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暑くて、寒い。
そんな妙な感覚に、ふと意識が浮上する。
「───い、おい!」
この声は…そうだ、蒼月様の声だ。初めて聞く荒げた声だけど、間違いない。
「しっかりしろ!」
そう気付いたけれど、何故だか目が開けられない。
どうして、俺は目を閉じているのだろう。
自分が今どんな状態なのか分からず、暗闇の中、困惑する。
「解毒はまだ効かないのか!」
「…お言葉ですが、この者は人間です。鬼に有効であっても人間には毒になるか効かぬ可能性があります。それに、只でさえ烏天狗の毒は猛毒。まだ生きているのが不思議な程です。…最善を尽くしますが、あまり期待は出来ないでしょう」
蒼月様と話しているもう一人の知らない声──(恐らく)医者が言った言葉に、俺は漸く思い出した。
そうだ。俺は、あの烏天狗の足爪の攻撃を受け、気を失ってしまったんだった。
だとすれば、ここは蒼月様のお屋敷だろうか。手足が冷たいが、僅かに柔らかい物に包まれているような感覚がする所をみるに布団に寝かせてくれているらしい。
そんな事を考えている間に、いつの間にか医者の声はしなくなっていた。どうやら、出ていったようだ。
「…済まない。私のせいだ」
頬に温かい感触がして、蒼月様の手だと気が付いたのは少し遅れてからだった。
顔は見えないけれど、その声からは後悔が伝わってきて。どうして、そこまで俺なんかのために悔やんでくれるのだろう。
俺は、彼にとって赤の他人の、忌避される人間でしかないのに。
「…勝手な話だが、お前の…何の期待もしていない眼を初めて見た時から、私は己とお前が重なって見えた」
俺の頬を繰り返し撫でながら、訥々と語る蒼月様の声にそれはどういう意味だろうかと耳を傾ける。
「私は蒼鬼だ。他の者とは違う。『蒼月』という名も世襲に過ぎない。ただ完璧な頭領としての役割だけが求められる。『私』という『個』など必要とされない」
…ああ、そういう事か。
零された言葉に、俺は蒼月様の境遇が分かってしまった。それを、俺は知っている。
『名前』がなく、誰にも必要とされず、ただ周囲から忌避されるだけの存在。
かたや、代々の名を継ぎ、『完璧な頭領』としての己だけが必要とされ、己自身は必要とされない存在。
一見すれば正反対。だけど、どちらも『孤独』で。
「お前には迷惑だっただろうが、お前に言った言葉は全て私自身に向けてだった。…身勝手な事をして本当に済まないと思っている。いくらでも罵ってくれて構わない。だから…目を、覚ましてくれ」
そう近くで声がしたと思った次の瞬間、唇に柔らかく温かいものが触れた。
知らない感触。だが、それが触れている所から次第に暖かい感覚が全身に広がっていく。
それに伴い、悪寒も暑さも無くなっていって。心地いい感覚に、俺は漸く目を開ける事が出来た。
「───…」
「起きたか」
目を開けて見えたのは、微笑み。
「良か…」
だが、直ぐにそれは消えて。蒼月様の身体がぐらりと傾いた。
「蒼月様!?」
倒れ込んだ蒼月様の身体は冷たく、油汗をかいて荒い息を繰り返していて。俺は何が起こったのか分からず、必死に呼びかけ続けた。
そんな俺の切羽詰まった声が聞こえたのだろう。
先程いた医者と同じ声の鬼がやってきて、蒼月様に駆け寄った。
「これは…まさか神通力を使われたのですか!?」
医者はそう言うと、彼に薬箱から急いで取り出した薬を水に溶かして飲ませようとする。
しかし、意識が朦朧としているのか、咳き込むばかりで上手く飲み込めない彼に医者は焦り出す。
「蒼月様!お願いです、飲んで下さい!」
医者の焦り具合から、その薬を今すぐ飲まねば命に関わるのだと医術に詳しくない俺でも分かった。
このままでは彼が死んでしまう。
「…っ、貸して下さい!」
「! 何を…!」
そう思った瞬間、俺は医者から薬湯を奪い取り、自分の口に含んで荒い呼吸を繰り返している彼の口に重ね合わせた。
