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第十六章 騙し騙され
第363話:いつも助けてくれる人
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「この国では、テオのような子どもを『大地の愛し子』とか『聖獣の愛し子』と呼ぶことがあります」
アレンさんが話題を変えた。
「愛し子、ですか」
「可愛い子どもや小さな動物に対してよく使われる言葉です。特に高齢者が『お前は愛し子だねぇ』なんて言い方をします」
「確かに、陛下や宰相にまで興味を持たれるなんて、彼は強運ですよね」
「あなたほどではありませんが、庇護欲をくすぐられます」
その言葉にハッとした。
テオに対する説明のつかない感情に、彼が名前を付けてくれた。
庇護欲。まさにそれだった。
「ああ、それですね……。欲求だったのですね、この気持ち」
やっぱり、これはわたしのわがままで、わたしのエゴだった。恥ずかしさを感じて目を伏せた。
「何の力もないのに……彼を守りたくて仕方がないのです」
「力がない?」
アレンさんはクッキーを取ろうとしていた手を止めた。
「彼の人生を百八十度変えたのにですか?」
彼がわたしを覗き込むように言った。
顔を上げると、彼は微かな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「まさか気づいていないのですか?」
「何をですか?」
「彼はあなたと出会って人生を手に入れたのですよ?」
「そんな、大袈裟な……」
薄く笑うと、彼も首を振って笑った。
「彼があのままだったら、どうなっていたか分かりますか?」
「あのまま?」
「あのパン屋に殴られて死んでいたか、生きていたとしても警ら隊に捕まって冤罪で殺されたかも知れません」
「あ……」
「運良く逃れたとしても、お金が尽きて餓死したか、盗人に成り下がったでしょう」
「餓死? 盗人って……そんな」
「彼の未来には濃厚な絶望しかなかったのですよ? 希望なんて一つもない。彼が人間らしく生きられる道なんて用意されていませんでした」
喉の下のほうで息が詰まった……。そんなテオの姿を想像するだけでゾッとする。
「リア様、教会の孤児院というのは、身寄りのない子らの最後の砦だと思いませんか?」
「そう、ですね……ほかにはそういう施設はないと」
「ですから、そこを放棄して出てしまった彼らに待っているのは死。もしくは死んだも同然の生活なのですよ?」
「そ、そこまで深刻には考えたことはなかったです」と、わたしは息を絞り出した。
「あなたが居ない日、テオは周りの者に必ず聞くそうです。あなたがどこで何をしているかを。彼らのために奔走していることを知っているからです。テオとサナはあなたの背中を見ていますよ。あなたから希望と人生の選択肢を与えられたことが分かっています」
「アレンさん……」
「リア様、人を守るということは、そう簡単なことではありません」
「は、はい……」
「武力、知力、魅力、そんなものはただの道具でしかありません。適切な場面で、適切に使ってこそ人のためになります。人間という生き物は、時に予測もつかない行動をするので、守るのは難しいのです」
「ううっ、いつもすみません」
頭を下げると、彼は小さな笑みをこぼした。
「契約や命令に強制力があっても、守る相手に関心がなければ判断を誤ります。日頃から相手をよく観察し、必要なときに正しく力を使うことこそが『守る』ということです」
「はい……」
「あなたは自ら王宮へ通い、彼らのために力を尽くしていますよね? それに、彼らは暴れ回って派手に転んでもケガひとつしません。あなたが渡した御守り袋を常に身に着けているからではありませんか?」
「あ、そういえば、あの袋には護符を……」
「彼らは間違いなくあなたに守られています」
「アレンさん……」
「人に人生を与え、その成長を見守る存在を何と呼ぶか、ご存知ですか?」
「いいえ?」
「親です。今、彼らにとっての親はあなたです。たとえ生物学上の親でなかったとしても、たとえこれから育ての親が別に現れるとしても、今の彼らに人生を与えた親はあなたです。この事実は決して変わりません」
は、はわぁー、やばい。泣いちゃいそう。
「アレンさん、ありがとうございます……」
「テオの夢もあなたが与えたものです。かつての漠然とした空想から、実現の可能性を秘めた未来への希望に変わったのです。だからこそ、あなたにはそれを応援して欲しいと思います」
わたしが頷くと、彼は柔らかな笑みを浮かべた。
彼は、いつもこうしてサラッとわたしを助けてくれる。
☟
宰相が新聞ソードを手にして、テオとショーンに何かを教えていた。
それを見ながらアレンさんが思い出したように「そういえば」と言った。
「先程の『誓いの魔法』ですが、あれは天人族の子ならば誰でも経験するものです。教育の一環ですので、心配は要りません」
「あ……」
わたしは途端にモヤモヤとした気持ちを思い出した。
大人が悪いのに『誓いの魔法』などというものを持ち出し、テオにそれをすべて背負わせてしまったからだ。いくらアレンさんとは言え、これには苦言を呈しておかなければ気が済まない。
ところが、文句を言おうと息を吸った瞬間、彼がクイズを出してきた。
「リア様、誓いの魔法が最も多く使われている場所をご存知ですか?」
「ええ? い、いいえ?」
「正解をお教えしましょう。それは、ヒト族が書いた異世界小説の中です」
「……はいぃ?」
わたしは、ぐいーんと大きく首を傾げた。
どういう意味??
