絶食系令嬢と草食令息

もふりす

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第一章 ぶつかり合う感情

迷子の心 ウェンディ視点

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 私はウェンディ・パーレン。
 パーレン子爵家の5人兄姉をもつ末娘で、大分好きにさせてもらっている。

 両親も兄姉も私を可愛がってくれていて家族仲は良好だと思う、多分。
 ただ、ちょっと面倒に感じる事が多々あるから、私も思わず怒ってしまうのだ。

 例えば、私の部屋にノックをしないで入ってきて薬品をこぼしたり、親切心なのか薬草を取りに行こうとして野犬に噛まれてきたり。

 私の役に立ちたいのか怪我してやってくることの多い兄姉に調合した貴重な薬を使っていたら、今度は両親が私には才能があるからと王宮薬剤師の国家試験に挑戦してみないかと提案してきた。


 それには興味がわいて、ついつい応募してみたんだけど、


「すごいわ!ウェンディ、あなたの薬を見て現役の王宮薬剤師様からのスカウトが来たわ!」

「そうだぞ!これは名誉な事だ。お前の薬が国中で普及してもおかしくないと前々から思っていた。うちの娘は天才かもしれんぞ!」


 母と父が、私宛に届いた合否の手紙を勝手に開けて大いに喜んでいる。
 私、まだ読んでないのに…。

 本当に間違いがないか読み返してみるけど、合格の二文字が太字で強調されている。

(…はは、受かっちゃった、か。)


 それからの私の生活は半分変わって、半分そのままだった。

 変わった事といえば、一つ。
 王宮薬剤師に私の名義で登録された薬品のレシピが配布され、商品として一部の貴族間と騎士団内で売られるようになった事。
 正直、それまででも十分驚いたけど、薬品の売り出し二日目にして在庫切れ。そして注文が殺到した事で、知名度が上がりさらに忙しくなった。何日連続で徹夜した事か。

 ストレスで髪の毛が抜ける事より、納期に間に合わず保存用のサンプルを売り渡す最悪の事態を予期して、必死に最新の改善版を自宅で量産していた。

 納品のため王宮に訪れた際、王宮薬剤師様直々に薬品の生成に協力を惜しまないと言われた時は心底驚いた。私は彼の好意に甘えて、国王の許可のもと王宮の研究室で働き出した。



 それは素直に嬉しかった。
 たまに訪れる王宮でも、道行く騎士や貴族に度々感謝の言葉をもらう。
 
 彼らの役に立てたんだ、って。

 でも、私はそれが段々息苦しくなっていった。



「え、レザンさん達の薬の方が多くの方々に使われているじゃないですか。何でそんな、」

「これは以前から決まっていた事さ。それに、俺らの仕事はなくなりはしない。だから、お前が気にする事じゃない。」


 王宮薬剤師のトップで王宮の研究室を総括しているレザンが言うんだから間違いないんだろう。でも…

 研究室内のメンバーは汗水垂らしながら薬品作りに励んでいる。――私のレシピで。

 以前は自分達が作った製法をああじゃないこうじゃないと苦戦したり、論議を交わし合っていた光景が、既にない事に最近になって気付いた。


 パーレンさんは天才だから、俺らじゃ足下に及ばねぇよ。
 血の滲む努力なんてした事ないんじゃない?私達の事も嘲笑っているわ、きっと。
 そうだよ、それに俺達はここで作ってるのに、あいつはここに参加もしねぇよな。
 レザンさんとも対等に話してるとかおかしくない?
 あいつは特別なんだろうよ。レザンさんの優しさにも気付いてないんだからさ。


 研究仲間だと思っていた面々から陰口をたたかれる。

 確かに彼らだって自分たちの研究がしたいだろうし、既に完成サンプルのある、それも他人が作った薬品の複製をし続ける日々なら私だって投げ出したくなるだろう。


 居心地の悪さを抱えながら退室しようとした私は硬直しそうになった。


 あいつ、何で薬剤師になろうなんて思ったんだろうな。本っ当に迷惑、な?


 まるで私自身に問いかけられた気がした。
 まるで、じゃない。
 きっと皆疑問に思っていて、私もその答えを持ち合わせていない。


 最初に薦めてきたのは両親だけど、私が本当に薬剤師になりたいと思った理由って何だったっけ?

 様々な人と関わるようになった私は初めて、人の目が、口が怖くなった。




 変わらなかったことといえば、家族の態度と生活。
 薬剤師として名を馳せたけど、部屋に引きこもりっきりな生活は変わらず、家族は変わらず優しかった。
 子爵家の人間とはいえ、家の存続や同等の貴族への嫁ぎは兄姉達が果たしてしまっているので、縁談や人付き合いの事でとやかく言われる事はなかった。

 ただ、無視できない行事もあった。

 国王との謁見と、王家主催のお茶会。
  

 国王様とは多忙さ故に即面会となってしまい、緊張した。
 白目剥いてなかったよね…?

 感謝の言葉と、褒美として国外の珍しい薬草を多種いただいた。
 その代わりに宮廷薬剤師にならないかと尋ねられた。
 とてもじゃないが、断る事はできなかった。 

 …というより、気が付けば聞き返していた。


「宮廷、ですか。王宮薬剤師ではなく?」

「それは勿論の疑問だろうな。
まあ、考えてみなさい。
君は数多ある薬草を入手して研究がしたい。儂はそなたに秘密裏に希少な薬草を渡したい。
それなら、個人の研究施設、いや研究室も必要であろう。」

「あ、ありがとうございます。
その提案、乗らせていただきます!」

「うむ、これからは自由にしてくれて構わん。さ、もう下がってよい」

「はい!」


 …配慮してもらったんだな。
 名称を別個で作ってもらって、私が働きやすいようにしてくれた。


 国王様に心の中で感謝しながらも、これからは人と極力合わないように工夫しようと決心した。


 そう思っていた私が、まさか王家主催のお茶会で友達となる令嬢と出会うとは、その彼女の前で大泣きするという醜態を晒すとは、想像もしていなかった。
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