上 下
73 / 352
第三章 お披露目会

第67話:頑張るところ

しおりを挟む
 閉会後、陛下は王宮主催の舞踏会に出ることになっていたので、ハグをしてお別れした。
 わたしは護衛の皆と共に離宮へ撤収だ。

 戻ると侍女がお風呂の支度をして待っていてくれた。
 馴染みの文官の方から差し入れがあったので、今日のお風呂に入れたと言う。
 てっきり入浴剤かと思いきやバスタブにグレープフルーツのようなものが幾つも浮かんでいた。
 香りは良いものの心臓が止まりそうなほど強烈な酸味を持つ品種らしく、お風呂に浮かべて使うことが多いそうだ。
 柑橘の香りが一日の疲れをじわっと癒してくれる。
 ゆっくり浸かった後はリビングで腰に手を当て、レモン水をぐびぐび飲む。これはお約束。

 あー、この一杯のために生きてるー。

 無事に終わった実感がようやく湧いてきた。
 ひとしきり侍女と労をねぎらい合う。
 「さあ、今日はもう終業時間にして、ゆっくりしましょう」と言って解散しようとした、まさにその瞬間だった。

 ノックの音が聞こえた。

「誰でしょうね?」
「リア様、いかがいたしますか?」
「急ぎでなければ、もう休むと言ってお断りしましょう」

 皆を自由にしてあげたい。
 わたしも足を伸ばして、ソファーでゴロンとしたかった。
 しかし、対応に出た侍女長がなにやら興奮気味な顔で戻ってくる。

「ランドルフ団長がいらしていて、リア様に重要なお話があるそうですわ!」

 あ、やっぱりランドリーじゃなかった。
 ランドルフさんでした(※イマサラどうでもいい)
 どうしましょう、もうお化粧も全部落としてしまったし、寝巻きナイトドレスにちょっと羽織り物をかけているだけなのに……。

 侍女長のフリガが鼻息を荒くして、「急いで簡単なお化粧をしましょう!」と言い出した。

「え、ええぇ……今日はもう良いのでは? ずっと緊張していて疲れましたし」

 お風呂に入ってしまうとグダグダのダメ人間になる残念仕様に加えて、相手がナイヤガラ大瀑布の如く雄大にフェロモンを落とすヴィルさんなので、わたしは逃げ腰だ。
 夜のヴィルさんは少々刺激が強すぎるのではないでしょうか。昼ヴィルも相当でしたし。

 しかし、侍女長は引かない。他の侍女二人も侍女長の援護射撃に回った。

「リア様! ここは頑張るところですわ!」
「そうですわ!」
「重要なお話なのですから!」
「あうぅぅ……」

 相変わらず多勢に無勢だ。
 侍女三人に囲まれ、わちゃわちゃしている間にメイクが終わってしまった。

「お着替えをっ!」
「えええ……も、もう、ゆっくりしたいですぅ……」
「リア様っ! しっかりなさって!」
「は、はいぃぃ」

 叱られながらまんまと仕上げられてしまった。
 自分ひとりだったら、絶対に「明日にしましょう」と言ってお布団に潜り込み、秒でスヨスヨ寝ているところだ。
 しっかり派の侍女長が、「昼間用のドレスを今から着る必要はない」と言ってくれたのが不幸中の幸いで、ナイトドレスの上にいつもよりも少し豪華なガウンをキチンと着せてくれた。

 寝室を兼ねた支度部屋からリビングへ出ていくと、既に通されていたヴィルさんが待っていた。
 終業時間を迎えた侍女三人は、拳をきゅっと握って「がんばれ」の可愛いジェスチャーをしながら去ってゆく。
 こんな王子様みたいな人を相手に、わたしが何を頑張ったって無駄だと気づいて欲しい……。


 ヴィルさんも着替えてから来たようだ。
 先程まで白と金で光り輝いていた彼は、一転して落ち着いた紺色の服を着ていたけれど、それでもまだピカピカしていた。どうやら彼は外装ではなく本体のほうが光る仕様になっているようだ。

「あ……」

 挨拶もそこそこに、彼の襟元に気を取られた。
 十日ほど前、わたしが選んだシルバーのアスコットタイをしていた。そして、それを留めているのは一緒に選んだリングだった。

 座って待っていた彼は立ち上がり、わたしのそばに歩み寄った。
 手を取り、その甲にキスをする。

「リア、色々と説明が足りなくて、すまなかった」
「ヴィルさんが仕事で謝らないといけない相手って……」
「本当にごめん」
「わたしだったのですか?」

 思わず吹き出した。
 てっきり騎士にもクレーム対応の仕事があるのかと思っていたけれど、謝罪先はまさかの自分だ。
 わたしは自分のためにウンウン唸りながら彼のタイを選んでいたことになる。

「ふふふ……やっぱり良くお似合いですね」
「怒っていないのか?」
「え? 何に怒るのですか?」
「いや、色々とあっただろう。俺のせいで」

 んん?
 確かに色々あったような気はするけれど、夜まで引きずるほどのことはなかった気がする。

「詳しく聞きたいことは幾つかありますけど、特に怒るようなことはなかったです」
「本当か?」
「わたしが怒ると雨や雷になると副団長さまが仰っていました」
「……そうだった」
「昼間少し曇っただけで、今はお星さまが出ていますからね」

 彼は再びわたしの手にキスをした。

「とりあえず、お茶でも淹れましょう」
「いや、そんな事はリアがしなくても」
「ん? いつもお茶は自分で淹れていますけれども……」
「メイドは?」
「頼んで持ってきてもらうより、自分で淹れたほうが早いですしねぇ」
「しかし、火傷をすると……」
「ここの皆さんは心配性ですよね。うふふ」

 水差しから湯沸かしポットに水を注いだ。
 この国には電気がない。だから、このポットがどうやってお湯を沸かしているのかは正直言って良く分からないのだけれども、水を入れてスイッチのようなものをクルリと回せば、すぐにボコボコとお湯の沸く音が聞こえてくる。その手順は日本で売られている電気ケトルと概ね同じだった。

「いつからわたしが神薙だと知っていたのですか?」
「う……」
「う?」

 キャビネットからカップを取り出しながら尋ねると、歯切れの悪いヴィルさんが、すぐ後ろで小さなため息をついた。

「実は、最初にリアと話したときから」
「え……、うそ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。 世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。 意味がわからなかったが悲観はしなかった。 花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。 そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。 奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。 麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。 周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。 それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。 お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。 全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...