「少し脱線しますが、最近その手の本が流行っているでしょう? リア様は読んだことありますか?」と、彼は言った。
「んー、前の世界で少し読んだ程度ですね……」
アレンさんが話題を変えた。
「愛し子、ですか」
「可愛い子どもや小さな動物に対してよく使われる言葉です。特に高齢者が『お前は愛し子だねぇ』なんて言い方をします」
「確かに、陛下や宰相にまで興味を持たれるなんて、彼は強運ですよね」
「あなたほどではありませんが、庇護欲をくすぐられます」
その言葉にハッとした。
テオに対する説明のつかない感情に、彼が名前を付けてくれた。
庇護欲。まさにそれだった。
「ああ、それですね……。欲求だったのですね、この気持ち」
やっぱり、これはわたしのわがままで、わたしのエゴだった。恥ずかしさを感じて目を伏せた。
「何の力もないのに……彼を守りたくて仕方がないのです」
「力がない?」
アレンさんはクッキーを取ろうとしていた手を止めた。
「彼の人生を百八十度変えたのにですか?」
彼がわたしを覗き込むように言った。
顔を上げると、彼は微かな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「まさか気づいていないのですか?」
「何をですか?」
「彼はあなたと出会って人生を手に入れたのですよ?」
「そんな、大袈裟な……」
薄く笑うと、彼も首を振って笑った。
「彼があのままだったら、どうなっていたか分かりますか?」
「あのまま?」
「あのパン屋に殴られて死んでいたか、生きていたとしても警ら隊に捕まって冤罪で殺されたかも知れません」
「あ……」
「運良く逃れたとしても、お金が尽きて餓死したか、盗人に成り下がったでしょう」
「餓死? 盗人って……そんな」
「彼の未来には濃厚な絶望しかなかったのですよ? 希望なんて一つもない。彼が人間らしく生きられる道なんて用意されていませんでした」
喉の下のほうで息が詰まった……。そんなテオの姿を想像するだけでゾッとする。
「リア様、教会の孤児院というのは、身寄りのない子らの最後の砦だと思いませんか?」
「そう、ですね……ほかにはそういう施設はないと」
「ですから、そこを放棄して出てしまった彼らに待っているのは死。もしくは死んだも同然の生活なのですよ?」
「そ、そこまで深刻には考えたことはなかったです」と、わたしは息を絞り出した。
「あなたが居ない日、テオは周りの者に必ず聞くそうです。あなたがどこで何をしているかを。彼らのために奔走していることを知っているからです。テオとサナはあなたの背中を見ていますよ。あなたから希望と人生の選択肢を与えられたことが分かっています」
「アレンさん……」
「リア様、人を守るということは、そう簡単なことではありません」
「は、はい……」
「武力、知力、魅力、そんなものはただの道具でしかありません。適切な場面で、適切に使ってこそ人のためになります。人間という生き物は、時に予測もつかない行動をするので、守るのは難しいのです」
「ううっ、いつもすみません」
頭を下げると、彼は小さな笑みをこぼした。
「契約や命令に強制力があっても、守る相手に関心がなければ判断を誤ります。日頃から相手をよく観察し、必要なときに正しく力を使うことこそが『守る』ということです」
「はい……」
「あなたは自ら王宮へ通い、彼らのために力を尽くしていますよね? それに、彼らは暴れ回って派手に転んでもケガひとつしません。あなたが渡した御守り袋を常に身に着けているからではありませんか?」
「あ、そういえば、あの袋には護符を……」
「彼らは間違いなくあなたに守られています」
「アレンさん……」
「人に人生を与え、その成長を見守る存在を何と呼ぶか、ご存知ですか?」
「いいえ?」
「親です。今、彼らにとっての親はあなたです。たとえ生物学上の親でなかったとしても、たとえこれから育ての親が別に現れるとしても、今の彼らに人生を与えた親はあなたです。この事実は決して変わりません」
は、はわぁー、やばい。泣いちゃいそう。
「アレンさん、ありがとうございます……」
「テオの夢もあなたが与えたものです。かつての漠然とした空想から、実現の可能性を秘めた未来への希望に変わったのです。だからこそ、あなたにはそれを応援して欲しいと思います」
わたしが頷くと、彼は柔らかな笑みを浮かべた。
彼は、いつもこうしてサラッとわたしを助けてくれる。
☟
宰相が新聞ソードを手にして、テオとショーンに何かを教えていた。
それを見ながらアレンさんが思い出したように「そういえば」と言った。
「先程の『誓いの魔法』ですが、あれは天人族の子ならば誰でも経験するものです。教育の一環ですので、心配は要りません」
「あ……」
わたしは途端にモヤモヤとした気持ちを思い出した。
大人が悪いのに『誓いの魔法』などというものを持ち出し、テオにそれをすべて背負わせてしまったからだ。いくらアレンさんとは言え、これには苦言を呈しておかなければ気が済まない。
ところが、文句を言おうと息を吸った瞬間、彼がクイズを出してきた。
「リア様、誓いの魔法が最も多く使われている場所をご存知ですか?」
「ええ? い、いいえ?」
「正解をお教えしましょう。それは、ヒト族が書いた異世界小説の中です」
「……はいぃ?」
わたしは、ぐいーんと大きく首を傾げた。
どういう意味??
「少し脱線しますが、最近その手の本が流行っているでしょう? リア様は読んだことありますか?」と、彼は言った。
「んー、前の世界で少し読んだ程度ですね……」
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