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第七章 微笑む神薙
第121話:二人のイケオジ陛下
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ヴィルさんがこちらを振り返り、「左が父で、右が叔父。二人は双子だ」と言った。
神薙ヘイターのお父様だと思った瞬間、身体が震えだした。
会ったこともないのに、一方的にわたしを嫌っている人だ。優しい陛下と同じ顔をしている。
知らない人に悪意を向けられるのが怖くて、慌てて目をそらした。
アレンさんはわたしを抱き寄せ、背中をさすって「大丈夫ですよ」と言った。
右側の陛下がわたしの名前を呼んで立ち上がったけれども、ヴィルさんが近づかせなかった。
「叔父上、リアの体調が思わしくありません。挨拶は省略させて頂きます。連れてくるべきではないと思いましたが、彼女の側近の助言を受け入れて連れてきました。リアは詳しい事情が分かっていませんし、話せる状態でもありません。無理を押してここに来てくれています」
「ポルト・デリングで何があった」
「それについては後ほどご報告します」
アレンさんはわたしを座らせると肩を抱いて体を支え、ぷるぷる震えている手を強く握った。
「大丈夫。あなたが心配するようなことは何もありません」と、彼が小声で言ったので、わたしは「大丈夫デス」と笑顔を貼り付けて答えた。ちっとも大丈夫ではないのに「大丈夫・大丈夫」と繰り返していた。
ヴィルさんは陛下とお父様の前に立ち、わたしとアレンさんは、離れてその背中を見る位置に座っていた。
ヴィルさんは懐から何かを取り出し、向かって左にいるお父様に渡した。
お父様はその紙を開くと、手早くめくりながら「ふうん、こんなにいるのか」と声を漏らした。
陛下とまるで同じ声だったけれども、話し方はややフレンドリーな印象だった。
隣から陛下が覗き込むと、お父様は見やすいよう表面を陛下のほうに向けた。
「なんだ。見合い相手の一覧か」
「これがどうした? 手短に話せ」
二人は話しているときも左右対称だった。
シンクロ率がすごい。同じタイミングで互いに視線を合わせ、同じタイミングでヴィルさんを見た。
ヴィルさんは二人をどこで見分けているのだろう。それに、何の話をするために集まっているのだろう。
座って落ち着いたせいか身体の震えは止まったけれども、まだ手が震えていた。
ポルト・デリングの市場から出て以来、無理に笑顔を作って踏ん張っているせいなのか、顔以外の部分が制御不能な状態に陥っている。
「その一覧に、私の名がありません」
ヴィルさんがそう言うと、アレンさんの手にぎゅっと力が入った。
隣を見上げると、アレンさんが祈るような顔でヴィルさんの後ろ姿を見ていた。
「なに?」
「なぜだ」
左右対称の二人は同時に声を発して、同時にリストを見た。
そして、同時に顔を見合わせた。
「そのリストは序列順です。私の名があるとすれば、一番上になります」
「なぜヴィルを入れないのだ」と、お父様が陛下に言った。
「兄上、申し込みはしたのか?」と、陛下は尋ねた。
「申し込み? 神薙のことはお前にすべて任せると言っただろう」
「申し込みは当主がする。印章が必要なのだ」
「辺境の戦を二つ抱えているのに俺に何をしろと言っている。王の印を使えば良いだろう。効率の悪いことをするな」
「それは仕事で、これは家の話ではないか」
「そもそも、なぜ王族が普通の貴族と同じ手続きをするのだ。お前が最高責任者なのだから必要ないだろう」
「息子を放っておくな。手続きをしろと言っている」
「その手続きから不正まみれで十三条を食らったのは誰だ。お互いに忙しいのだから無駄なことはやめろ。俺が押す印に一体どれほどの意味があるのだ」
「それも別の話だ。息子のために紙を一枚書けと言っているのだ。そのくらいしてやれ」
