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第一章 神薙降臨

第24話:神薙の真実

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「てっきり先代と旦那さん達は、愛情があって一緒にいたのかと思っていましたが、少し違うみたいですね」

 苦笑しながら言うと、彼は少し沈黙した後で重い口を開いた。

「先代の神薙にとって、夫は搾取の対象でしかありませんでした」
「財産目当てですか?」
「そうですね……」

 以前、見せてもらった先代の財産リストには、ワイナリーに牧場、そして鉱山など、思いつくかぎりの資産がずらりと書かれていた。ただ、そのリストは国から先代に提供されたものの一覧だったので、百人の夫から搾取していたものは別にあるということだ。
 わたしは眉をひそめた。

「国からあんなにたくさんもらっていたのに足りなかったのでしょうか」
「夫たちも跡継ぎを得ることや、神薙が持つ権力が目当てです。財産を差し出してでも欲しいものがあったわけですから、どちらも打算的です」
「ある意味、似た者夫婦なのですねぇ」
「この著者は先代の在位中から出版準備をしていました」
「これは罪にならないのですか?」
「神薙が自ら親告して適切な手順を踏めれば、この夫は裁きを受けることになります」
「でも裁かれてはいない……と」
「はい。先代は文化的な活動をするような人物ではありませんでした。おそらく本の存在すら知らなかったでしょう」

 彼は本の内容をざっくり説明してくれた。
 オジサンが暴露している内容はそう多くない。先代が『生命の宝珠』と権力をエサに、天人族をゆすっていたこと、それから彼らの住まいの中で起きた出来事(主に寝室が舞台)がメインらしい。
 先代は悪女なので、弱みを握るなどして対等な関係に持ち込むべきだとオジサンは主張している。では、その弱みとは何なのか。そう語りかけて風呂敷を広げておきながら、結論については何も触れていないそうだ。

「この手の本は、価値があるように見せかけて、買ってもらうことだけが目的です。事実と虚偽を織り交ぜ、人の好奇心を煽る内容に仕立ててあります。しかし、中身は希薄極まりない。あなたが読む価値はありません」

 彼は感情のない顔で言った。
 本が売れれば、神薙に搾取された財産をわずかでも取り戻せる。著者は生活のために書いていた。
 そして『神薙論』は天人族向けの本の中で昨年のベストセラーになったそうだ。それだけ関心が高いということなのだろう。

「お披露目会に来る人たちは、わたしもこういう人だと先入観を持っているわけですねぇ……」と、思わず俯いた。先代がこれでは、どう思われているか分かったものではない。

「それは否定しませんが、一目見れば過去の神薙とは違うことは分かります」
「先代さんはマダムがデザインしたドレスを着ていたのでしたね」
「あなたと先代は何もかもが違います」
 彼は「ドレスに限った話ではありません」と付け加えた。

「リア様は愛する男と一緒になり、民のために微笑んでいることだけをお考えください。私がそれを全力でお守りします」

「ありがとうございます」と、口角を上げてみたけれど、上手く笑えたかは自信がなかった。
 その晩、この世界に来てから初めて寝付けず、夜中までジタバタした。



 『神薙論』は一応最後まで読んだ。
 しかし、拾い読みで見つけた部分とオーディンス副団長が教えてくれた概要以上の収穫はなかった。
 二代以上前の神薙の夫が書いた本も数冊読んでみたけれど状況は同じ。どの神薙も天人族を弄んで搾取をしていた。

 先代のドレスと、今わたしが作ろうとしているドレスを比べたら、違うのは一目瞭然だ。ただ、格好なんてどうとでもできる。ドレスが違うくらいで全員の先入観を払拭するのは難しい。
 「絶対にビッチだ」と思っている人達に向かって「違います」と言っても、まず信じてもらえない。不思議なことに、証拠や根拠のある事実や真実よりも、悪い印象を伝える話のほうが人を信じさせる強い力を持っている。一度、文字で広がって浸透すると、その悪い印象を払拭するには気の遠くなるような時間と飽き飽きするほどの繰り返しが必要になる。
 一番恐れているのは、わたしをビッチだと思い込んでいる人が、王宮でのチェックを通過してお見合いまで進んでくることだった。

 神薙って何なのだろう……。

 生きていくために引き受けざるを得ない役目だった。願わくは褒めてもらえるような人でありたい。ただ、良い神薙が必ずしも良い自分だとは限らない。

 良い神薙とは、男性なら誰でもウェルカムで、途方もなくセクシーで、朝から晩までイチャイチャできる体力があり、そして性欲以外は無欲な人を指すのではないかしら。そういう意味では、マダム赤たまねぎが言っていた「神薙のドレスとはセクシーであるべき」という意見も一理ある。

 歴代の神薙に比べたら、わたしは無欲に近いかも知れない。なにせ生きるのに牧場や鉱山を必要としないし、夫から財産を巻き上げることにも興味がない。
 しかし、ことセクシー系の話になると……大変申し訳ないけれど人選ミスだと言っても過言ではない気がする。性に対する積極性は低いし、自分でも保守的なほうだと思っている。
 頑張っても褒めて貰えないかも知れない。頑張ることすらできないかも知れない。

 それでも上手く立ち回らないと「役立たず」経由の「殺される」ルートだ。
 勝手に連れてこられて、勝手にダメ出しされて殺されるなんて冗談じゃない。死亡ルートだけは絶対に回避しなくては──
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