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第十章 死の病 10-1 POV:ミスト

第196話:メガネ岩

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 長剣の扱いに慣れた者が騎士になり、長剣以外を使うことに長けた者が特務師だ。
 騎士道なる気高い信念と行動理念を持つ者が騎士なら、それらの「念」が妨げになる特殊任務にあたるのが私たち特務師だった。

 騎士の動きは大振りだけど、一撃で相手を倒すために磨き上げられた剣技だ。
 私たちには一撃で相手の鎧を壊すような威力を持つ技はない。代わりに細かく速い動きを特徴とする武術を使う。
 その動きは騎士様たちには速すぎて、ほとんどついて来られない。

 特務師の訓練に参加した騎士様は、すぐに訓練をサボりがちになり、いつの間にか来なくなる。
 過去に「箔は付けたいが訓練は面倒だ」と言った騎士様がいた。
 そんなことを大きな声で言うものだから総スカンを食らう。居心地が悪くなって余計に来なくなる悪循環だ。


 「今まで見た騎士様じゃぁ、一人ぐらいしかマトモなのいなかったよ」と、イヴは言った。
 残念ながら、私はその唯一マトモだったと噂の騎士様にはお目にかかっていない。

「チャラいイケメンだっけ?」
「そう。もう結構前だね。なんて名前だったかなー。忘れちゃった。あの時、ミストは任務中だったもんね。赤い髪でさ、ヒゲがセクシーで結構イケてたんだよねー」
「へえ、この間来た騎士様はイケメンでもなかったし一日しか持たなかったな」
「無理って気づいてほしいよ。逆にうちらも騎士になれって言われたって無理だもんねぇ?」
「まあね」

 願わくは来て欲しくない(面倒だから)
 そんな私たちの気も知らず、新しい騎士様はやってきた。
 訓練が始まる前に上司から紹介があったのは良かったけれど、場がどよめいていた。身内が騒いでいるせいで上司が何を喋っているのかが聞こえない。

 「なんかヤバくない?」と、イヴが引きつった顔で言った。
 「まあヤバいね」と、私は答えた。

 メガネをかけた長細い岩が立っている。
 立っているだけならまだしも、裂け目(おそらくは口)を動かして何か喋っている。

「なんなんだろう。この光景……」

 周りを見回すと引いているのは女子だけだった。
 男性の特務師は普通に話しかけていて、岩から生えた枝(おそらくは手)を握り、挨拶をしていた。

 「あれは握手をしている、でいいの?」と、私は言った。
 「あれってかぶり物?」と、イヴがほぼ同時に言った。
 思わず顔を見合わせた。

「何かの魔道具じゃない? 男子は普通に接してる」
「珍しいよ、あんな歓迎してる感を出してる男子は。有名な岩なのかなぁ?」
「なんだよ有名な岩って」
「一枚岩の雪だるまに似てるしさぁ」
「雪だるまに怒られるわ」

 隊長がこちらを指差していたので、嫌な予感がした。
 「ミスト、基本的な動きを教えてやってくれ」と、隊長が言った。

 はあああぁぁぁ、今日だけは他を当たって欲しい……マジで。

 後ろでイヴが「うわっ、最悪やん」と呟いていたが、上官の命令では仕方がない。心の中で泣きながら「ハイ」と答えた。

 岩に向かって喋るのは生まれて初めてだった。
 喋る岩を見たのも当然初めて。
 ただ、きちんと返事をしてくれたので助かった。礼儀正しい岩だった。

 岩はアレン・オーディンスと名乗った。
 名前を持っている岩で、騎士をやっている岩で、特務師の訓練に来た岩だ。ややこしすぎる。せめて人であれよ。
 オーディンスという家名はどこかで聞いたことがあるような気もしたけれど、岩の衝撃が大きすぎて何も思い出せない。

 「最初に基本となる型をご説明しますね」と説明を始めた。
 すると「カシコマラナクテイイ」と、メガネ岩が言った。
 何を言っているのかと思えば、「自分は教わる立場だし、皆と同じようにこの訓練所の決まりに従うつもりでいる。かしこまって話さなくていい」というようなことを言っていた。
 今まで来た騎士とは見た目も違うが言うことも違う。
 見た目がぶっちぎりでおかしいにも関わらず、奴はきちんとした人…もとい岩だった。

 とりあえず基本となる動きと型を見せると、メガネ岩はメモを取りながら熱心に聞いていた。
 返ってくる質問も凄くいい質問だった。理解が早い。頭がいい。メガネ岩はデキる岩だ。

「あとは実際に手合わせして体で覚えたほうが楽だと思う。最初は体格の近い相手と素手でやって、慣れてきたら武器を持つ。武器の特性に合わせて応用が必要になってくるので、それはまた別途ということで」

 「フム。デワ、チョット タノンデミル」と、メガネ岩は隊長のところへ行った。

 なんというか……、貴重な新体験をしている。
 マジで何なんだろうアレ。

 メガネ岩の後ろ姿を眺めていると、同僚のシンが近づいてきた。
 彼も特級特務師で、この訓練所では一番背が高い。
 あえて普通っぽい言い方をするならば、「幼馴染」という言い方が一番近いだろうか。
 学校が一緒で、寮も一緒で、クラスも一緒になり、下手すると席も隣同士だったりした。気づいたときには毎日のように話をしていたので、いつどうやって知り合ったのかは覚えていない。
 気心の知れた仲間だ。

 「よっ、先生」と、彼は言った。

「茶化してんじゃないよ」
「睨むなよ」
「睨んでない。こういう顔なんだよ」
「いい男だからって騎士様に惚れるなよ? 遊ばれちゃって泣かされて、後が大変だぞ? 俺が慰めてやってもいいけど」
「どこらへんを見ていい男って言ってる?」
「広場で姿絵を売ってるような超有名な騎士様だぞ?」
「え……岩の絵を買うような物好きがいるってこと?」
「あれ? お前、面食いじゃなかった?」
「すごく面食いです」
「あれを超えるのは王族様ぐらいだぞ」
「王族様と岩を比べるのは不敬でしょうが」
「お前さっきから何言ってんの? 面白いけど」

 私たちが噛み合わない話をしていると、隊長がシンを呼んだ。

「シン! 手合わせを頼む。最初はゆっくりだ」
「ほぉーい了解! ちょっと行ってくるぜえ、ミスト先生の教え子と手合わせに」
「はいはい、よろしくどうぞ」

 ため息をついた。
 しかし、岩の世話は終わった。
 あとは自分のことをやろう。

 私は武器庫へ行こうと、踵を返して歩き始めた。
 すると、急に練習場から女子のざわめきが聞こえた。

「やぁっば! ミストぉぉぉ! ちょちょちょぉー、ヤバいよぉぉぉ?」
「今度は何? 岩が巨大化でもした?」

 振り返るとイヴが大騒ぎしながら手招きしていた。
 女子がこぞって赤い顔で一点を見ている。

「あれ見て! 見て見て!」
「誰、あれ」
「さっきの騎士様だよ!」
「さっきの騎士って、メガネ岩?」
「メガネ外すと、あれになるんだよ!」
「だから姿絵がどうとかって言ってたのか……」
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