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第一章 ぶつかり合う感情
気の迷い クレイ視点
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俺はクレイ・ヴァーツ・ハーデラウル。
ハーデラウル国第二王子として、兄であり次期国王のヨシュカの補佐をする役目を任されている。
私自身兄のスペアである事を享受し、国と兄に忠誠を誓っている。他者から担ぎ上げられたくないからな。
だから兄が王太子となる事が決まった頃、聖職にでも就こうと思った。
少しでも兄の役に立つように、国に貢献できるように。
――だと言うのに、危うく利用されかけた。
大人たちが言う甘美な言葉の数々に乗せられ、易々と聖教会で地位を手に入れてしまった。それが保守派による懐柔だとは気付かなかった。
魔の手に引っかからずに済んだのは、偏に兄のおかげだ。
俺が定期的に行っている兄への近況報告で、兄が瞬時に勘づいて聖教会の不穏な動きを防いだのだ。
聖協会は保守派で、兄達革命派の力を削ぎ、俺を神輿に担ぎ上げようとした。
それを聞かされ、俺は兄の手を煩わせてしまった事を悔いた。
兄は「私もお前ぐらいの頃はよく付け込まれそうになったよ」と言ってくれた。
でも、兄との違いを見せつけられたと思った瞬間だった。
兄は付け込まれるどころか圧倒的な力を身につけ、隙のない今の兄になった。
強い。
眩しい。
遠い。
兄の背中に追いつく訳もなく、気が付けば兄の傍らには王太子妃がいて、俺は兄に聞きたいことも聞けなくなってしまった。
まだ教えてほしい事があるんだ。まだ話し足りない。
――尊敬する兄を振り向かせたくて、毎日必死だった。
俺はせめて兄を身近に感じたくて、兄のように紳士然と振る舞い、兄のように不満を口にせず笑顔でいる事にした。
最近ではそれも板についてきて、兄には「成長したんだな。甘ったれた頃のクレイはいないんだな」と言われ、動揺した。
俺はまだ甘えていたい。あの頃と変わらず我が儘で弱虫だ、って言いたかった。
素直に甘える事を忘れた俺は、つまらない生き方をするようになり、何かが欠落してしまった。
・・・―俺は何に急かされていたんだっけ。
いつも通りの挨拶をお茶会で行い、少しの間子息子女のつまらない話に相槌を打ち、理由をつけてその場を後にした。
お気に入りのガゼボで昼食をとった後は、日課の昼寝をしようと横になった。思いの外疲れていたようで、周りの気配に気づかないほど深い眠りに入っていった。
意識が浮上してきて、今日はいつもと違う事に気付く。
この俺のテリトリーに誰かが侵入してきたのだ。
静かにしてくれよという思いも霧散され、はしゃいだ女の声が聞こえてくる。
その女は片っ端から品種を当てるように名を挙げていき、興味深げに観察しているようだ。その様子が声だけでわかる。・・・にしても、どれも当たっているのだからすごい。
何とはなしに、女の方を見れば、青いリボンのついた白い帽子を被った少女だった。声が幼いと思っていたが、俺と同い年くらいか。
帽子の下から見える金髪は陽光に反射してキラキラと輝いている。
俺と同じ金髪なのに何でこうも見え方が違うんだ?
じっくりと観察していると、少女の様子がおかしい事に気付いた。
よく見ると、今年は既に駆除したはずのスズメバチが彼女の前に姿を現した。
誰だよ。こんな事をしたのは。
思い当たる連中は居る。保守派の貴族の子息でしつこい奴らが何か企んでいるのは知っていた。でも、流石に部外者の彼女を巻き込むわけにはいかない。
今も尻餅をつき震えながら不吉な事を口にしている。
死ぬとか…、簡単に諦めるなよッ。
気が付いたら彼女のもとへ瞬間移動して、蜂を焼き殺していた。
スズメバチは黒炭のようにパラパラ砕け、風によって飛ばされた。
(はあぁぁぁ~、寝起きに魔力使うとか何やってんだ俺・・・)
溜息をついていたらそよ風が吹き、鼻腔を薔薇とは違う花の香りが掠めた。
殺意や何やらで苛々していた俺は、少女を後ろから抱きかかえるような姿勢になっている事にようやく気が付いた。だから、彼女が振り返った際に唇が彼女の頬に触れた時には柄にもなく動転した。
振り向いた反動で帽子が芝生に落ち、眼前にある少女の綺麗な瞳が晒された。
その瞳は全ての固定概念を取っ払ったかのように澄んでいて、心臓が耳に響くほど音を立て始めた。
「何か言う事はないか…」
緊張のあまり、ぶっきらぼうに突き放すように問いかけてしまった。
彼女はその・・・キスについて気に留めていないらしく、俺の唇を汚したとか、助けてくれてありがとうと言ってくる。
清い心の持ち主なんだな、という感想を持った。
そして、可愛らしいと思った。
だから、自身を貶める発言には俺も我慢できなかった。
言葉とは裏腹に、女としての幸せを願っているようで…。
――兄に甘えたい自分と重なって見えた。
本人は気付いていないのかハラハラと涙が大きな瞳から零れて、胸を鷲掴みにされた心地がした。
大丈夫だ、落ち着けと言っても落ち着かない彼女は心のやり場を見つけるように俺から逃げようとする。――他の誰かの所になんて、行かせない!
