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10-5 POV:リア

第241話:ご褒美

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 ──アレンさんが完全復帰した。

 ヘルグリン病に関して一連の報告を陛下にも送っていたため、今後は「治る病気」として国を挙げて対策を講じていくことになったらしい。
 それに加えて、治癒師の能力詐称や、根拠のない理由で治療を拒否することを禁じる医事法も成立しそうな雰囲気だ。

 エムブラ宮殿で記録していた看病日誌と、わたしが個人的に書いている日記の内容は、民にとっても貴重な情報になる。これらを編集した本を出版することになった。
 まだ出版社の人と全体の内容を検討している段階ではあるけれども、アレンさんのコメントも盛り込もうという話になっている。

 嬉しいことに引き続きユミール先生から魔法の講義を受けさせてもらえることになった。
 もともと定期的にお茶会の予定を入れていたこともあり、「ただ喋っているだけよりも双方にとって良いのではないか」とヴィルさんが提案してくれたのだ。
 先生も魔法を教えるついでに神薙のデータを取ることができるため大歓迎だと言ってくれた。
 魔力が回復するまでの間、座学でしっかりと知識を蓄えることができそうだ。

 陛下はわたしに褒賞を出そうとしていたようだけれども、神薙予算として十分過ぎるほど頂いている(というかメチャメチャ余っている)ので、ご褒美は固辞した。
 ところがある日、王宮から荷馬車が何台もやって来て、図書室奥の鍵がかかる部屋に大量の本が運び込まれた。
 目をぱちくりさせていると、「叔父上からのご褒美だ。町の本屋さんでは売っていない本だよ」と、ヴィルさんが言った。

 その部屋の管理責任者は司書さんではなく第一騎士団長になっており、鍵は団長と副団長で管理するそうだ。入り口には常時警備の騎士が立つことになるのだとか。
 まるで『オルランディアの涙』を保管している宝物庫のような扱いだった。

「どうしてそんな貴重な本がここに?」
「まずは見てみよう。俺も初めて見る」
「ほむ?」

 彼が開錠して分厚い扉を開けてくれた。
 中に入ったら、すぐに扉を閉めなければならないそうだ。

「とても繊細な本だから、温度と湿度を管理している。それから、本の劣化を防ぐために光の量も控えめだ」
「そんなに大変な本……?」

 そこはもともと禁書などの閲覧制限をかけた書物を置く部屋として使われていた特別な部屋で、大切な紙類を保管する設備が始めから整っていた。

 「どうだ?」と彼が言った。
 本棚にびっしりと詰まった本はどれも年代物だ。物凄く古い。
 古本屋さんの一番奥の棚に埋もれているお宝本のような雰囲気を醸し出している。

「魔法とか魔力とかに関する本みたいですね、ほとんど」
「そう?」
「あ、待ってください。違います。分類がされていないみたいです」
「ほう」
「色んな本がごちゃ混ぜですよねぇ。園芸の本の隣に氷魔法の入門書がありますよ。ほら、『誰でもできる水耕栽培』ですって。やってみたいですねぇ。日が当たればお家の中でお野菜とかハーブが作れますよ。あーでも、本の分類とお片付けが先ですかねぇ~」
「ふむ。……やはり、リアはこれが読めるのだな」
「え?」

 ヴィルさんは本棚から一冊引き抜くと、それを開いた。そして赤茶けた紙をそっとめくる。

「俺にはまるで意味が分からない」
「あ、そう言えば、文字がオルランディア語とは違いますね。これは何語なのでしょう?」
「分からない。誰一人として知らない」

 あらまぁ、どういうことでしょう?
 なんだか分からない本をわたしの家に送りつけたのですか?

「この国に旧パトラ領と呼ばれている土地があるだろう?」
「ええ、北東にあった亡国でしたよね?」
「そう。この本は、かつてパトラの王宮だった場所の地下から発掘された古書だ」

 ここにある本が詰め込まれた図書室がまるっと出土したそうだ。
 亡国の本かと思いきや、これらはパトラ語でもないらしい。

「強いて言うなら『旧パトラ領付近の古代語』といったところだろう。それも確信がない。なぜなら魔術語の基礎になった古代語とも違うからだ。時代が違うせいなのか、場所が違うせいなのか……とにかく誰も何も分からない。解読しようにも取っ掛かりになるものがなく、すべてが謎だった」

「そんなに大切な本を、どうしてここに?」

「リアが旧パトラと何か関係があるのではないか、というのは我々の勝手な推測だ。リアの訛りが旧パトラの王族と同じだから。それに、誰からも教わっていないのにオルランディア語を話し、隣国の王族とも現地の言葉で会話をした。旧パトラとは無関係だったとしてもリアなら読めるのでは? という話になった」

 ほほう。
 でも、ちょっとお待ちください。今、聞き捨てならない言葉が聞こえましたよ?

「あの、わたしって訛っているのですか? ひどいですか? それでヴィルさんに恥ずかしい思いをさせていませんか?」
「いやいや、変な訛りではないよ。とても魅力的だ」
「……でも、一応皆さんと同じ発音でお話ができるよう、なるべく直すようにします」
「無理をする必要はないよ」
「なにせ身分がバレてはいけない場面がたくさんあるのですもの」
「ははっ、リアは街に出るからな」
「それに、ヴィルさんの奥さんになるわけなので、振る舞いには気をつけなくては……。言葉遣いとかもそろそろ本腰を入れて直さないといけないですし」

 彼はわたしの髪をするする撫でると、「またそういうことを言って俺をドキドキさせる」と、わたしの顔を覗き込んだ。

 フェロモンのアマゾン川みたいな人がよく言う。
 こちらは彼が宮殿に戻ってきてからというもの、心臓が忙しくて仕方がないのに。

「いつもドキドキさせられているのは、わたしのほうですよ?」
「ほう……薄暗い密室で飢えた狼を煽るとは勇気がある」
「え? 煽……ひゃっ? ちょ待って、それはやめたほうが……っ!」

 彼はわたしをひょいと持ち上げると読書用の長椅子に座らせ、どセクシーな口づけをした。
 ところが、胸のリボンに手をかけたところで彼はプルプルと震え始めた。最近これが王道のお笑いコントのようにパターン化していた。

「ああ~~、くそっ、どうして俺はこういつもいつも性懲りもなく!」

 相変わらず彼は結婚するまで清い身でいることにこだわっている。しかし、信念と本能との狭間でもがいていた。
 もう諦めたらどうかと話したけれども「婚約者の肌を暴くなんてとんでもない」と彼は言う。

「婚前交渉をした夫は、結婚式の日に色物の服を着ることになる……王族が『色付きの婚姻』と言われる」

 ヴィルさんはプルプルしながら言った。
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