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2章 神と魔の悪戯
ある少女のプロローグ
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舞台を観終えた少女達にファンサービスとして、握手をしたり爽やかに甘い台詞を告げたりして会場内に戻る彼女は、最終公演が終わった劇場の前で満足げな様子だ。
会場を駆けていくスタッフに会釈をして、控室に真っすぐと進んでいく。
片付けに勤しむ彼らは彼女と目が合うと、労わるような眼差しと礼を返してくれる。
少女達の冷めやらない歓声が遠のき一呼吸入れ――ようとして、激しい眩暈に襲われた。
(ッ…、やばい。足に力が入らな…―――)
朦朧とする頭で水分を取り忘れた事に気付き、後悔する。
人前で倒れる訳にはいかない。
自身と奮闘していると、誰かに後ろから支えられた。
「…大丈夫ですか?」
頭上から降ってきた声に我に返り、形だけでも謝る。
不甲斐ないけれど、今立つのは難しい。
どうやら足を挫いてしまったらしい。これが公演中ではなかったのが幸いだ。
「す、すみません。」
人前では常に仮面を被る事を習慣づけていた彼女としては、みっともない姿を見せてしまったという思いが勝り、後方にいる人物から顔を逸らして羞恥心で真っ赤になったであろう顔を俯かせた。
「……―Abyssus abyssum invocat.」
頭上から何か呟く声と共に、少女を支える腕に力が入り、少女は訝し気に眉を寄せて顔を上げた。
視界に入った、こちらを見下ろす人物と視線が交わり、気が遠のいた。
(私、この人を知らないけれど知っているような気がする…)
ぼやけていく視界の中で、悲し気にこちらを見つめる双眸から光る物が落ちていくのを目にした。
泣かないで、と必死にお願いしていたら、その人物は夢の中でも現れてきた。
*
*
*
雲ほどの高さに、一つの島がある。
そこには、人族の根源である神族が住んでいて、各神族の代表者達が一堂に会していた。
代表者というだけあり、其々の輝きは凄まじく、誰もが頷くほどの美しさと威厳を兼ね備えている。
島の中枢部に鮮やかな緑に囲まれた湖があり、その上を浮かぶ円盤のテーブルを囲うように彼らは席に着いていた。彼らが放つ輝きに変わりはないが、只々静かに…――重い空気を漂わせていた。
眉間を揉み頭を抱える者、腕を組み考え込む者、表情が抜け落ち目が据わっている者、周りを窺い見ては口を開閉し続ける者、自身の髪の先をいじり続ける者‥‥、
埒が明かない議題に、話し合いは迷宮入りと化していた。
彼らの顔が曇る理由は、たった一つ。
神族の一人の心配、というだけなら然程大事に感じられないが、問題の人物はこの島にもういない。
正確には、神族ではなくなり、人間として地上に生まれ直したのだ。
渦中の人物――神族から人間に転生した彼女は、恋を成就するために地上に舞い降りた。
だが、彼女は転生すると同時に本来の目的も神族だった頃の自身をも忘れ去ってしまった。
輪廻転生の輪に入っただけでただの人間として過ごす彼女に、見守り続けていた神族の面々は我慢の限界に達していた。
彼女の幸せを望むからこそ、下等な人間という種に大切な仲間を落とし、意中の相手と結ばれる事を待ち、既に300年。
それも、何の因果か…どんなに生まれ変わっても彼女は相手に想いを伝える前に命を散らしている。この300年間で彼女は何度生まれ変わっているだろうか。
彼ら神族が途方に暮れる主な原因は今回の、自分達のミスが招いた事故。
一つは本来転生させる人物に巻き込む形で死なせてしまった事。
もう一つは、彼ら神族の保護管轄外の世界に彼女が転生してしまった事。
彼女の、不運に巻き込まれる体質は分かっていたものの、悪い事が立て続けに起きてしまい、対応が遅れる始末。
それに重ねて、彼女は厄介な組織に目を付けられてしまった。
神族と正反対の存在――下界を統括する魔族に、だ。
*
*
*
知らない、はず。
なのに、目の前の情景に涙が込み上げた。
でも、彼らの会話を反芻していたら、頭の奥がはじけた。
「あ…、わた、しは……。」
夢にも出てきた彼女に問いかけようとしたが、その姿はもうない。
先程までいてくれたのだろう、支えてくれた人物の残り香が肩に残っていた。
彼岸花。それも記憶違いでなければ黄色の彼岸花。
共通した花言葉は『再会』。そして、――『追想』。
そこまで思い当って、一つ確信を得た。
