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第十五章 新人類

第342話:首絞めすぎ

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 台本に沿わない話になると、途端にオポンチンさんは声が小さくなり、しどろもどろで喋れていなかった(まあ、セリフも噛み噛みなのだけれども)
 多分、もともとアドリブが効かないから、台本を作って丸暗記してきたのだろう。

「あなたの叔父であるヴァーゲンザイル侯は、わたくしの婚約者の恩師です。今日は御嫡男のための大切な舞踏会ですが、それはご存知でしたの? あなたの従兄弟ですわよね?」
「は、はい……それは、はい」
「それを台無しにされて、わたくしが喜ぶとお考えでしたのね?」
「しかし、あの女は神薙様に不敬を働きましたのでッ!」

 堂々巡りである……。
 またアレンさんが彼の首根っこを掴んだ。先程より強い力で引っ張っているせいで襟が喉に食い込み、悲鳴を上げている。

「貴様……このまま絞め殺してやろうか」
「おぼぼぼぼーしわげござぃばせんっッ!!」

 嗚呼、なんて命知らずなオポンチン……まるで分かっていないわ。
 彼をフィデルさんと同時に怒らせると吹雪で王都が凍結するし、ヴィルさんと同時に怒らせれば火災旋風で王都が消滅するって言われているのよ? それに、彼単体で怒らせるとバラバラにされるのですって(怖)
 冷凍オポンチンに丸焼きオポンチン、バラバラおぽんちん、どれも嫌でしょうに。

「繰り返しになりますが、エルデン伯令嬢は不敬罪には問われておりません。彼女は罪人ではありませんのよ? わたくしは気にも留めていないと先程申し上げました。もうお忘れになられましたの?」
「しかし……ぐォえっ!」

 口ごたえをすると締め上げる『アレン社製 首絞めシステム』が怖すぎる。

「あなたが次期侯爵とは、にわかに信じがたいものがございますわね」
「え……?」
「辞書をお持ちでないあなたには少々言葉が難し過ぎましたでしょうか?」
「いえ、あの……」
「場をわきまえず、周りに迷惑をかけ、人の話をまともに聞かず、自分勝手に言いたいことを言い、数分前に聞いたことも忘れておられるのですよ? あなたに侯爵の重責が果たせるのでしょうか。意味、お分かりになりますかしら?」

 オポンチンさんはポケッとこちらを見ていた。

「エルデン伯令嬢は大変お気の毒でしたわね……」

 彼女には同情を禁じ得ない。
 ヴィルさんと結婚したがっていた彼女がこの人と婚約するには、それなりに葛藤があったはずだ。
 領地の六割以上を失うかも知れない窮地に追い込まれた家のために、政略結婚の運命を受け入れた。そうでなければ彼に「自分という婚約者がありながらなぜ?」と抗議なんてしなかったはず。彼女は色々なものを諦めて、彼の妻になる覚悟をしていたのだろう。

 わたしが吐息をつくと、彼は目に光を取り戻して「いいえ! あの者は自業自得でしょう!」と鼻息を荒げた。
 なんか、この方と話していると吐いちゃいそうですわ……(涙)

 彼は思い込みが激しく、自分が大好きで、ニワトリと同程度もしくはそれ以下の容量のメモリしかなく、そして懲りるということを知らない人だ。
 ちらりと隣を見ると、さすがのヴィルさんも呆れていた。
 これは陛下にも報告が行く案件だし、もう少し情報を引き出したほうが良いのかも知れない。

「オポンチンさん、自業自得と仰いますが、あなたは彼女に何かされたのですか?」と、わたしは訊ねた。
 彼は「へ?」と言って、口を開けている。

「何かされたのですか? と聞いていますの」
「いや、それは……」
「はっきりと返事をなさい」
「はっ! と、特に何もされておりません」
「では、彼女が『自業自得』と言われるようなことを、いつ、誰に対して行ったのですか?」
「それは、舞踏会で、神薙様に、でございます!」

 はぁぁぁぁぁ……
 うちの宮殿で暮らしているニワトリさん達のほうが賢いですわ。みんな仲良しだし、顔を見ると寄ってくるし、毎日卵を産んでくれるのだもの。
 広場で捕まったパン屋さんもそうだったけれど、思い込みと偏見の激しい人って、どうしてこう脳ミソに柔軟性がないのかしら。

「また数分前、いいえ、数秒前の話を忘れてしまわれたようですわね」
「え……」
「あの令嬢は十分に反省されてから婚約したのではありませんか?」
「そ、それは、分かりません!」
「そんな重要なことも分からずに婚約したのですか?」
「それは、父が婚約と……」
「お父様の言うとおりになさったのですね? 特に何の疑問も持たずに」
「はい、さようにございます」
「あなたは少しでも彼女に歩み寄ろうとしましたか?」
「そういう、のは……」
「はっきりとお返事をして頂けますかしら。あなたにお聞きしているのですよ?」
「と、特に今日まで話をしたことはございませんでした」
「周りの評判だけを聞いて彼女を咎め、そのうえ婚約破棄をしたのですか? 評判が良くないことなど初めから分かっていたことでしょう?」
「そ、れは……あの……」

 話をしたこともない相手から一方的に罵られて婚約破棄を告げられても、両家が結んだ契約に反することでなければ誰も罰を受けない。
 単に「契約外の部分で折り合いがつかなかった」ということにされ、傷つくのは女性の名誉だけだった。
 
「お父上から、今日、婚約破棄をしてくるように言われたのですか?」
「はい…… あ! いえ、あの……それは違います」
「嘘偽りなくお答え頂いたほうがよろしいわ。わたくしの婚約者が、今日は偶然『真実の宝珠』を所持しておりますの。嘘は通用いたしませんのよ?」

 ヴィルさんがポケットから宝珠を取り出して見せた。嘘をつくと赤く色が変わる不思議な石だ。

「う……」
「婚約を結んだ時点で、いずれ婚約破棄するつもりでいましたか?」
「あ、あの、それは、はい……」
「今日の騒ぎは、あなたのお父上であるオポンチン侯の指示による婚約破棄でしたの?」
「は、はい。今宵が好機だと父から言われて」

 チラっとヴィルさんを見ると、こちらを見てわずかに頷いた。
 当主の企みだという証言は取れた。これで陛下が利用されたことも確定なので、話は謀反を追及する方向になるだろう。
 ただ、それだけではエルデン伯令嬢の名誉は回復しない。
 彼女のことは何とも思っていないけれども、だからと言ってこんなニワトリ以下にやられっ放しなんて有り得ない。

「お家のためとは言え、あなたのような方と婚約せざるを得なかったエルデン伯令嬢は本当にお気の毒でした。しかも、このような騒ぎまで起こして計画的に婚約破棄されるとは言語道断ですわ。次こそ良縁に恵まれることを祈ります」

 大事なことなのでもう一度言った。
 彼女への素直な同情を言葉にしておくことで、噂がお好きなお貴族様が広めてくれるかも知れない。
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