に来て丁度二週間になる。
あの後、俺は彼の容態が安定するまで口移しで薬を飲ませ続けた。彼が助かるのならと、その一心だった。
その甲斐あってか彼の容態は落ち着き、後は目を覚ませば大丈夫だろうと医者が言った瞬間、俺は初めて安堵で泣いた。
それと同時に気付いた。彼を好いているのだと。
「…何で」
気付いてしまったのだろう。
俺は明日帰る身だ。奇跡でも起きなければ、今後会う事はもう無いだろう。
「帰りたくないなぁ…」
正直言って、帰りたいとは思わない。出来るならば、このままずっと…
「…蒼月様」
「何だ」
「!?」
慌てて後ろを振り返れば、そこには入口に立っている蒼月様がいた。
「い、いつから…」
「少し前からだが…気が付いていなかったのか?」
「はい…」
呆然とする俺に、蒼月様はくすりと柔らかく笑う。
その表情に心臓がどきりと跳ねて。見惚れている間に、彼は襖を後ろ手に閉めて部屋に入ってくると、俺の前で腰を下ろした。
「来るのが遅くなって済まない」
いつかと同じ台詞に既視感を覚え、俺は思わずふっと笑ってしまった。
思えば、初めてこの声を聞いた時から俺は彼に惹かれていたのかもしれない。
けれど彼が言い難そうに何かを言おうとしてるのに気付いた瞬間、一瞬にして現実に引き戻された。
「…はい、分かってます」
ああ、久しぶりにこの顔をするかもしれない。上手く貼り付けられているだろうか。
ここにいたら彼の迷惑になる。
ちゃんと分かってるから。だから、泣くな。
「…っ」
「! 蒼月様?」
唐突に蒼月様に痛いくらいに抱き締められ、困惑する。
「…本当はお前を帰したくない」
「え…」
「だが、人間は常世に二週間以上いれば徐々に衰弱して死んでしまう。…これは私の我が儘だ。こんな事を言えばお前を困らせると分かっている。けれど、」
腕の力が緩み、ゆっくりと体が離される。
「どうしても、お前に私の気持ちを伝えたかった」
見上げた顔は切なげで。月に照らされたその表情を見た瞬間、我慢していた感情が言葉と共に零れ落ちた。
「俺も、帰りたくない」
「…!」
「貴方が好きです…っ」
「…私も、お前が好きだ」
口を吸われ、差し込まれた舌が自分のそれと絡み合って離れる。
「今更だが、名は何というんだ?」
「…名前、無い」
「そうか…では私が名を贈ろう」
「え…」
「そうだな……幸月はどうだろうか」
「幸月…」
「ああ。受け取ってくれるか?」
優しさに満ちた眼を見つめ返し、俺はこくりと頷いた。
そして、吸い寄せられるように再び唇を重ねた。
口付けに夢中になっている間に、畳に押し倒され、気が付いた時には着物はほぼはだけていて。体の至る所に口付けられる度に、ぴくりと反応してしまうのが恥ずかしかった。
「…私にも名をくれないか?」
「俺が…?」
「ああ。お前だけの特別な呼び名が欲しい」
「……あお」
彼の角を初めて見た時にとても綺麗だと思った。…やはり単純すぎるだろうか。
「や、やっぱり今のは──」
「あお、か。良いな」
「…良いんですか?」
「ああ」
とても嬉しそうに目を細める蒼月様──あおに、胸が甘く締め付けられる。
「幸月…」
「あお…」
白く輝く月の下、俺達は何度も肌を重ねた。
*****
「幸月」
名前を呼ばれ「はい」と振り返る。
「こんな所に座って、何をしていたんだ?」
「月を見ていました」
「…ああ」
揃って縁側から夜空を見上げる。多分、彼も同じ事を思い出しているのだろう。その口角がふっと持ち上がる。
「あれからもう五年か。早いものだな」
「そうですね」
相槌にこちらに顔を向けた彼の手が俺の頭に伸ばされ、そこ──俺の額から生えている二本の角に指の背を這わせた。
「お前にこの角が現れた時は本当に驚いた」
「俺もですよ」
五年前のあの日の翌朝、目が覚めると俺は鬼になっていた。
色々調べた結果、どうやら俺の先祖に大昔に現世に家出したあおの一族の女鬼と交わった者がいたらしく、その先祖返りで俺の眼が瑠璃色だった事が分かった。
そして薄くではあるが流れていたその鬼の血が、あおと触れ合った事で覚醒し、この姿になったのだ。
「驚いたと言えば、あおがくれた名前もですよ」
「…あの時は、もう会えないと思っていたからな」
「だとしても、生涯に一度で伴侶にしか贈れない『名月贈り』を人間の俺にするなんて、知った時は…」
「知った時は?」
「…正直嬉しかったです」
白状すれば、あおが愛しそうに目を細めて。それがくすぐったくて、俺は逃げるように視線を逸らした。
すると、俺の隣りに腰かけたあおに手を重ねられる。
「私もお前がこちらにいられる様になって、とても嬉しい」
本当に。あの時は今生の別れだと思っていたから。
「これからもずっと一緒だ」
こつんと合わせたお互いの頭にある瑠璃色の角は、常世で俺達しか持っていないもの。
かつて孤独だった者はもういない。
貴方がいるこの世界で、貴方の隣りで生きていくと決めたから───。
ーENDー
明日で俺が常世に来て丁度二週間になる。