君は素敵な女性だよという意味も含めて、彼女を何者からも守るように掻き抱いた。
ハーデラウル国第二王子として、兄であり次期国王のヨシュカの補佐をする役目を任されている。
私自身兄のスペアである事を享受し、国と兄に忠誠を誓っている。他者から担ぎ上げられたくないからな。
だから兄が王太子となる事が決まった頃、聖職にでも就こうと思った。
少しでも兄の役に立つように、国に貢献できるように。
――だと言うのに、危うく利用されかけた。
大人たちが言う甘美な言葉の数々に乗せられ、易々と聖教会で地位を手に入れてしまった。それが保守派による懐柔だとは気付かなかった。
魔の手に引っかからずに済んだのは、偏に兄のおかげだ。
俺が定期的に行っている兄への近況報告で、兄が瞬時に勘づいて聖教会の不穏な動きを防いだのだ。
聖協会は保守派で、兄達革命派の力を削ぎ、俺を神輿に担ぎ上げようとした。
それを聞かされ、俺は兄の手を煩わせてしまった事を悔いた。
兄は「私もお前ぐらいの頃はよく付け込まれそうになったよ」と言ってくれた。
でも、兄との違いを見せつけられたと思った瞬間だった。
兄は付け込まれるどころか圧倒的な力を身につけ、隙のない今の兄になった。
強い。
眩しい。
遠い。
兄の背中に追いつく訳もなく、気が付けば兄の傍らには王太子妃がいて、俺は兄に聞きたいことも聞けなくなってしまった。
まだ教えてほしい事があるんだ。まだ話し足りない。
――尊敬する兄を振り向かせたくて、毎日必死だった。
俺はせめて兄を身近に感じたくて、兄のように紳士然と振る舞い、兄のように不満を口にせず笑顔でいる事にした。
最近ではそれも板についてきて、兄には「成長したんだな。甘ったれた頃のクレイはいないんだな」と言われ、動揺した。
俺はまだ甘えていたい。あの頃と変わらず我が儘で弱虫だ、って言いたかった。
素直に甘える事を忘れた俺は、つまらない生き方をするようになり、何かが欠落してしまった。
・・・―俺は何に急かされていたんだっけ。
いつも通りの挨拶をお茶会で行い、少しの間子息子女のつまらない話に相槌を打ち、理由をつけてその場を後にした。
お気に入りのガゼボで昼食をとった後は、日課の昼寝をしようと横になった。思いの外疲れていたようで、周りの気配に気づかないほど深い眠りに入っていった。
意識が浮上してきて、今日はいつもと違う事に気付く。
この俺のテリトリーに誰かが侵入してきたのだ。
静かにしてくれよという思いも霧散され、はしゃいだ女の声が聞こえてくる。
その女は片っ端から品種を当てるように名を挙げていき、興味深げに観察しているようだ。その様子が声だけでわかる。・・・にしても、どれも当たっているのだからすごい。
何とはなしに、女の方を見れば、青いリボンのついた白い帽子を被った少女だった。声が幼いと思っていたが、俺と同い年くらいか。
帽子の下から見える金髪は陽光に反射してキラキラと輝いている。
俺と同じ金髪なのに何でこうも見え方が違うんだ?
じっくりと観察していると、少女の様子がおかしい事に気付いた。
よく見ると、今年は既に駆除したはずのスズメバチが彼女の前に姿を現した。
誰だよ。こんな事をしたのは。
思い当たる連中は居る。保守派の貴族の子息でしつこい奴らが何か企んでいるのは知っていた。でも、流石に部外者の彼女を巻き込むわけにはいかない。
今も尻餅をつき震えながら不吉な事を口にしている。
死ぬとか…、簡単に諦めるなよッ。
気が付いたら彼女のもとへ瞬間移動して、蜂を焼き殺していた。
スズメバチは黒炭のようにパラパラ砕け、風によって飛ばされた。
(はあぁぁぁ~、寝起きに魔力使うとか何やってんだ俺・・・)
溜息をついていたらそよ風が吹き、鼻腔を薔薇とは違う花の香りが掠めた。
殺意や何やらで苛々していた俺は、少女を後ろから抱きかかえるような姿勢になっている事にようやく気が付いた。だから、彼女が振り返った際に唇が彼女の頬に触れた時には柄にもなく動転した。
振り向いた反動で帽子が芝生に落ち、眼前にある少女の綺麗な瞳が晒された。
その瞳は全ての固定概念を取っ払ったかのように澄んでいて、心臓が耳に響くほど音を立て始めた。
「何か言う事はないか…」
緊張のあまり、ぶっきらぼうに突き放すように問いかけてしまった。
彼女はその・・・キスについて気に留めていないらしく、俺の唇を汚したとか、助けてくれてありがとうと言ってくる。
清い心の持ち主なんだな、という感想を持った。
そして、可愛らしいと思った。
だから、自身を貶める発言には俺も我慢できなかった。
言葉とは裏腹に、女としての幸せを願っているようで…。
――兄に甘えたい自分と重なって見えた。
本人は気付いていないのかハラハラと涙が大きな瞳から零れて、胸を鷲掴みにされた心地がした。
大丈夫だ、落ち着けと言っても落ち着かない彼女は心のやり場を見つけるように俺から逃げようとする。――他の誰かの所になんて、行かせない!
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