鬼と生け贄の話

碧月 晶

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「無理に笑うな」

どこか悲しそうな、初めて感情を覗かせたその声に驚いて、思わず顔を見上げてしまう。

「っ!」

けれどその表情を見た瞬間、直ぐに見上げた事を後悔した。

「なにを、言って…」
「ここでは無理に笑う必要はない」
「無理になど、」
「しているだろう。初めて会った時から、ずっと」

金色の瞳がじっと俺を捉える。
真摯に、真っ直ぐに見下ろしてくる両眼に、忌々しい瑠璃色の瞳を持つ俺が映っていて。

「本音を、隠すな」

忌避された同じ色を持っているのに、こんなにも違う境遇にいるくせに。

「……なんか」

お前に何が分かる。

「本音なんか言ったところで何になる…!」

俺にないものを全て持っているお前には一生分からないだろう。

「感情なんか邪魔なだけだ!」

笑って、誤魔化して、取り繕って。

「…それでも、何度でも言おう。無理に笑うのはやめろ」

そうやって、全てを諦めて生きてきた。

「お前が変われば、きっと周囲も変化する」

最初から全てを諦めていれば、無駄な期待をせずに済む。

「諦めるな」

期待するのを止めれば、面白いぐらい全てがどうでも良くなって。

「…ふざけるな」

それまで辛かったものが、何も感じなくなった。

「お前に何が分かる。恵まれたお前に…っ」

笑っていれば、何もかも気付かないで済んだ。

「何も分からないくせに偉そうな事を言うな!この化け物!」


*****


壁に手を付き、乱れた息を整える。

ここが大通りからはだいぶ離れたどこかの路地だという事は分かるが、現在地は分からない。

「…は、何が化け物だ。化け物なのは自分だろ」

村で投げ掛けられていた言葉。その言葉に相応しいのは彼よりも俺だろう。

そう吐き捨てて手を振り払った後、ヒト込みの中へと逃げ込んだ。

周囲より小さな背丈が幸いしたのか、上手く紛れ込めた俺を蒼月様は見つけられなかったようだ。

「………」

壁に凭れ掛かりその場に蹲ると、ずるりと頭に被っていた薄衣が付いた笠が落ちた。

彼が何を思って俺を町へと連れて来たのかは分からないが、俺の容姿を隠せるようにと用意してくれた物だった。

地面に落ちたそれを拾い、再度装着しようとした、その時。

「こんな所に人間がいるとは。珍しいのう」

真上から、どこか面白がっているような男の声がした。

「!?」

上を見上げれば、そこには鳥のように一対の黒い翼を背中から生やした男が宙に浮いて…否、飛んでいた。

突然の登場に驚いている間に、男はゆっくりと降下して、ふわりと鳥の様な足で地面に降り立った。

誰だろうか。鬼ではないようだが…

「なんぞ?何をそんなに驚いておる。…ああ、もしや烏天狗からすてんぐを見るのは初めてか?」

肩まで伸ばした黒髪に褐色の肌とつりあがった赤い眼を持つ男が、俺を見ながらニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

瞬間、俺の本能がこの男は危険だと囁いた。

早く逃げなければ。そう思うのに、体が言うことを聞かない。

「ん?そなた、本当に人間か?」

近付いてきた烏天狗は直ぐ目の前で俺の顔を覗き込むと、そう言った。

「ふむ、人間にしては珍しい色の瞳じゃの」

まじまじと俺の眼を観察している様子の烏天狗だったが、唐突に何か良い事を思い付いたというようにパッと表情を明るくさせた。

「そうじゃ、丁度いい。そなたをわしの嫁にしよう」
「…は?」
「そうと決まれば、早速嫁入りの準備をせねばの」
「!?」

戸惑う俺を余所に烏天狗は独りでうんうんと勝手に頷くと、突然俺に向かってぬうっと手を伸ばした。

刹那、悪寒が背筋を駆け抜ける。

捕まれば終わる。そんな確かな予感に、俺はほとんど反射的にその手を払いのけた。

「…ほう?人間がこの儂に逆らおうというのか?」
「…っ」

溢れ出る殺気。無意識に体が震え出す。

「そんなに震えて…可愛らしいのぉ。そおじゃ、いま謝れば特別に許してやろう。儂は寛大じゃからな」

完全に人間を下に見ている不遜な物言い。だが、これがここでの『人間』の本来の扱われ方なのだろう。

蒼月様のお屋敷にいた時が特別だっただけ。俺をあの小部屋に隔離したのも、彼の気遣いからだったのだと今なら分かる。

「…気に入らんな。そなた、いま別の者を想っておったな?」
「──え?」
「誰じゃ、その者の名を申せ」

途端に不機嫌になった烏天狗は、先程よりも垂れ流していた殺気を強くした。

そのあまりの強大な殺気に、空気までもが震えているように感じて。恐怖ですくみ上った脚から力が抜ける。

誰か──

「──そこまでだ。爾坊天じぼうてん
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