「あなたも…私と同じく、――神族だったのですか?」
会場を駆けていくスタッフに会釈をして、控室に真っすぐと進んでいく。
片付けに勤しむ彼らは彼女と目が合うと、労わるような眼差しと礼を返してくれる。
少女達の冷めやらない歓声が遠のき一呼吸入れ――ようとして、激しい眩暈に襲われた。
(ッ…、やばい。足に力が入らな…―――)
朦朧とする頭で水分を取り忘れた事に気付き、後悔する。
人前で倒れる訳にはいかない。
自身と奮闘していると、誰かに後ろから支えられた。
「…大丈夫ですか?」
頭上から降ってきた声に我に返り、形だけでも謝る。
不甲斐ないけれど、今立つのは難しい。
どうやら足を挫いてしまったらしい。これが公演中ではなかったのが幸いだ。
「す、すみません。」
人前では常に仮面を被る事を習慣づけていた彼女としては、みっともない姿を見せてしまったという思いが勝り、後方にいる人物から顔を逸らして羞恥心で真っ赤になったであろう顔を俯かせた。
「……―Abyssus abyssum invocat.」
頭上から何か呟く声と共に、少女を支える腕に力が入り、少女は訝し気に眉を寄せて顔を上げた。
視界に入った、こちらを見下ろす人物と視線が交わり、気が遠のいた。
(私、この人を知らないけれど知っているような気がする…)
ぼやけていく視界の中で、悲し気にこちらを見つめる双眸から光る物が落ちていくのを目にした。
泣かないで、と必死にお願いしていたら、その人物は夢の中でも現れてきた。
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雲ほどの高さに、一つの島がある。
そこには、人族の根源である神族が住んでいて、各神族の代表者達が一堂に会していた。
代表者というだけあり、其々の輝きは凄まじく、誰もが頷くほどの美しさと威厳を兼ね備えている。
島の中枢部に鮮やかな緑に囲まれた湖があり、その上を浮かぶ円盤のテーブルを囲うように彼らは席に着いていた。彼らが放つ輝きに変わりはないが、只々静かに…――重い空気を漂わせていた。
眉間を揉み頭を抱える者、腕を組み考え込む者、表情が抜け落ち目が据わっている者、周りを窺い見ては口を開閉し続ける者、自身の髪の先をいじり続ける者‥‥、
埒が明かない議題に、話し合いは迷宮入りと化していた。
彼らの顔が曇る理由は、たった一つ。
神族の一人の心配、というだけなら然程大事に感じられないが、問題の人物はこの島にもういない。
正確には、神族ではなくなり、人間として地上に生まれ直したのだ。
渦中の人物――神族から人間に転生した彼女は、恋を成就するために地上に舞い降りた。
だが、彼女は転生すると同時に本来の目的も神族だった頃の自身をも忘れ去ってしまった。
輪廻転生の輪に入っただけでただの人間として過ごす彼女に、見守り続けていた神族の面々は我慢の限界に達していた。
彼女の幸せを望むからこそ、下等な人間という種に大切な仲間を落とし、意中の相手と結ばれる事を待ち、既に300年。
それも、何の因果か…どんなに生まれ変わっても彼女は相手に想いを伝える前に命を散らしている。この300年間で彼女は何度生まれ変わっているだろうか。
彼ら神族が途方に暮れる主な原因は今回の、自分達のミスが招いた事故。
一つは本来転生させる人物に巻き込む形で死なせてしまった事。
もう一つは、彼ら神族の保護管轄外の世界に彼女が転生してしまった事。
彼女の、不運に巻き込まれる体質は分かっていたものの、悪い事が立て続けに起きてしまい、対応が遅れる始末。
それに重ねて、彼女は厄介な組織に目を付けられてしまった。
神族と正反対の存在――下界を統括する魔族に、だ。
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知らない、はず。
なのに、目の前の情景に涙が込み上げた。
でも、彼らの会話を反芻していたら、頭の奥がはじけた。
「あ…、わた、しは……。」
夢にも出てきた彼女に問いかけようとしたが、その姿はもうない。
先程までいてくれたのだろう、支えてくれた人物の残り香が肩に残っていた。
彼岸花。それも記憶違いでなければ黄色の彼岸花。
共通した花言葉は『再会』。そして、――『追想』。
そこまで思い当って、一つ確信を得た。
「あなたも…私と同じく、――神族だったのですか?」
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