同じ顔の兄弟が同じ声で言い合っていた。
いつの間にかアレンさんの手の力も緩んでいる。
ヴィルさんは黙って二人の話を聞いていたけれども、言い合いが終わらないため、途中で割って入った。
「先程も言ったとおり、リアの体調が悪い。その辺りは二人だけで話してください」
わたしはヴィルさんの後ろ姿と、言い合う二人のイケオジをぼーっと見ていた。
確かに、王家主導でやっていることに、王家の人が一般人と同じ手順で申し込みをしなければならないというのも変な話だった。
当主に印を押させているのは、息子が勝手に申し込まないようにするためだと聞いた。世襲貴族は政略結婚があるので、息子が婚約中だったり、またはその交渉中だったりした場合、本人の一存では決められない。
お披露目会の場で「本人だけでなく家族の素行も含め身辺調査をする」という主旨の発表もあったので、申し込みは調査への同意書でもある。
つまりは息子の結婚と身辺調査の両方に当主が同意していますよ、という意味での押印だ。
そうなると、王家の人ならば口頭で「リストに入れておいてね」と言うだけでも十分な気はする。
ただ、申し込みルールは主導している人が決めることなので、陛下が「申し込め」と言うのなら、仮にそれが非効率的だったとしても正しいということなるだろう。
「今さら二人の間にどのようなやり取りがあったかについて興味はありません。私は過去にもこれと似たような経験を何度もしています。学校絡みの手続きが忘れられていたこともありました。騎士団の入団手続きもされていなくて、土壇場で大騒ぎをしました」
ヴィルさんの背中を見ていた。
時折、視界がぼやけて頭がフラフラする。
ひとつため息をつくと、アレンさんが「気分が悪いですか?」と聞いてきた。
気分も悪いけれども、頭の回転がもったりとしていて遅い気がする。
わたしは正しくこの事態を理解できているのだろうか。ちょっと自信がない。
……この話って、ヴィルさんは申し込みたかったのに、手続きが漏れていたという話なのですよねぇ?
ということは、つまり、これで晴れて両想いということになるのでしょうか??
神薙ヘイターのお父様だと思った瞬間、身体が震えだした。
会ったこともないのに、一方的にわたしを嫌っている人だ。優しい陛下と同じ顔をしている。
知らない人に悪意を向けられるのが怖くて、慌てて目をそらした。
アレンさんはわたしを抱き寄せ、背中をさすって「大丈夫ですよ」と言った。
右側の陛下がわたしの名前を呼んで立ち上がったけれども、ヴィルさんが近づかせなかった。
「叔父上、リアの体調が思わしくありません。挨拶は省略させて頂きます。連れてくるべきではないと思いましたが、彼女の側近の助言を受け入れて連れてきました。リアは詳しい事情が分かっていませんし、話せる状態でもありません。無理を押してここに来てくれています」
「ポルト・デリングで何があった」
「それについては後ほどご報告します」
アレンさんはわたしを座らせると肩を抱いて体を支え、ぷるぷる震えている手を強く握った。
「大丈夫。あなたが心配するようなことは何もありません」と、彼が小声で言ったので、わたしは「大丈夫デス」と笑顔を貼り付けて答えた。ちっとも大丈夫ではないのに「大丈夫・大丈夫」と繰り返していた。
ヴィルさんは陛下とお父様の前に立ち、わたしとアレンさんは、離れてその背中を見る位置に座っていた。
ヴィルさんは懐から何かを取り出し、向かって左にいるお父様に渡した。
お父様はその紙を開くと、手早くめくりながら「ふうん、こんなにいるのか」と声を漏らした。
陛下とまるで同じ声だったけれども、話し方はややフレンドリーな印象だった。
隣から陛下が覗き込むと、お父様は見やすいよう表面を陛下のほうに向けた。
「なんだ。見合い相手の一覧か」
「これがどうした? 手短に話せ」
二人は話しているときも左右対称だった。
