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第二章 出会い

第42話:調子が狂う

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 だっ! だっ! どぉっ! ちょおっ!

 おピンクの神経毒を食らってしまった。
 ヴィルさんが艶っぽい表情で囁いたせいで、わたしの顔で大噴火が起こり、半径二キロ圏内の語彙力を消滅させた。
 この方はフェロモンが出過ぎてしまう危ない薬やドーピングの類でもやっていらっしゃるのだろうか。
 わたしも一応オトナなので、何となくそういう雰囲気の中で言われるならばギリギリ踏ん張れると思うのだけれども、誰も予測できない状況で突如始まるキラキラハンサム劇場には免疫がなく、ぷるぷる震える以外に為す術がない。

 「すまない。久しぶりに再会して密室で言うことではなかった」と、彼が言った。
 分かって頂けたなら幸いです……(泣)

「まいった。どうも調子が狂うな」

 たった今わたしの調子をひどく狂わせたばかりの人が、まるでわたしのせいだとでも言うように呟いた。
 そして彼もまた、太陽フレアに焼かれたのかと思うほど、顔を真っ赤にしていた。この世界にスマホがあったら、王都全域で通信障害が起きていることだろう。

「しかし、抱きしめたいのも美しいのも本当だ」

 あっ、顔からマグマが噴き出しそうです。皆さま、わたしからお逃げください。

 ……これは、どう受け止めれば良いのだろう。
 こうして「ただの莉愛」としてヴィルさんとお出かけできるのは今回の一度きり。次に会うときは、もう「神薙のリア様」として彼の前にいる。
 わたしの中では、失恋物語が最終回まで完成していた。
 平凡なリアが素敵な騎士様に片思いをし、人知れずひとりで盛り上がって勝手に散る、超独りよがりストーリーだ。
 しかし、今のやり取りはまるで、お互いに好き合っているみたいでは……?
 一瞬、甘い希望を抱いたけれども、慌てて首を振って追い払った。

 もしそうだったなら、楽しいところへ一緒に行こうと言うはずだ。
 テレビもラジオも映画もない国だけれど、娯楽がないわけではない。デートのお誘いの定番は観劇だと聞いたし、王立音楽堂で開かれている音楽会もある。人気の歌手がコンサートもやっている。美術館、博物館、植物園、動物園、王宮広場……、日帰りで遊びに行ける湖もある。
 デートのお誘いならば「お願いがある」とは言わない気がした。

 やはり、これはお手伝いですね。
 デートではないです。
 なんでも都合よく考えてはいけませんよね。

「実は先日、一人でタイを買いにいったのだが……」

 彼は咳払いを一つして、照れくさそうに話し始めた。

「少々考えすぎているせいもあるのだが、決められなくなってしまった。それで、いっそリア殿に選んでもらえたら、と」
「なにか大切なお仕事なのですか?」
「実は……ちょっと恥ずかしい話なのだが、お詫びに行かなければならない」
「お仕事で謝るのって大変ですし、疲れますよねぇ」
「分かってくれて嬉しい。なんと言って詫びようかと毎日頭を悩ませているところだ」

 どうやら騎士様にもクレーム対応(?)の仕事があるようだ。
 仕事で謝るのは結構パワーを消費するものだけれど、相手も人間なので見た目の印象が良い人のほうがスムーズに進む。
 本日のわたしのミッションは、このイケメン様が最高に素敵になるようなタイを選ぶことだ。
 この日のために男性向けファッション情報誌をチェックしてきた。責任重大。頑張らなくては。

 彼のエスコートで馬車を降り、少し歩くと「アテリエ・モーダス」と書かれた看板が目に入った。
 お店の前にはドアマンがいて、笑顔で中に入れてくれる。
 最初は海と間違えて砂漠に来てしまったペンギンの気分で中に入ったけれども、思っていたより居心地の良いお店だった。
 お値段のせいで敷居が高くなっているだけで、物理的にはとても入りやすい。店員さんも感じが良くて素敵だ。

 中は緩やかに区分けがされていて、左がメンズ。右へ行くにつれレディースのアイテムが増えていく。広い通路はドレスを着ていても歩きやすい。
 店内にはチラホラとお客さんがいたけれども、グイグイ声をかけるタイプの販売員はいない。ちょうど良く放っておいてくれる感じが良い。

「なかなかに良いだろう?」
「はい。外から見るよりもずっと広いですね」
「こうして並んでいるのは既製品だが、頼めば自分の好きなよう仕立ててもらえる」
「お飾りや靴もあるのですねぇー」
「ここに来れば一通りは揃うから便利だ」

 売り場は二階まであるらしく、「生地の見本はお二階です」と書いてある。きっとフルオーダーのときは二階で相談するのだろう。

 長身の男性店員がヴィルさんを見つけ、歓迎の笑顔を浮かべながら近づいてきた。

「いらっしゃいませ」
「やあ、今日は助っ人を連れてきた」
「心強いですね。ようこそいらっしゃいませご令嬢」
「ごきげんよう」

 馴染みの店員さんらしく、二人の間にはリラックスした空気が流れていた。なんだかファッション雑誌の表紙のように絵になる二人だ。
 眼福、眼福。わたしは心の中でそっと合掌をした。
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