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第十四章 少年

第322話:ギャン泣き

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 ドドドド……と、小さく地響きのような音が徐々に近づいてきた。

「え、これって馬の足音ですか?」
「そのようですね」

 思わずアレンさんと顔を見合わせた。

 おかしい。
 想定よりも音が……。

 ヴィルさんが額に手を当て「なんか嫌な予感がする」と言った。

「連絡係の方を連れてくるだけですよね?」
「ああ。クリスはどうせ忙しいだろうから、まずは現場を見せたうえで正式な伝言を頼もうと思って」
「呼びに行った方と、連絡係の方、二頭で戻ってくるのですよね?」
「その、はず、だが……」
「二頭でこんなに音が??」
「……いいや、これは間違いなく十頭以上だ」

 わたし達が教会の正面入り口まで出ると、団員が馬の給水用の桶を運んでいた。
 教会に向かって左側に馬止めがある。予定より馬の数が多いため団員は慌てていた。

 子ども達も不安そうな顔をして集まってきた。

 「このお兄さんのお友達がこちらに向かっていて……」と言いかけたところで、小さなディーンが泣きだしてしまった。音が怖いのだろう。

「怖くないよ、あれは可愛いお馬さんが走っている音だよ」

 慌ててディーンをヨシヨシした。
 多少は落ち着いたものの、わたしのスカートの後ろに隠れてグスグスとべそをかいている。
 妹のロリーは? と見回すと、彼女はポカンとしてアレンさんのズボンにつかまっていた。兄妹で反応が真っ二つに割れている。

 「怖くないよ」とは言ってみたものの、第三騎士団のお馬さんが本当に怖くないかと言うと……ごめんなさい。見た目も怖いのよ、これが。

 くまんつ様の愛馬とは何度か触れ合ったことがあるけれども、とても素直で甘えん坊。可愛がられているのが良く分かる賢い子だった。
 ただし普通のお馬さんよりもだいぶ大きくて、だいぶムキムキで、だいぶ多毛でコワモテだ。
 その可愛らしい内面が一ミリたりとも想像できないイカツイお顔をしていて「ブフーッブフーッ」と鼻息も荒め。
 このままの勢いで突っ走ってくるのはご遠慮頂きたいところだ。

「皆、子どもが怖がらないよう、そばについていろ」

 ヴィルさんが団員に指示を出した。
 アレンさんはロリーを抱き上げ、ヴィルさんもディーンを抱えた。内気なエッラは既に隊長さんにしっかりと抱っこされていたし、サナも団員の影に隠れていた。

「この時期、第三は暇なのか?」と、ヴィルさんが小声で言った。
「まさか。少なくともウチよりは忙しいでしょう」と、アレンさんが眉を寄せる。

 巨大馬軍団は少し離れた位置から徐行し始めた。
 土埃を上げないよう配慮してくれているのだろう。小さな子がいるので有り難い。

「おいおいおい、幹部がゴッソリ来ているぞ」
「団長、あの金髪って、もしや……」
「にっこりゴリラだ。あいつ幹部候補だからな」

 出た。
 謎の『にっこりゴリラ』さん!
 どの方でしょう?

「ヴィルさん、アレンさん、そのニッコリさんとは?」
「右側の金髪の男がそうだ」
「私の後輩です。陽気な奴なので、少しうるさいかも知れません」

 噂のニッコリさんは、ゴリラとは程遠い金髪のイケメンさんだった。
 なぜ、ゴリラ……? と思ったけれども、学生時代からのあだ名だそうだ。
 本名はニッコロ・ロキアさんと言うらしい。

 それにしても、連絡係を一人呼んでもらう予定だったのに、お偉いさん勢ぞろいとは予定が狂う。
 今日は第一騎士団の団員に子ども達のお世話をお願いし、明日くまんつ様に判断を頂いて、引き継ぎは明後日に、と話していたのだけれども……。

「お、お馬さん、足ふといねー、モフモフだねー、おっきいねー」

 ヴィルさんに抱えられたディーンをあやした。
 しかし、間近に迫った巨大馬の顔が怖すぎてギャン泣きである。
 もう抱きしめてヨシヨシするしか打つ手がない。可哀想でわたしまで泣きそうだ。
 うえーん、くまんつ様のばかー(泣)

 小さなロリーは相変わらずアレンさんに抱っこされてポッカーンとしていた。
 意外と女子のほうが肝が据わっているのかと思いきや、アレンさんにほっぺをプニプニされても表情が変わらないので、単に状況が飲み込めていないだけかも知れない。

 馬を降りたくまんつ様が「第三騎士団、馳せ参じました」とフォーマルなお辞儀をしたものだから、大慌てでわたしも頭を下げた。
 わたしは今「平民の商人の娘」という設定なので、くまんつ辺境伯の嫡男より頭が高いのはダメのダメダメだ。
 くまんつ様が頭を下げきる前にシュバッ! と膝を曲げてスカートをさばき、それよりも低く頭を下げた。急に屈伸をしたものだから右の太ももがピクピクしている。

「お久しぶりです。くま……いえクランツ様」

 ノォォォーッ!
 慌てたせいでクマと呼んでしまった。
 ニッコリさんと数人が下を向いて笑っていたので、多分みんなに聞こえてしまっている。あああ、大失敗……。

「お前、暇なの?」

 ヴィルさんが直球をぶつけた。

 もう彼に平民の変装をさせるのはやめたほうが良いかも知れない。
 もともとバレやすい上に、子どもの前で浄化だ着火だとお構いなしに魔法を使う。とどめに辺境伯嫡男の騎士団長にタメ口で「お前」呼ばわりだ。
 毎回お忍びと言いつつ、面白いくらいに忍べていなかった。

「陛下の生誕祭を控えているのに、俺が暇なわけねぇだろっ」

 くまんつ様も平常どおりだ。
 「平民の分際で頭が高ーい」とはならない。
 嗚呼、わたしの超高速屈伸は一体なんだったのかしら……。

「幹部がこぞって来るとは思わなかったよ」
「ちょうど幹部会議が終わった直後だったからな」
「そうか。話が早くて助かる。ちょっとこの教会の警護を頼みたい」

 くまんつ様は「ほう」というと、ツタの張った教会に目をやった。
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