あの後、俺は彼の容態が安定するまで口移しで薬を飲ませ続けた。彼が助かるのならと、その一心だった。
その甲斐あってか彼の容態は落ち着き、後は目を覚ませば大丈夫だろうと医者が言った瞬間、俺は初めて安堵で泣いた。
それと同時に気付いた。彼を好いているのだと。
「…何で」
気付いてしまったのだろう。
俺は明日帰る身だ。奇跡でも起きなければ、今後会う事はもう無いだろう。
「帰りたくないなぁ…」
正直言って、帰りたいとは思わない。出来るならば、このままずっと…
「…蒼月様」
「何だ」
「!?」
慌てて後ろを振り返れば、そこには入口に立っている蒼月様がいた。
「い、いつから…」
「少し前からだが…気が付いていなかったのか?」
「はい…」
呆然とする俺に、蒼月様はくすりと柔らかく笑う。
その表情に心臓がどきりと跳ねて。見惚れている間に、彼は襖を後ろ手に閉めて部屋に入ってくると、俺の前で腰を下ろした。
「来るのが遅くなって済まない」
いつかと同じ台詞に既視感を覚え、俺は思わずふっと笑ってしまった。
思えば、初めてこの声を聞いた時から俺は彼に惹かれていたのかもしれない。
けれど彼が言い難そうに何かを言おうとしてるのに気付いた瞬間、一瞬にして現実に引き戻された。
「…はい、分かってます」
ああ、久しぶりにこの顔をするかもしれない。上手く貼り付けられているだろうか。
ここにいたら彼の迷惑になる。
ちゃんと分かってるから。だから、泣くな。
「…っ」
「! 蒼月様?」
唐突に蒼月様に痛いくらいに抱き締められ、困惑する。
「…本当はお前を帰したくない」
「え…」
「だが、人間は常世に二週間以上いれば徐々に衰弱して死んでしまう。…これは私の我が儘だ。こんな事を言えばお前を困らせると分かっている。けれど、」
腕の力が緩み、ゆっくりと体が離される。
「どうしても、お前に私の気持ちを伝えたかった」
見上げた顔は切なげで。月に照らされたその表情を見た瞬間、我慢していた感情が言葉と共に零れ落ちた。
「俺も、帰りたくない」
「…!」
「貴方が好きです…っ」
「…私も、お前が好きだ」
口を吸われ、差し込まれた舌が自分のそれと絡み合って離れる。
「今更だが、名は何というんだ?」
「…名前、無い」
「そうか…では私が名を贈ろう」
「え…」
「そうだな……幸月はどうだろうか」
「幸月…」
「ああ。受け取ってくれるか?」
優しさに満ちた眼を見つめ返し、俺はこくりと頷いた。
そして、吸い寄せられるように再び唇を重ねた。
口付けに夢中になっている間に、畳に押し倒され、気が付いた時には着物はほぼはだけていて。体の至る所に口付けられる度に、ぴくりと反応してしまうのが恥ずかしかった。
「…私にも名をくれないか?」
「俺が…?」
「ああ。お前だけの特別な呼び名が欲しい」
「……あお」
彼の角を初めて見た時にとても綺麗だと思った。…やはり単純すぎるだろうか。
「や、やっぱり今のは──」
「あお、か。良いな」
「…良いんですか?」
「ああ」
とても嬉しそうに目を細める蒼月様──あおに、胸が甘く締め付けられる。
「幸月…」
「あお…」
白く輝く月の下、俺達は何度も肌を重ねた。
*****
「幸月」
名前を呼ばれ「はい」と振り返る。
「こんな所に座って、何をしていたんだ?」
「月を見ていました」
「…ああ」
揃って縁側から夜空を見上げる。多分、彼も同じ事を思い出しているのだろう。その口角がふっと持ち上がる。
「あれからもう五年か。早いものだな」
「そうですね」
相槌にこちらに顔を向けた彼の手が俺の頭に伸ばされ、そこ──俺の額から生えている二本の角に指の背を這わせた。
「お前にこの角が現れた時は本当に驚いた」
「俺もですよ」
五年前のあの日の翌朝、目が覚めると俺は鬼になっていた。
色々調べた結果、どうやら俺の先祖に大昔に現世に家出したあおの一族の女鬼と交わった者がいたらしく、その先祖返りで俺の眼が瑠璃色だった事が分かった。
そして薄くではあるが流れていたその鬼の血が、あおと触れ合った事で覚醒し、この姿になったのだ。
「驚いたと言えば、あおがくれた名前もですよ」
「…あの時は、もう会えないと思っていたからな」
「だとしても、生涯に一度で伴侶にしか贈れない『名月贈り』を人間の俺にするなんて、知った時は…」
「知った時は?」
「…正直嬉しかったです」
白状すれば、あおが愛しそうに目を細めて。それがくすぐったくて、俺は逃げるように視線を逸らした。
すると、俺の隣りに腰かけたあおに手を重ねられる。
「私もお前がこちらにいられる様になって、とても嬉しい」
本当に。あの時は今生の別れだと思っていたから。
「これからもずっと一緒だ」
こつんと合わせたお互いの頭にある瑠璃色の角は、常世で俺達しか持っていないもの。
かつて孤独だった者はもういない。
貴方がいるこの世界で、貴方の隣りで生きていくと決めたから───。
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