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第十四章 少年

第324話:くまんつ様の告白

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 馬車の手前で、くまんつ様と軽く立ち話をしながらヴィルさんを待っていた。

「部下のワガママを聞いて頂き、感謝しています」

 彼が頭を下げたので慌てて「とんでもありません」と答えた。

「こちらこそ、それにつけ込むような形になってしまって……。本当はもう少し簡単なことをお願いしようと思っていたので、かえってご負担をお掛けしているのではないかと」

 くまんつ様は咳ばらいを一つした。

「リア様に頼られることは、私にとってこの上ない喜びです」

 そんな風に言われると、恥ずかしくて隠れてしまいたくなる。
 「ありがとうございます。恐縮です」とお礼を言って熱くなった顔を下に向けた。

 少しの沈黙の後、くまんつ様が言いづらそうに「本来なら、このような場所で言うべきではないのですが」と言った。

「なかなかお会いできる機会がないので、無礼をお許し頂きたい」

 何だろう?? と首を傾げていると、彼は話を続けた。

「初めてお会いした日からお慕いしております。私はあの日から、リア様のために生きると心に決めております。どうか、またこのような機会を頂戴できると幸いです」

「え……?」

 なに?
 お慕い? わたしのために生……

 わたしは自意識過剰になっているのだろうか。
 もし、そうでないのなら、わたし、今……く、くまんつ様に告白されていますッ!?

 彼のブルーの瞳が、じっとこちらを見つめていた。
 その真剣な眼差しに、わたしの血液が一瞬で沸騰する。

「リア、待たせてすまない! 急ごう!」
「きゃああぁッ!」

 ヴィルさんの声に飛び上がった。
 彼はニッコリさんとの話を終え、小走りで馬車に向かってきていた。
 心臓がバックンバックンと激しく打って変な汗が出る。呼吸はとっ散らかって、肺と口の接続が今にも途切れそうだった。

「す、すみませんっ、わたし、あの……」
「どうした? 顔が赤いが」
「そんなことはなくて……」
「ん? あ、しまった! 俺が邪魔をしたのか! すまんっ」
「ちっちっちがっ……」

 婚約中の身でありながら別の男性から告白されて真っ赤になっているなんて、浮気を疑われてもおかしくない修羅場なのに、婚約者のほうが謝って遠慮をしているこの状況。
 わたしはどちらに対して謝っていて、何に対して「ちがう」と言っているのだろう。
 いっそ「俺以外の男と何をしているのか」と罵倒でもしてくれたほうが分かりやすくて助かります(泣)

 手の甲まで真っ赤になってプルプルしていると、くまんつ様がフッと笑った。

「リア様、またお会いできるのを楽しみにしております」
「はわ、あ、ありがとう、ございます」

 頭から湯気が出た。
 完全にオーバーヒートだ。


 馬車が動きだし、皆が見えなくなると、両手で顔を覆った。
 淑女教育で習ったとおり、小さくおててをフリフリしながらお別れをしたけれども、もう、もう、もう限界だ。

 ンアアァァァァアッッッ!!
 (※リア様こころの叫び)

「真っ赤だぞ、リア」
「やめて、やめてぇ~」
「クリスに何を言われた?」
「言えません、そんなの……」
「あいつのことだから、本当はもっと雰囲気の良い場所で言いたかっただろうに、会える機会が少ないから致し方ない。許してやってくれ」
「許すも何も……」
「やっとリアがクリスを男として見てくれた。実に喜ばしい」

 大らか過ぎる婚約者を前に、わたしの罪悪感はひたすら空回りした。

 あんな風に正面から好きだと言われたことは初めてだった。
 少女漫画にありがちな告白イベントなんて現実には存在しないものだと思っていて、わたしの恋愛はいつも大勢の友達付き合いから始まり、二人で遊びに行くようになって、くっついて、自然に消滅していくのがお決まりだった。
 周りの友達も皆そんな感じだったので、告白そのものの必要性を感じたことがなかった。そんなユルッとした恋愛世界でわたしは生きてきた。

 こんなに恥ずかしくなるものだなんて……。
 ただ、くまんつ様らしいというか、男らしくて素敵だと思ったし、ドキドキしたのは事実だ。

 でも、婚約しているのに、もう夫が決まっているのに、わたしは……わたしは……。

「わたしはどうしたらよろしいのでしょうか……」
「王宮についたら茶でも飲んで落ち着こうな」

 あなたはさっきから落ち着きすぎです(泣)

 靴を脱いで体育座りでふてくされていると、彼は「馬車が揺れると転がり落ちるぞ」と面白がって笑っている。

 いっそ転がり落ちたい。
 穴があったら入りたい。
 箱があったら隠れたい。
 溝があったらはまりたい。

 窓のカーテンを少し開けて外を見ると白馬にまたがったアレンさんがいた。
 彼はこちらに気づいてニコリと微笑み、ウィンクをした。

「ぐはっ!」

 致命傷……。
 わたしはエライ。よくこんな世界で無事に生きていると思う。

「わたしの母国なら、婚約者が怒り狂っているところなのですよ?」
「んー? なんだ、俺とケンカがしたかったのか?」

 ヴィルさんはわたしの背中に腕を回した。

 相変わらず、ぜんっぜん分かってくれないですよね。このフクザツな乙女心を。

「嫉妬する男なんて鬱陶しいだけだろう?」
「それはそうですけれど……」

 ちょっとの嫉妬は恋のスパイスなのですよ、ヴィルさん。たまにはピリッとしても良いのですよ?

「陛下とお義父様には内緒にしてくださいね」
「なぜ?」
「また皆で寄ってたかって二人目の夫に、って言うでしょう?」
「リアがその気になるまで、誰も無理強いはしないよ」
「……本当ですか?」
「ああ。俺もそれまでは独り占めするつもりでいる」
「その調子で一生独り占めしてみませんか?」
「それは無理だ。お互いの命に関わるからな」

 しくしくしく……。
 夫を選ばないと殺されるかもと言われてヴィルさんを選んだのに、今度はヴィルさんが「二人目を選ばなければ殺される」と言う。
 くまんつ様を二人目に選んだら、今度はくまんつ様から「三人目を選ばなければ……」と言われかねない。
 嗚呼、わたしが殺されない世界はどこにあるのでしょう。

 体育座りのわたしを乗せた馬車は、パッカラパッカラと小気味よい音を立てながら王宮へと向かった。

 関係者を集めての話し合いは深夜にまで及び、結局わたし達は王宮に二泊して話を詰めることになったのだった。
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