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第十四章 少年
第300話:二~三人では足りない?
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わたしが密かに『くま担ちゃん』と呼んでいるそのメイドさんは、大のくまんつ様ファンだ。
さぞ喜ぶだろうと彼女にドリンクをお願いしてあったのだけれども、どうやら推しの『くまん気』は刺激が強すぎたらしい。
近くへ行ってみると、飲み物を作る手が震えてグラスや瓶がカタカタと音を立てていた。
「もし辛かったら下がっても大丈夫ですよ。わたしがやりますから」
コソッと声を掛けると、彼女は申し訳なさそうな反面、地獄でホトケを見たような安堵の表情を浮かべていた。
ファンの心理って難しい。
彼女には『明朝、くまんつ様のお部屋に目覚めのお茶をお持ちする』という重大な任務も残っている。
本人が頑張ると言っているので、明日に備えて今日は早めに上がってもらうことにした。
お酒や氷などが一式揃っているワゴンで、ヴィルさんとくまんつ様にウィスキーのソーダ割りを作っていると、ふわっとゼラニウムと柑橘が混ざった香りがした。アレンさんが手伝いに来てくれたのだ。
「アレンさんはリンゴの蒸留酒でしたよね」
「そう。これを炭酸で割って、ライムを少し絞るのが好きですね」
「飲み物までお洒落サンですねぇ」
「ダニエルが色々教えてくれるものですから」
「あ、わたし、ダニエルさんにお礼をしなくては……」
「ん? 何のお礼ですか?」
「業者を紹介してくださったおかげで我が家でも炭酸水が購入できるようになりましたから。何が良いでしょうねぇ?」
「ふふ、手紙だけでも彼は大喜びしますよ」
「甘いものがお好きならトリュフチョコでも良いのですけれども」
「そんなことをしたら、お父上まで巻き込んで大はしゃぎになりますよ?」
「うふふ。じゃあ、チョコにしましょうかぁ」
色気ダダ漏れの男子会で、わたしはチビチビとドリンクを飲みながら相槌要員としてお話に参加させてもらった。
男性同士が盛り上がっている時は相槌専門。静かになったら何か話題を振るし、話を振られたら自分も喋る、いつもそんな感じだ。
数日前にお義父様から言われたことが頭の中をグルグルと回っていて少々思考が忙しかったので、そのくらいがちょうど良かった。
護符を届けに行ったとき、お義父様から「少し話がしたい」と言われた。
アレンさんたち護衛や近衛騎士にも席をはずしてほしいと言うので少し驚いたものの、アレンさんが「問題ありません」と言ったので受け入れた。
いつも使う陛下のサロンではなく、もっと奥まった場所にある広いティールームのようなお部屋に案内されて美味しいお茶を頂きながらお義父様と二人きりで話をした。
「愚息が変な伝え方をしたようで、まずはそれを詫びたい」と、お義父様は言った。
一瞬、何の話だろう? と思ったけれども、最近ヴィルさんが言った変なことと言えば「二人目の夫を選ぼう」という謎プレゼンしか思いつかない。
「彼の言い方はおかしい。しかし、考えていることは間違いではない。それゆえに私から話しておこうと思った」
嫌な予感がした。
その予感を肯定するように、「いずれ本気で二人目の夫を選ばなくてはならない日が来る」と、お義父様は言った。
喉の奥からウグッと変な音が出る。
「すぐではないが、いつか必ず誰かが公の場で言い出すだろう。なぜ神薙は二人目の夫を選ばないのか、王家がそうさせているのではないか、と」
「そんな……わたしの希望なのに」
「反王派はそういう輩ばかり。彼らは王の立場を悪くするのが生きがいであり、事実であるかは二の次だ」
反王派と呼ばれる人たちは、王を引きずり降ろすためにコソコソ何かやっていて、そのチャンスを狙っていると聞く。
「神薙のいない場所でその火ぶたは切られるだろう。そして多くの貴族がそれに同調することになる」
「そう、なのですか?」
お義父様はゆっくりと頷いた。
先代に百人を超える夫がいたのも、結局は神薙の夫という立場が貴族にとって魅力的だからだと言った。
「反王派に同調されることは我々王家にとっては都合が良くない。あらゆることが上手くいかなくなる」
「は、はい」
「その時、弟がリアに何を言うかは想像がつくだろう?」
「うっ……」
「リア、悪いが二人目の夫を決めてくれ。あっちの彼はどうだ、こっちの彼はどうか」と言い出す陛下が目に浮かんだ。
そもそもわたしが「一人しか要らない」と主張して押し切っただけで、イケオジ陛下は最初からわたしの考えには反対だった。
「弟が言う分にはまだ良い。弱みを握って結婚しろと脅してくる奴なども現れる」
「そ、それはちょっと困りますね」
「誰かから強要されたり、無理矢理どこかの息子を押しつけられたりしないよう、あらかじめ密かに選んでおきなさい」
「ん、んん~~~……」
「自ら先手を打たねばならない状況で何もしなければ、汚い貴族どもの思い通りになってしまう」
わたしが絶句していると、お義父様は「酷なことを言ってすまない」と言った。
「宰相が『二~三人』という言い方をしたと思うが」
