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第十四章 少年

第315話:変顔

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 馬車を降りると、わたしはまたテオと手を繋ぎ、フレッシュジュースを売っている露店へ向かった。
 フライア広場の青空市はいつも盛況で、大勢の買い物客でごった返している。

 まずは護衛に休憩してもらうため、いったん落ち着くことにした。
 動く警護対象を追いながら周辺の警戒をするのは神経を使うと聞いているので、いつも定期的に休憩を挟むようにしている。そのタイミングで護衛もポジション交代や、メンバーチェンジなどをしていた。

 オススメメニューの中からいくつか見繕ってジュースを注文していき、あとは早い者勝ちで選んでもらう。

 アレンさんは一度これと決まったら毎回同じものを飲む人なので、定番のキウイジュースと決まっていた。ヴィルさんは「果肉入りイチゴミルクにする」と可愛らしい。

 テオに好きな果物を尋ねると「バナナは食べたことある」と答えたので、彼にバナナミルク、自分用にミックスジュースを注文した。

「うぉ! スゲーうめえ!」

 バナナミルクに感動しているテオに騎士団員が声を掛けた。
 よくあそこで何も受け取らなかったな。えらかったぞ。あっぱれだ。君、騎士になれるぞ。と、次々に褒められ、彼は顔を赤らめた。

「ねね、この人達って……」
「うん。内緒なのだけど、騎士様よ。よくみんなで一緒にお買い物に来るの」

 彼は声を殺し、顔だけで「すっげぇーーー!」と言った。

「もしかして、役所の前に立ってる人?」
「ちょっと違うかな。それって第三騎士団でしょう?」
「そう! すげー強そうな騎士様、見たことある」
「騎士様はカッコイイよね」
「団長がね、すげーカッコイイんだって。前に友達が言ってた」

 おお、それは、もしかしなくても、激モテくまんつ様ですね? さすがです。
 強さを体現している第三騎士団は民に絶大な人気がある。そこの団長ともなれば、それはもう……

 ふとヴィルさんを見ると、目を疑うようなヒドイ変顔をしていた。
 下唇をウイーっと突き出し、口角が大きく下がっていて目がうつろだ(どうしてそうなりました?)
 イケメンもここまで来ると自分が美しすぎるあまりに屈折した破壊欲みたいなものが出てくるのだろうか。

 アレンさんはキウイジュースをチゥゥゥ……と吸いながら呆れ顔でそれを見ている。他の団員はお腹を抱えて悶絶していた。
 何が悲しくて結婚前に彼の変顔で笑い死にしなくてはならないのだろう。
 しかし、こちらに向かってやっているということは、わたしに対して何か不満があるということだ。

 いったいわたしが何をしたと言うの?
 「騎士様はカッコイイよね」と言っただけでしょう?
 そこには当然、ヴィルさんも含まれているのですよ?
 その下唇は何ですか? ヤキモチですか?
 アレンさんがわたしの髪や顔を撫で回しているときは発動しないのに、騎士様全体を褒めるとそうなるのですか? それとも、くまんつ様に妬いているの?
 いったいドコにヤキモチを焼く要素がありました?
 っていうか、わたしにくまんつ様との結婚を勧めていましたよね???

 天人族の複雑な男心は分からない。
 じっと見つめ合っても、こちらが睨んでも、微笑んでも、彼はずっと変な顔のままだった。
 だんだん彼がしゃくれた新種のハゼに見えてきて、ポキリと心が折れた。

 わ、分かりましたよ、わたしが悪いのですねっ?
 もおぉぉ……っ。

「だっ、第一騎士団のダンチョーさんもすごくカッコイイらしいヨ。モットもっとカッコイイってウワサよ」

 若干、棒読み気味になってしまったのはお許し頂きたいけれども、一応フォローを入れてみた。すると彼は満足そうにフフンと鼻で笑い、おとなしく下唇を引っ込める。
 なるほど……要は「クリスだけを褒めるな。俺も褒めろ」である(超めんどくさいですわっ)
 あの顔が出たら彼も平等に褒めることにしよう。


 休憩を終えると、行きつけの店『スピロの窯』へ向かった。
 そこはパンと焼き菓子のお店で、露店にしては規模が大きい。店主夫婦と三人の娘さんで営んでいて、最近そこに長女のお婿さんが仲間入りしたせいか品数が増えていた。お婿さんは前職がケーキ職人らしく、彼のおかげで焼き菓子の品質が上がったと評判だ。

 我が家には甘い物好きな女子と、暗くなると夜食やおつまみを求めてウゴウゴうごめく男子が大勢いる。
 ただでさえ多忙な料理人が、彼らの小腹を満たすために夜間もバタついていると聞き、市販品も積極的に使うことにしていた。

 なるべく美味しいものをと探していたらこの露店『スピロの窯』に辿り着き、以来すっかり常連になっている。
 既に神薙御用達の看板を掲げているけれども、こちらもむやみに身分は明かさないので、彼らにとってのわたしは、たまにやって来て爆買いする食いしん坊な客だった。

 「うまそう。いい匂いする」と、テオが呟いた。

「お値段も見てみて?」
「スゲー。ほんとに安い。全然違う」
「そうでしょう? この市場全体が安いのよ」

 安いだけではない。
 フライア広場の青空市は店主同士の仲が良く、同時セールをやったり一か所に新商品を集めて売ったり、自主的にイベントをやっている。試食をさせてくれるお店が多いのも特徴だった。

「あらっ、お姉さん! また来てくれたのねー!」

 すっかり顔なじみになった店主の奥さんが声を掛けてくれた。

「今日は小さなお友達を連れてきましたー」
「あらぁぁー! 色々食べて好きなもの探していってよー。今、男子が好きそうなのを選んであげる。ちょっと待ってねぇ!」

 テオは奥さんが出してくれた試食のパンをひとつ食べて「うぁ、うまっ」と体を震わせる。

 ボリュームのあるチーズパンやバターロール、お砂糖がたっぷりかかった甘いパンにお総菜パン。マドレーヌのような焼き菓子がたくさん入った『お楽しみ袋』も必見だし、ナッツの入ったクッキー、それから塩味やトマト風味のクラッカー。岩塩をまぶしたハードプレッツェル等々、おすすめの試食が次から次へと出てきた。
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