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第十四章 少年

第325話:ムツゴロウさん

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 孤児の救済に向け、王宮では『神薙の家』なるプロジェクトが立ち上がっていた。
 紆余曲折あったものの、養護施設の建設計画や運営に関するあらゆることを決めつつ、先行して寄付を集めている。

 一方、エムブラ宮殿では六人の子どもを一時的に保護するため、急ピッチで受け入れ準備を進めていた。
 当初は「合間を見て子ども達に会いに行こう」などと考えていたけれども、想定を上回る忙しさが続き、教会に顔を出せたのは一度きり。それも短い時間だけだった。
 しかし、子ども達のそばにはニッコリさん達がいてくれる。こちらの都合で急にお願いしたにも関わらず、さすが民に人気の第三騎士団だ。金庫のお金を取りに戻ってきた「自称管理人」まで捕らえてくれるオマケ付き。心強い存在だった。



 満を持して訪れた引越しの日。
 わたしは朝からずっとソワソワして落ち着かず、今か今かと彼らの到着を待っていた。
「休日の渋滞に巻き込まれて王宮広場前通りの通過に時間がかかっています。予定よりも到着が遅れます」と連絡が来ているにも関わらず、玄関の外をウロウロしてアレンさんに笑われた。

 この日のためにレンタルした大型馬車が、ゆっくりとカーブを曲がってこちらへ向かってくるのが見える。それは王都内で循環バスの役割をしている乗り合い馬車と色違いの車で、敷地内を走るとなかなかの迫力だ。

「来たぁッ」
「リア様、はしゃいで前に出ると轢かれます」
「早くっ早くっ」
「こら。ぴょんぴょんしないの」
「あっ、誰か手を振っていますよ? ほらほらっ」
「危ないから下がってください。おとなしくしないと拘束しますよ?」

 例によってバックハグで拘束されてしまったものの、わたしは気にせず馬車に向かってブンブンと手を振った。


「ううぅ、アレンさん」
「どうしたのですか?」
「王宮での苦労が報われた気がします」
「リア様……」

 彼は腕に少しだけ力を込めると「やはり辛かったのですね?」と言った。

「最初だけ。今はもう辛くないですよ?」
「本当ですか?」
「わたしが辛かった原因は、わたしの中にありましたから」
「またそうやって俺の庇護欲を煽る……」と、彼はまた腕の力を強めた。



 陛下が「国を挙げて孤児の支援をする」と宣言したまでは良かった。覚悟はできていたけれども、作業レベルまで話を落とし込んでいくと、徐々に王宮らしい・・・・・ボロが出始めた。
 原因はプロジェクトに携わっている文官だった。
 その二人はポーっとしていて、干潟の上で無邪気にチャポチャポしているムツゴロウに雰囲気が似ていた。二人とも三十代半ばの既婚者。小さなお子さんがいるパパだ。

 彼らが「このような作業内容でよろしいですか?」と確認すれば、大抵わたしが「いいえ、それではいけません」と答えたし、彼らが「計算結果はこちらです」と資料を提示すれば、数秒後に暗算を終えたアレンさんとミストさんが「計算が違う」「貴様の脳は初等部以下か」と怒り出した。
 彼らは作業を嫌がり、息を吸うように手抜きをしようとする。計算をさせれば桁の間違いは日常茶飯事。足し算と掛け算の順番を間違えるという小学生レベルのミスをするので、大事な仕事が任せられない。

 孤児救済プロジェクトは、ムツゴロウ調教プロジェクトになりかけていた。
 二人に対する不満が鬱積していく中、わたしは「彼らの良いところを探しましょう」とアレンさんに提案した。
 宰相いわく二人は縁故採用で文官になった人たちで、身元はきちんとしているし、民の支援に適した人材だという話だった。あの宰相がそこまで言うのだから、必ず何か良いところがあるはずだ。

 アレンさんは「陛下が出した案に反対意見を述べたことは評価できます」と言った。
 言われるまま言うことを聞けば矛盾ができる案に対し、ムツゴロウが反対してくれたことがあったのだ。陛下に限らず、彼らが他者の意見に反対するときは必ず理路整然とした理由を述べていた。そして、いくつもの代替案を出してくれた。そのほとんどが採用されている気がする。

「子育ての経験と実感がこもった意見が多い。臆することなく王の前で述べるだけの確信と自信もあるわけです。聞いてみると『ナルホドな』と思う内容でもありました」

 彼は会議の席での二人を高く評価していた。
 言われてみれば、資料を丁寧に読み上げて発表をするのも上手だった。聞きやすい声、聞きやすい喋り方。キツめの質問やツッコミが飛んできても、事前準備が万端の状態で会議に臨んでいるので、彼らは堂々と受け答えができた。人前に出てもポワーっとした雰囲気をまとったままなので、とても余裕があるように見えた。
 作業の処理能力がちょっとアレなだけで、ムツゴロウは有能だった。


 つまり、彼らは子どもの面倒を見るのが好きなイクメンなのだ。そこを宰相に買われてこのプロジェクトの担当になった。しかし、プロジェクトのせいで自分の子どもの面倒が見られなくなるのは困るのだろう。要は、ムツゴロウは残業なしで家に帰りたい。
 よし。分かりました。

「細かい作業は別の人に頼んで、彼らには企画と発表の役割に集中してもらいましょう」


 これを言った瞬間、わたしの心は急激に軽くなり、ムツゴロウ調教プロジェクトは終焉を迎えた。




 陛下のお許しを頂いて一般から事務員を採用することを決め、新聞社に頼んで求人広告を出した。
 採用条件はムツゴロウと一緒に考えたのだけれども、彼らは貴族でありながら意外にも「性別・身分不問」を条件に挙げてきた。アレンさんが「社会人経験三年以上」という採用条件を加え、さらに「事務職を経験者や算術に優れた人は優先的に採用する」と付け加えた。
 履歴書を持参してもらい、筆記試験に合格したら面接という流れだ。
 一次面接はムツゴロウの二人が担当し、二次面接はアレンさんだ。わたしはお隣でアレンさんから借りたメガネをかけ、書記役を装ってやり取りを聞いていた。

 女性の応募者は、残念ながら筆記試験で一人を除き全員が不合格となった。数学の授業数が少ないせいで、こういう場面で不利に働いてしまうのだ。どうにか通過できた唯一の女性も、兵器モードのアレンさんが放つ「イケメンビーム」に撃たれてしまった。彼女は「独身ですか?」と逆質問をしてしまった結果、強酸モードのアレンさんから「出ていけ」の一言を食らい、失恋ついでに不採用となってしまった。
 最終的に、ムツゴロウが「イチ押しです」と推薦していた平民男性二人をアレンさんも気に入り、彼らが採用されることになった。

 貴族の上司にキツく当たられるのではないかと不安がっていた新人二人は、出てきたのが超歓迎ムードの優しい面接官の二人ムツゴロウだったので「働きやすい」と喜んでいる。
 ムツさんとゴロウさんは、苦手なことを全部やってくれる仲間が増えてとても幸せそうだった。

 ムツゴロウは優秀な常人で、アレンさんは優秀な超人だ。
 わたしが当初ムツゴロウに苦しんだのは「どうしてアレンさんのようにきちんとできないのかしら??」と思っていたことが原因だった。
 超人を基準にものを見ると途端に生きづらくなるので要注意だ。

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