シンクロ率がすごい。同じタイミングで互いに視線を合わせ、同じタイミングでヴィルさんを見た。
ヴィルさんは二人をどこで見分けているのだろう。それに、何の話をするために集まっているのだろう。
座って落ち着いたせいか身体の震えは止まったけれども、まだ手が震えていた。
ポルト・デリングの市場から出て以来、無理に笑顔を作って踏ん張っているせいなのか、顔以外の部分が制御不能な状態に陥っている。
「その一覧に、私の名がありません」
ヴィルさんがそう言うと、アレンさんの手にぎゅっと力が入った。
隣を見上げると、アレンさんが祈るような顔でヴィルさんの後ろ姿を見ていた。
「なに?」
「なぜだ」
左右対称の二人は同時に声を発して、同時にリストを見た。
そして、同時に顔を見合わせた。
「そのリストは序列順です。私の名があるとすれば、一番上になります」
「なぜヴィルを入れないのだ」と、お父様が陛下に言った。
「兄上、申し込みはしたのか?」と、陛下は尋ねた。
「申し込み? 神薙のことはお前にすべて任せると言っただろう」
「申し込みは当主がする。印章が必要なのだ」
「辺境の戦を二つ抱えているのに俺に何をしろと言っている。王の印を使えば良いだろう。効率の悪いことをするな」
「それは仕事で、これは家の話ではないか」
「そもそも、なぜ王族が普通の貴族と同じ手続きをするのだ。お前が最高責任者なのだから必要ないだろう」
「息子を放っておくな。手続きをしろと言っている」
「その手続きから不正まみれで十三条を食らったのは誰だ。お互いに忙しいのだから無駄なことはやめろ。俺が押す印に一体どれほどの意味があるのだ」
「それも別の話だ。息子のために紙を一枚書けと言っているのだ。そのくらいしてやれ」
同じ顔の兄弟が同じ声で言い合っていた。
いつの間にかアレンさんの手の力も緩んでいる。
ヴィルさんは黙って二人の話を聞いていたけれども、言い合いが終わらないため、途中で割って入った。
「先程も言ったとおり、リアの体調が悪い。その辺りは二人だけで話してください」
わたしはヴィルさんの後ろ姿と、言い合う二人のイケオジをぼーっと見ていた。
確かに、王家主導でやっていることに、王家の人が一般人と同じ手順で申し込みをしなければならないというのも変な話だった。
当主に印を押させているのは、息子が勝手に申し込まないようにするためだと聞いた。世襲貴族は政略結婚があるので、息子が婚約中だったり、またはその交渉中だったりした場合、本人の一存では決められない。
お披露目会の場で「本人だけでなく家族の素行も含め身辺調査をする」という主旨の発表もあったので、申し込みは調査への同意書でもある。
つまりは息子の結婚と身辺調査の両方に当主が同意していますよ、という意味での押印だ。
そうなると、王家の人ならば口頭で「リストに入れておいてね」と言うだけでも十分な気はする。
ただ、申し込みルールは主導している人が決めることなので、陛下が「申し込め」と言うのなら、仮にそれが非効率的だったとしても正しいということなるだろう。
「今さら二人の間にどのようなやり取りがあったかについて興味はありません。私は過去にもこれと似たような経験を何度もしています。学校絡みの手続きが忘れられていたこともありました。騎士団の入団手続きもされていなくて、土壇場で大騒ぎをしました」
ヴィルさんの背中を見ていた。
時折、視界がぼやけて頭がフラフラする。
ひとつため息をつくと、アレンさんが「気分が悪いですか?」と聞いてきた。
気分も悪いけれども、頭の回転がもったりとしていて遅い気がする。
わたしは正しくこの事態を理解できているのだろうか。ちょっと自信がない。
……この話って、ヴィルさんは申し込みたかったのに、手続きが漏れていたという話なのですよねぇ?
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