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10-2 POV:リア

第208話:上位浄化

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 サロンに持ち込んだ黒板に必要なものやタスクを書き出すと、手の空いている従業員がその隣に自分の名前を書き、次々と調達や対応に動いてくれた。
 働き手が多いおかげで指示したことが次々と実現されていく。

 記録係を作り、わたし達の一連の行動を記録することにした。
 落ち着いた頃、本の著者に情報提供をしても良い。結果の良し悪しに関わらず、何かの役に立つだろう。

 自分の作業の合間は、本を開いて残りの部分を読んだ。
 著者は一般的なカゼを引き起こす菌との比較もしてくれていた。
 ヘンテコリンな菌の形は風邪菌にそっくり。
 しかし、ヘルグリン菌は風邪菌と違って『魔法耐性が高い菌』だと書かれていた。
 人間側から見れば『魔法が効きにくい菌』という言い方になるのだろう。

「上位浄化魔法なら菌を除去できる可能性はあるものの治癒師協会の承認が下りないため検証の目途が立っていない……? 上位浄化魔法って?? 上位だから、浄化魔法のすごいやつみたいな感じでしょうか??」

 魔法の話になるとチンプンカンプンだ。
 治癒師さんて治癒魔法以外も使うの? 話はそこからだ。

「ねぇねぇフィデルさん」
「はい?」
「例えば、具合が悪くなって治癒院へ行きました。そこで何をされます?」
「最初は鑑定魔法ですね。しかし、治癒院の前に医師に診てもらっている場合は診断書を見せるので、鑑定魔法は飛ばします」
「ほむほむ?」
「で、症状ごとに多少違うのですが、例えば……」

 フィデルさんに説明してもらったところ、治癒院へ行くと一回の治療で複数の魔法をかけてもらうそうだ。
 大体、この三種類を組み合わせてかけてもらうことが多いという。
 『浄化』、『解毒』、『治癒』の三つだ。

 『浄化』魔法は、キレイ好きなアレンさんがよく使っている。
 わたしのイメージでは掃除・洗濯・お風呂魔法だ。
 公園に行ったとき、「ちょっと座りましょうか」と言いながら彼はベンチを浄化している。
 ジュースを持って走ってきた子どもが目の前でつまずき、アレンさんが頭からザブン!とリンゴジュースをかぶったことがある。しかし、浄化魔法で髪も服もピカピカになっていた。
 屋敷の中でちょっと汚れが見つかったときにもサッと魔法で掃除してくれる。
 彼が行く先々で使うので、最も多く目にしている魔法かも知れない。
 衛生管理ツールとして万能だとは思っていたけれども、それなりの術者であれば汚れだけでなく弱~中程度の菌もやっつけられるそうだ。

 そして、『解毒』魔法は毒物が原因の場合に使うとのこと。
 例えば、腹痛の原因が腐敗した食べ物に含まれていた菌ならば『浄化』を使う。しかし、ジャガイモの皮や芽に含まれるソラニン(こちらではイモ毒と呼ぶ)が原因だった場合は『解毒』が使われるそうな。
 今回は相手が菌であって毒物ではないので、解毒魔法は対象外だ。

 『治癒』魔法は、体の疲れや怪我に効くという。
 てっきり伝家の宝刀的に治癒魔法をかければ何もかも治るのかと思っていたら、意外とそうではなかった。
 菌が悪さをしている以上、原因を断つ治療と体を癒す治療の双方が必要だということだ。

 「どこに行けば、この『上位浄化』という魔法が受けられるのでしょうか?」と尋ねた。
 すると、「上位浄化が受けられる場所はありません」と、フィデルさんは言う。

 上位浄化魔法というのは、高名な治癒師など高魔力者と言われている人にしかできない芸当らしい。
 ところが、肝心のその人たちは「治癒師自身がヘルグリン病に感染すると他の治療に支障が出るので対応できない」と言って治療をしない方針を打ち出し、陛下の承諾を取りつけていると言う。

「えっ、陛下がそれを認めてしまったのですか?」
「だから治癒師はヘルグリン病を公然と治療しないのです」
「なるほど。ただ勝手にイヤイヤしているわけではないのですねぇ……」

 くぬぬ、陛下め……
 これでは交渉の余地もない。

 それにしても、なんて胡散くさい話でしょうか。
 その上位浄化とやら、一体いつ・誰に使うつもりなのでしょうねぇ?
 治癒師自身の感染を心配するのなら、患者を浄化した後に自分自身も浄化すれば済む話でしょう? そうすれば、自分を守りながら患者さんを助けられるはずなのに。
 それにも関わらず逃げているのはどういうことなのでしょうねぇ……陛下の承認までもらっちゃって。

 ははーん、さては『やらない』のではなくて『できない』のでは?
 実はそもそもそんな魔法は存在しないとか、高魔力者を自称しているけれど実は数字をだいぶ盛っているだけとか。
 怪しいですねぇ。

 フィデルさんは頬杖をついてジッとこちらを見ていた。

「リア様、考えていることが全部お口に出ていますよ?」
「はああああッッ、ご、ごめんなさいっ……」
「大丈夫ですよ。みーんな同じことを思っていますから」

 周りを見回すと、執事長、メイド長、騎士の皆さん、ミストさん他大勢が頷いていた。

「あのぅ、王宮医のブロックル先生にお願いするのはダメなのでしょうか」
「んー、微妙ですね。王宮医というのは基本的に陛下と王家の人達を治療する人です。王家以外の人を治療するときは、王家の誰かが命じる必要があります」
「ヴィルさんが呼んでくださるかも?」
「しかし、陛下が診察も治療もしなくて良いと返事をしてしまっていますから、ヴィルが治療せよと言えば矛盾が生じて都合が悪いでしょうね。陛下の顔に泥を塗ることになる」
「なるほど……患者は国からも見捨てられているわけですねぇ」

 菌の浄化ができなくとも、体力を落とさないための治癒魔法くらいはできるだろうに。
 しかし、ここで文句を言っていても始まらない。救う気のない人々に頼み込むのは時間の無駄だ。

 「アレンさんが回復したら陛下に抗議をしに行きます」と、わたしは頬を膨らませた。
 「その際はお供しますよ」と、フィデルさんは口角を上げた。
 「私もついて行きたい」とミストさんが呟くと、フィデルさんは「行きたいやつ全員でぞろぞろ押しかけて驚かせてやろうぜ」と笑った。

 わたしの手から出ている謎の救急箱パワーは、傷や青あざを治したことがあるので『治癒魔法』に近い。
 わたしがアレンさんに触れていれば、多少は体が楽になるはずだ。
 治癒師の代わりにはならないかも知れないけれども、試す価値はある。

 しばらくモヤモヤ考えた後、ひとつ良い案を思いついた。

「ねえ、フィデルさん、わたしではダメでしょうか。わたしが魔法を学んだら、その上位浄化魔法が使えないでしょうか?」

 よく分からないけれど、ここに来てからずっと「魔力が高い」と言われているし、高魔力者向けのペンも使えているし。
 もし習ってできるようになるのであれば、救急箱パワーよりも効果が高いのではないかしら??
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