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第五章 お見合い
第92話:第一騎士団の突入
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「俺は、常々思うのだが」と、ヴィルさんはゆっくりブロンドの前髪をかき上げた。
「君ら下流貴族は、物を知らないよな」
「はあ?」
「まず、俺のことを知らなすぎると思う。正直言って、俺はこういう場所ではあまり戦力にならないのだ」
「はっ、実は弱っちいのか!」
「んー、弱っちいと言われれば弱っちいかも知れない。俺の場合はもっとこう……広ーい場所でないとダメなのだ。ちなみにそこのドアを壊すのは、我ながら上手くできたと満足している。あとで叔父から大目玉を食らうだろうが」
「ははは! 脳無しめ! やはり俺が王になるべきだろう!」
「しかし、君はリアのこともまるで分かっていないな。それから……」
目にかかりそうな前髪を指先でなぞるように横に流しながら、彼は言った。
「特に俺の部下のことを、よく分かっていない」
後ろでペロリストさんが何か言いかけたものの、突風にかき消された。
その風はいつも、部屋の空気をかき混ぜるようにメチャクチャな方向から吹いてきて、わたしの髪をぐちゃぐちゃにする困った風だ。
わたしはぎゅっと目を閉じた。
風がおさまるのに合わせて、そおっと目を開けていく。
わたしに刃を向けていた手が、別の誰かに掴まれてブルブルと震えていた。
わたしを拘束していた反対側の腕も、むしり取るように引き剥がされていくところだった。
「俺の神薙に触れるとどうなるか、教えてやろう」
後ろから感情を押し殺した声が聞こえた。
この世界に来てから、ほぼ毎日ずっとそばにいる声だった。
短剣を持つ手は、物凄い力で握り潰されそうだった。
真後ろから苦しげな呻き声が聞こえ、堪え切れなくなったのか剣が床に落ちる。
「そのまま振り返らず、彼のところへ行ってください」
「アレンさん……」
「リア、早く行け」
「~~~っ!」
後ろにいるであろうアレンさんを振り返ろうとしたけれど、言われたとおり飛び出した。
こちらに向かってきていたヴィルさんの胸に飛び込み収まる。
「神薙確保! 抜剣を許可するが、可能なら殺すな!」
ヴィルさんの合図で、壊れたドアから大勢の護衛が突入してきた。
でも、彼らが到達する前に、家具が倒れるような音とペロリストさんの悲鳴が聞こえてきた。
わたしはそのままヴィルさんに抱きかかえられて部屋から連れ出され、瞬く間に建物の外で待っていた馬車に乗せられた。
お家に着くと、またヴィルさんに運ばれて侍女の待つ支度部屋へ連れて行かれた。
「楽な服に着替えさせてやってくれ」と言うと、彼は部屋から出ていった。
侍女は三人とも一緒に王宮へ出向いていたので、騒ぎの一部始終を知っている。しかし、普段と同じようにお家用のドレスを用意して着替えさせてくれた。
いつもなら前についているボタンを留めたり、リボンを結んだり、自分でできるところは自分でやるのだけど、手がぷるぷると震えていて全然できない。
侍女長がそっとわたしの手に触れ、「リア様、それはわたくし達のお仕事ですわ」と微笑んだ。
着替えが済んでリビングに出ると、ヴィルさんが待っていた。
「ヴィルさん、あの……」
「リア、もう頑張らなくていい。おいで」
そこで、張りつめていた何かがプツンと切れてしまった。
このお見合いが始まってから、色々なことを我慢していた気がする。
辛くない、大丈夫大丈夫……と、そんなふうに自分を騙して鼓舞していた。
周りの人達が親切で優しかったから、どうにかなっていた。
わたしの感情が安定してさえいれば、災害は起こらない。だから、神薙は民のために泣いてはいけない、怒ってもいけない。
災害で被災したときの大変さを知っているだけに、できる限りハッピーでいようと、多くのことに蓋をしてきた。
なぜ、わたしが剣を向けられなくてはいけないのだろう。
なぜ、理不尽で不合理な「決まり」に則ったお見合いをしなくてはならないのだろう。
なぜ、わたしの旦那様なのに、わたしの好きなように選ばせてくれないのだろう?
