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チチチと小鳥が鳴いて、青空を飛んでいく様をぼんやりと格子がはまった窓から眺める。
時刻は太陽の位置からして恐らく正午を過ぎた頃。村にいた時は朝から晩までずっと何かしらの雑用や仕事をしていたから、こんな風に何もしないでいると逆に落ち着かない。
けれど、今の俺は村どころか現世でもない常世にいて。しかも鬼の里の頭領様の屋敷の一室にいる身だ。他所様の縄張りでは仕事など当然無いし、ましてや忌避されている人間などに与えられる訳もないので仕方がなくこうして『大人しくしている』という仕事をしている。
そんな風に過ごしていると、不意に部屋の外から話し声が聞こえたかと思えば、がらりと襖が突然乱暴に開けられた。
現れたのは、二本の黒い角を額に生やした小さな若い鬼。と言っても、他の鬼と比べれば小さいというだけで、その背丈は俺より少し上ぐらいだ。
「ほらよ」
料理が乗せられた膳を小柄な鬼がガチャンと雑に俺の前に置く。
「ありがとうございます」
笑みを作って礼を述べる。だが、小柄な鬼から返事が返ってくる事はなく、無言で部屋を出ていった。
先程の小柄な鬼は俺がこの部屋に入れられてからずっと食事を運んできてくれている鬼だ。
当初から食べ終わった頃に取りに来てくれる彼に礼を言い続けているが、今のところ彼から反応が返ってきた事はない。
まあ、彼がそんな態度を取る理由は、おおよそ見当が付いている。恐らく、蒼月様の命だから仕方なくしているのだろう。
とは言え、俺のような人間を見るのも嫌だろうに。それでも主命を果たそうとしている姿には、彼には迷惑だろうが素直に好感が持てる。
「いただきます」
小柄な鬼が置いていった膳の上には、漬け物が乗せられた小皿と白米が盛られた茶碗と箸が置かれていて。
これまでのように手を合わせてから箸を手に取り、白米を口に運びながら、俺は今日に至るまでの事を思い出す。
五日前、蒼月様は何故か反対するお伴の人たちを無視して俺を地下牢から出し、この小部屋に連れてきてとある事を俺に告げた。
───『二週間後の満月の晩、現世と常世を繋げる道を作り、お前を現世に帰す。それまでお前にはこの部屋で過ごして貰う』
どうして、そこまでして俺を現世に帰そうとするのかが分からず、手間をかけてまでそんな事をする義理はそちらには無いし、手っ取り早く鬼の里から放り出すなり、殺すなりしてしまえば良いと再度提案した。
けれど、蒼月様がその質問に答える事はなく、代わりに俺の頭に大きな手のひらを乗せた。
その時の蒼月様が神妙な面持ちをしていた事が気にはなったが、そんな事より俺は別の事に気を取られていた。
「…あの角、きれいだったな」
白米を食べる手を止め、独り言と共に感嘆のため息が出てしまう。
地下牢にいた時は暗くて黒い色に見えていたが、陽の下で見たその角は美しい瑠璃色をしていて。稲穂のように金色に輝く瞳と艶やかな白い髪と相まって、神秘的な雰囲気を纏っている彼を見た瞬間、もし俺が神様を信じていたならば彼こそが神様だと疑いもせずに思った事だろう。
しかし、現実はそんな事はしなかった。
愚かにも、俺は妬んだのだ。
今日まで見た限り、蒼月様以外の鬼は黒髪黒目の容姿をしていて。蒼月様だけがあの特別な色を持っているのだろうと分かった。
何の因果か、同じ色の瞳を持っている俺も異質な存在だと言えるだろう。
けれど、決定的に違うのは『扱われ方』だ。
蒼月様は鬼の里の頭領として特別視される存在。対して、俺は村の異物ゆえに忌避され真っ先に生け贄として差し出される程度の存在。
「…みっともないな」
今更、他人を妬んだところで何が変わろうか。
「………」
白米の中に混ぜ込まれている虫の死骸を除けながら、俺は黙々と箸を進めた。
