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しおりを挟む「突然で驚くだろうが、ここは人間が住まう現世ではなく、常世という魑魅魍魎が住まう世界だ」
「はあ…常世、ですか」
まさか自分が違う世界にいると言われるとは思わなかったが、少し驚いただけで然程動揺はしなかった。
そんな俺の胸中に気が付いたのか、男性の金の瞳が訝しげに俺に向けられる。
「私が言うのも何だが…お前、恐ろしくはないのか?」
男性──蒼月様(と呼んだ方が良いのだろう)が俺の態度を不思議がるのも最もだと思う。
何故なら、こういう時は普通、酷く動揺するなり恐ろしがったりするものなのだろうから。
…けれど、そんな感情はとっくの昔に失くしてしまった俺には縁のないものだ。
「恐ろしがるなど、とんでもございません。異質なものを警戒するのは当然のことですから。寧ろ状況が分かって納得しています」
そう答えると、何故か蒼月様が驚いたように目を見開く。
何をそんなに驚く事があるのだろうか。
単に、あちらでは俺は皆と違う『異物』だったから、こちらでは俺が『人間』だから忌避されているだけの話。
だから、そんなに驚く必要はないのだと示すために、俺は話題を変えた。
「ですが、一つだけ質問しても宜しいでしょうか?」
「…何だ」
「こちらの世界には神様はいらっしゃるのでしょうか?」
「何故そんな事を聞く」
「大した理由ではないのですが…実は、俺が住んでいた村で酷い日照りが続きまして。だから、神様に雨を降らして頂くために俺が捧げられる事になったのです」
「…!」
「ですから、俺は神様にお会いして、お役目を果たさないとならないのです」
これで理由はお分かり頂けただろうか。
「…お前の事情は分かった。だが…」
言いよどむようにそこで言葉を切った蒼月様に、首を傾げる。何を躊躇っているのだろうか。
「…結論から言えば、この世界に神はいない。神は常世ではなく、ここより遥か上の世界──天にいる」
そうなのか。そうか…ここに神様はいないのか。
気付かれないようにふぅと細く息を吐き出し、俺は改めて笑みを作った。
「そうなのですね。教えて下さり、ありがとうございます」
深々と頭を垂れ、礼をする。
すると、頭上でひそひそと話す声がして。蒼月様の声ではなく、声が二つある事から後ろに控えている二人のものだと分かった。
「…この人間、さっきからヘラヘラと気味悪くないか?」
「…ああ。得体の知れない奴だ」
その声音は、村でずっと聞かされてきたものと同じだった。
ああ、そうだ。これだ。これが俺にとっての『普通』だ。再認識するまでもない。
「止めよ」
だから、
「この者は確かに人間だ。だが、だからと言ってこの者を貶して良い理由にはならん」
こんな落ち着いた、俺に対して何の負の感情も向けられていない声なんかに惑わされる訳にはいかない。
「し、しかし蒼月様!人間は直ぐに嘘を吐きます!」
「そうです!人間の言う事など簡単には信じられません!」
「あ、それには俺も同意見です。人間なんて醜悪な生き物ですからね」
「だろう!?この者の言う通り、人間など醜悪な生き物で……って、え?」
三つの視線が一斉に俺に向けられる。
まさか俺が同意するとは思わなかったのだろう。その視線は驚きと戸惑いに満ちていた。
その様に、俺は一層笑みを深めて、こう言い放った。
「そんな醜悪な人間なんて、さっさと殺してしまえば良いのですよ」と。
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