そんな妙な感覚に、ふと意識が浮上する。
「───い、おい!」
この声は…そうだ、蒼月様の声だ。初めて聞く荒げた声だけど、間違いない。
「しっかりしろ!」
そう気付いたけれど、何故だか目が開けられない。
どうして、俺は目を閉じているのだろう。
自分が今どんな状態なのか分からず、暗闇の中、困惑する。
「解毒はまだ効かないのか!」
「…お言葉ですが、この者は人間です。鬼に有効であっても人間には毒になるか効かぬ可能性があります。それに、只でさえ烏天狗の毒は猛毒。まだ生きているのが不思議な程です。…最善を尽くしますが、あまり期待は出来ないでしょう」
蒼月様と話しているもう一人の知らない声──(恐らく)医者が言った言葉に、俺は漸く思い出した。
そうだ。俺は、あの烏天狗の足爪の攻撃を受け、気を失ってしまったんだった。
だとすれば、ここは蒼月様のお屋敷だろうか。手足が冷たいが、僅かに柔らかい物に包まれているような感覚がする所をみるに布団に寝かせてくれているらしい。
そんな事を考えている間に、いつの間にか医者の声はしなくなっていた。どうやら、出ていったようだ。
「…済まない。私のせいだ」
頬に温かい感触がして、蒼月様の手だと気が付いたのは少し遅れてからだった。
顔は見えないけれど、その声からは後悔が伝わってきて。どうして、そこまで俺なんかのために悔やんでくれるのだろう。
俺は、彼にとって赤の他人の、忌避される人間でしかないのに。
「…勝手な話だが、お前の…何の期待もしていない眼を初めて見た時から、私は己とお前が重なって見えた」
俺の頬を繰り返し撫でながら、訥々と語る蒼月様の声にそれはどういう意味だろうかと耳を傾ける。
「私は蒼鬼だ。他の者とは違う。『蒼月』という名も世襲に過ぎない。ただ完璧な頭領としての役割だけが求められる。『私』という『個』など必要とされない」
…ああ、そういう事か。
零された言葉に、俺は蒼月様の境遇が分かってしまった。それを、俺は知っている。
『名前』がなく、誰にも必要とされず、ただ周囲から忌避されるだけの存在。
かたや、代々の名を継ぎ、『完璧な頭領』としての己だけが必要とされ、己自身は必要とされない存在。
一見すれば正反対。だけど、どちらも『孤独』で。
「お前には迷惑だっただろうが、お前に言った言葉は全て私自身に向けてだった。…身勝手な事をして本当に済まないと思っている。いくらでも罵ってくれて構わない。だから…目を、覚ましてくれ」
そう近くで声がしたと思った次の瞬間、唇に柔らかく温かいものが触れた。
知らない感触。だが、それが触れている所から次第に暖かい感覚が全身に広がっていく。
それに伴い、悪寒も暑さも無くなっていって。心地いい感覚に、俺は漸く目を開ける事が出来た。
「───…」
「起きたか」
目を開けて見えたのは、微笑み。
「良か…」
だが、直ぐにそれは消えて。蒼月様の身体がぐらりと傾いた。
「蒼月様!?」
倒れ込んだ蒼月様の身体は冷たく、油汗をかいて荒い息を繰り返していて。俺は何が起こったのか分からず、必死に呼びかけ続けた。
そんな俺の切羽詰まった声が聞こえたのだろう。
先程いた医者と同じ声の鬼がやってきて、蒼月様に駆け寄った。
「これは…まさか神通力を使われたのですか!?」
医者はそう言うと、彼に薬箱から急いで取り出した薬を水に溶かして飲ませようとする。
しかし、意識が朦朧としているのか、咳き込むばかりで上手く飲み込めない彼に医者は焦り出す。
「蒼月様!お願いです、飲んで下さい!」
医者の焦り具合から、その薬を今すぐ飲まねば命に関わるのだと医術に詳しくない俺でも分かった。
このままでは彼が死んでしまう。
「…っ、貸して下さい!」
「! 何を…!」
そう思った瞬間、俺は医者から薬湯を奪い取り、自分の口に含んで荒い呼吸を繰り返している彼の口に重ね合わせた。
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