時刻は太陽の位置からして恐らく正午を過ぎた頃。村にいた時は朝から晩までずっと何かしらの雑用や仕事をしていたから、こんな風に何もしないでいると逆に落ち着かない。
けれど、今の俺は村どころか現世でもない常世にいて。しかも鬼の里の頭領様の屋敷の一室にいる身だ。他所様の縄張りでは仕事など当然無いし、ましてや忌避されている人間などに与えられる訳もないので仕方がなくこうして『大人しくしている』という仕事をしている。
そんな風に過ごしていると、不意に部屋の外から話し声が聞こえたかと思えば、がらりと襖が突然乱暴に開けられた。
現れたのは、二本の黒い角を額に生やした小さな若い鬼。と言っても、他の鬼と比べれば小さいというだけで、その背丈は俺より少し上ぐらいだ。
「ほらよ」
料理が乗せられた膳を小柄な鬼がガチャンと雑に俺の前に置く。
「ありがとうございます」
笑みを作って礼を述べる。だが、小柄な鬼から返事が返ってくる事はなく、無言で部屋を出ていった。
先程の小柄な鬼は俺がこの部屋に入れられてからずっと食事を運んできてくれている鬼だ。
当初から食べ終わった頃に取りに来てくれる彼に礼を言い続けているが、今のところ彼から反応が返ってきた事はない。
まあ、彼がそんな態度を取る理由は、おおよそ見当が付いている。恐らく、蒼月様の命だから仕方なくしているのだろう。
とは言え、俺のような人間を見るのも嫌だろうに。それでも主命を果たそうとしている姿には、彼には迷惑だろうが素直に好感が持てる。
「いただきます」
小柄な鬼が置いていった膳の上には、漬け物が乗せられた小皿と白米が盛られた茶碗と箸が置かれていて。
これまでのように手を合わせてから箸を手に取り、白米を口に運びながら、俺は今日に至るまでの事を思い出す。
五日前、蒼月様は何故か反対するお伴の人たちを無視して俺を地下牢から出し、この小部屋に連れてきてとある事を俺に告げた。
───『二週間後の満月の晩、現世と常世を繋げる道を作り、お前を現世に帰す。それまでお前にはこの部屋で過ごして貰う』
どうして、そこまでして俺を現世に帰そうとするのかが分からず、手間をかけてまでそんな事をする義理はそちらには無いし、手っ取り早く鬼の里から放り出すなり、殺すなりしてしまえば良いと再度提案した。
けれど、蒼月様がその質問に答える事はなく、代わりに俺の頭に大きな手のひらを乗せた。
その時の蒼月様が神妙な面持ちをしていた事が気にはなったが、そんな事より俺は別の事に気を取られていた。
「…あの角、きれいだったな」
白米を食べる手を止め、独り言と共に感嘆のため息が出てしまう。
地下牢にいた時は暗くて黒い色に見えていたが、陽の下で見たその角は美しい瑠璃色をしていて。稲穂のように金色に輝く瞳と艶やかな白い髪と相まって、神秘的な雰囲気を纏っている彼を見た瞬間、もし俺が神様を信じていたならば彼こそが神様だと疑いもせずに思った事だろう。
しかし、現実はそんな事はしなかった。
愚かにも、俺は妬んだのだ。
今日まで見た限り、蒼月様以外の鬼は黒髪黒目の容姿をしていて。蒼月様だけがあの特別な色を持っているのだろうと分かった。
何の因果か、同じ色の瞳を持っている俺も異質な存在だと言えるだろう。
けれど、決定的に違うのは『扱われ方』だ。
蒼月様は鬼の里の頭領として特別視される存在。対して、俺は村の異物ゆえに忌避され真っ先に生け贄として差し出される程度の存在。
「…みっともないな」
今更、他人を妬んだところで何が変わろうか。
「………」
白米の中に混ぜ込まれている虫の死骸を除けながら、俺は黙々と箸を進めた。
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初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。
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