鬼と生け贄の話

碧月 晶

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「あの…どこに向かっているのですか?」

何とも言えない不快感に耐え切れず、考えるより先に口をついて出た言葉。何でもいいからこの気持ちを紛らわせたかった。

「大通りだ」
「大通り、ですか」
「ああ」

それっきり会話は途切れた。もしやこのヒトはあまり会話が得意ではないのだろうか。

意外な側面に少しの親近感。けれど、直ぐに覚えた感情に自嘲した。

それがどうした。そんなもの抱いたところで何になる。彼に意外性があろうと無かろうと、俺とは関係のない話だ。

大丈夫。分かってる。俺は卑しい人間で、彼は尊ばれるべきヒト。これ以上ないほど分かりやすい関係だ。

だから、

「…俺は……しない」
「? 何か言ったか?」
「いえ、何も。大通りにはあとどれくらいで着きそうですか?」
「もう着く」

そう言われ、角を曲がるとそこには───

「───!」

店や宿が軒を連ねる風情ある町並みが、坂道に沿って広がっていた。

「ここが大通りだ。見ての通り、ここは宿場町も兼ねているためヒトも物も多い」
「………」
「どうした?」

顔を覗き込まれ、呆気に取られて呆然としていた意識を戻す。

「あまりの凄さに驚いてしまっただけですので」

だから大丈夫だと言外に伝えて笑みを作って見せれば、蒼月様は何かを考え込むように視線を逸らし、大通りの方へと顔を向けた。

「…存外、手強いな」

蒼月様がぼそりと何かを呟く。だが、俺より遥かに高い位置で発せられた言葉は聞き取れなかった。

「あの…?」
「では、行くとしよう」
「え?」

言うや否や蒼月様は歩き始め、必然的に手を引かれている俺も大通りに入る門をくぐった。

それまで通ってきた道でも沢山のヒトがいたが、大通りはそれとは比べ物にならない程だった。

見渡す限りの鬼の中に、ちらほらと鬼ではないヒトも混ざっていて。

知らず知らずのうちにそちらを見てしまっていると、不意に耳元に低い落ち着いた声が落とされた。

「あの者たちが気になるか?」
「っ」

驚きに顔を向ければ、想像していたよりも近い位置に整った顔があって。ドキリと跳ねた心音を真似するように、俺は一歩後ろに飛び退いた。

「っと、危ないぞ」

しかし、飛び退いた先にいたヒトとぶつかりそうになった俺の背に逞しい腕が回され、少し出来ていた距離が再び戻される。

「大丈夫か?」

まるで抱き締められているかのように先程よりも近くなった距離に、何故か脈拍数がどんどんと上昇していって。

「あ、の」
「ん?何だ?」

蚊の鳴くような声だったからか、聞こえないとばかりに更に寄せられた顔に俺は堪らず腕を最大限突っ張ってその雄々しい胸を押した。

「だ、大丈夫ですからっ。もう離して頂いて大丈夫です!」
「? そうか」

漸く離れた距離に胸を撫で下ろす。

しかし、ほっとしたのも束の間、再度繋ぎ直された手にまたもや心臓が大きく脈打った。

「あ、あの…」

今は駄目だ。今、そんな事をされたら…

「あの者たちだが、この里の外から来た旅人たちだ。前にも言ったと思うが、常世は魑魅魍魎が住まう所だ。当然、鬼以外の種族もいる」
「そう、ですか」

疑問は解消されたが、如何せん今はそれどころではない。

上手く笑みを作れない。

こんな事は初めてだ。早く、早く貼り付けなければ。そうでなければ、俺は──
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