勝手にここに連れてきたくせに。
二度と怖い思いはさせないと言ったのに。
そう思ったら、一気に許容量を超えた。
自分で押さえつけていた蓋が弾け、入れ物が壊れて、中に詰め込んでいたものがすべて溢れ出してしまった。
「辛い思いをさせてすまなかった」と、彼は言った。
「もう……お見合いはイヤです」と、どうにか言葉を絞り出した。
「分かっている。少しだけ時間をくれ」
外からサアーッと雨の降る音が聞こえてきて、申し訳ない気持ちになった。
どうか、わたしが泣いたせいで大きな被害が出ませんように……。
わたしの涙が止まるまで、彼はずっと抱き締めてくれていた。
少し気持ちが落ち着いた頃、王宮医のブロックル先生と薬師のシンドリ先生がそれぞれ弟子を連れてやって来た。
手首を怪我したときお世話になった人達だった。
わたしには治癒魔法が効かないので、王宮医が診察をして、薬師さんがお薬を作ってくれた。
幸い怪我はなかったけれど、神経が高ぶっているため、よく眠れる薬湯をもらった。
ヴィルさんはその後、王宮へ行き、その日は戻ってこなかった。
「君ら下流貴族は、物を知らないよな」
「はあ?」
「まず、俺のことを知らなすぎると思う。正直言って、俺はこういう場所ではあまり戦力にならないのだ」
「はっ、実は弱っちいのか!」
「んー、弱っちいと言われれば弱っちいかも知れない。俺の場合はもっとこう……広ーい場所でないとダメなのだ。ちなみにそこのドアを壊すのは、我ながら上手くできたと満足している。あとで叔父から大目玉を食らうだろうが」
「ははは! 脳無しめ! やはり俺が王になるべきだろう!」
「しかし、君はリアのこともまるで分かっていないな。それから……」
目にかかりそうな前髪を指先でなぞるように横に流しながら、彼は言った。
「特に俺の部下のことを、よく分かっていない」
後ろでペロリストさんが何か言いかけたものの、突風にかき消された。
その風はいつも、部屋の空気をかき混ぜるようにメチャクチャな方向から吹いてきて、わたしの髪をぐちゃぐちゃにする困った風だ。
わたしはぎゅっと目を閉じた。
風がおさまるのに合わせて、そおっと目を開けていく。
わたしに刃を向けていた手が、別の誰かに掴まれてブルブルと震えていた。
わたしを拘束していた反対側の腕も、むしり取るように引き剥がされていくところだった。
「俺の神薙に触れるとどうなるか、教えてやろう」
後ろから感情を押し殺した声が聞こえた。
この世界に来てから、ほぼ毎日ずっとそばにいる声だった。
短剣を持つ手は、物凄い力で握り潰されそうだった。
真後ろから苦しげな呻き声が聞こえ、堪え切れなくなったのか剣が床に落ちる。
「そのまま振り返らず、彼のところへ行ってください」
「アレンさん……」
「リア、早く行け」
「~~~っ!」
後ろにいるであろうアレンさんを振り返ろうとしたけれど、言われたとおり飛び出した。
こちらに向かってきていたヴィルさんの胸に飛び込み収まる。
「神薙確保! 抜剣を許可するが、可能なら殺すな!」
ヴィルさんの合図で、壊れたドアから大勢の護衛が突入してきた。
でも、彼らが到達する前に、家具が倒れるような音とペロリストさんの悲鳴が聞こえてきた。
わたしはそのままヴィルさんに抱きかかえられて部屋から連れ出され、瞬く間に建物の外で待っていた馬車に乗せられた。
お家に着くと、またヴィルさんに運ばれて侍女の待つ支度部屋へ連れて行かれた。
「楽な服に着替えさせてやってくれ」と言うと、彼は部屋から出ていった。
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いつもなら前についているボタンを留めたり、リボンを結んだり、自分でできるところは自分でやるのだけど、手がぷるぷると震えていて全然できない。
侍女長がそっとわたしの手に触れ、「リア様、それはわたくし達のお仕事ですわ」と微笑んだ。
着替えが済んでリビングに出ると、ヴィルさんが待っていた。
「ヴィルさん、あの……」
「リア、もう頑張らなくていい。おいで」
そこで、張りつめていた何かがプツンと切れてしまった。
このお見合いが始まってから、色々なことを我慢していた気がする。
辛くない、大丈夫大丈夫……と、そんなふうに自分を騙して鼓舞していた。
周りの人達が親切で優しかったから、どうにかなっていた。
わたしの感情が安定してさえいれば、災害は起こらない。だから、神薙は民のために泣いてはいけない、怒ってもいけない。
災害で被災したときの大変さを知っているだけに、できる限りハッピーでいようと、多くのことに蓋をしてきた。
なぜ、わたしが剣を向けられなくてはいけないのだろう。
なぜ、理不尽で不合理な「決まり」に則ったお見合いをしなくてはならないのだろう。
なぜ、わたしの旦那様なのに、わたしの好きなように選ばせてくれないのだろう?
勝手にここに連れてきたくせに。
二度と怖い思いはさせないと言ったのに。
そう思ったら、一気に許容量を超えた。
自分で押さえつけていた蓋が弾け、入れ物が壊れて、中に詰め込んでいたものがすべて溢れ出してしまった。
「辛い思いをさせてすまなかった」と、彼は言った。
「もう……お見合いはイヤです」と、どうにか言葉を絞り出した。
「分かっている。少しだけ時間をくれ」
外からサアーッと雨の降る音が聞こえてきて、申し訳ない気持ちになった。
どうか、わたしが泣いたせいで大きな被害が出ませんように……。
わたしの涙が止まるまで、彼はずっと抱き締めてくれていた。
少し気持ちが落ち着いた頃、王宮医のブロックル先生と薬師のシンドリ先生がそれぞれ弟子を連れてやって来た。
手首を怪我したときお世話になった人達だった。
わたしには治癒魔法が効かないので、王宮医が診察をして、薬師さんがお薬を作ってくれた。
幸い怪我はなかったけれど、神経が高ぶっているため、よく眠れる薬湯をもらった。
ヴィルさんはその後、王宮へ行き、その日は戻ってこなかった。
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