「はい、最初の日もそう仰っていました」
「彼なりの気づかいではあるのだが、正確に伝えると、二人では足りないし、三人でも心許ない」
「ええぇ……そんな」
「三人いるのが一番良いけれど、二人でもいいですよ」的な意味かと思っていたのに話が違う。
なんだか変な汗が出てきた。
「辺境伯、侯爵、子爵、それぞれの位から、少なくとも一人ずつは選んだほうが良いと思う」
「あ、あと三人も、ですか?」
「夫にも色々な在り方があると説明を受けたか?」
「在り方? いいえ、何も」
お義父様はため息をついて「まったくあいつら……」と呟いた。
「神薙がすべての夫を平等に扱う必要はない」
「そうなのですか?」
「籍だけ入れて友のように付き合う夫でも構わないし、ただの同居人のような在り方でもいい。別居していても何ら問題はない。全員を愛して交わる必要もまったくない」
「形だけの結婚ということですか?」
「それでも構わない」
「籍を入れるだけ……?」
「政治的な安定のために婚姻を結ぶ『政略婚』で構わない。夫は婚姻だけで大変な名誉と名声を手に得ているのだから誰も文句は言わないだろう」
「政治的な安定」と呟いた。
たまにヴィルさんも似たようなことを言っていたけれども、あまりピンと来ない言葉だった。
さぞ喜ぶだろうと彼女にドリンクをお願いしてあったのだけれども、どうやら推しの『くまん気』は刺激が強すぎたらしい。
近くへ行ってみると、飲み物を作る手が震えてグラスや瓶がカタカタと音を立てていた。
「もし辛かったら下がっても大丈夫ですよ。わたしがやりますから」
コソッと声を掛けると、彼女は申し訳なさそうな反面、地獄でホトケを見たような安堵の表情を浮かべていた。
ファンの心理って難しい。
彼女には『明朝、くまんつ様のお部屋に目覚めのお茶をお持ちする』という重大な任務も残っている。
本人が頑張ると言っているので、明日に備えて今日は早めに上がってもらうことにした。
お酒や氷などが一式揃っているワゴンで、ヴィルさんとくまんつ様にウィスキーのソーダ割りを作っていると、ふわっとゼラニウムと柑橘が混ざった香りがした。アレンさんが手伝いに来てくれたのだ。
「アレンさんはリンゴの蒸留酒でしたよね」
「そう。これを炭酸で割って、ライムを少し絞るのが好きですね」
「飲み物までお洒落サンですねぇ」
「ダニエルが色々教えてくれるものですから」
「あ、わたし、ダニエルさんにお礼をしなくては……」
「ん? 何のお礼ですか?」
「業者を紹介してくださったおかげで我が家でも炭酸水が購入できるようになりましたから。何が良いでしょうねぇ?」
「ふふ、手紙だけでも彼は大喜びしますよ」
「甘いものがお好きならトリュフチョコでも良いのですけれども」
「そんなことをしたら、お父上まで巻き込んで大はしゃぎになりますよ?」
「うふふ。じゃあ、チョコにしましょうかぁ」
色気ダダ漏れの男子会で、わたしはチビチビとドリンクを飲みながら相槌要員としてお話に参加させてもらった。
男性同士が盛り上がっている時は相槌専門。静かになったら何か話題を振るし、話を振られたら自分も喋る、いつもそんな感じだ。
数日前にお義父様から言われたことが頭の中をグルグルと回っていて少々思考が忙しかったので、そのくらいがちょうど良かった。
護符を届けに行ったとき、お義父様から「少し話がしたい」と言われた。
アレンさんたち護衛や近衛騎士にも席をはずしてほしいと言うので少し驚いたものの、アレンさんが「問題ありません」と言ったので受け入れた。
いつも使う陛下のサロンではなく、もっと奥まった場所にある広いティールームのようなお部屋に案内されて美味しいお茶を頂きながらお義父様と二人きりで話をした。
「愚息が変な伝え方をしたようで、まずはそれを詫びたい」と、お義父様は言った。
一瞬、何の話だろう? と思ったけれども、最近ヴィルさんが言った変なことと言えば「二人目の夫を選ぼう」という謎プレゼンしか思いつかない。
「彼の言い方はおかしい。しかし、考えていることは間違いではない。それゆえに私から話しておこうと思った」
嫌な予感がした。
その予感を肯定するように、「いずれ本気で二人目の夫を選ばなくてはならない日が来る」と、お義父様は言った。
喉の奥からウグッと変な音が出る。
「すぐではないが、いつか必ず誰かが公の場で言い出すだろう。なぜ神薙は二人目の夫を選ばないのか、王家がそうさせているのではないか、と」
「そんな……わたしの希望なのに」
「反王派はそういう輩ばかり。彼らは王の立場を悪くするのが生きがいであり、事実であるかは二の次だ」
反王派と呼ばれる人たちは、王を引きずり降ろすためにコソコソ何かやっていて、そのチャンスを狙っていると聞く。
「神薙のいない場所でその火ぶたは切られるだろう。そして多くの貴族がそれに同調することになる」
「そう、なのですか?」
お義父様はゆっくりと頷いた。
先代に百人を超える夫がいたのも、結局は神薙の夫という立場が貴族にとって魅力的だからだと言った。
「反王派に同調されることは我々王家にとっては都合が良くない。あらゆることが上手くいかなくなる」
「は、はい」
「その時、弟がリアに何を言うかは想像がつくだろう?」
「うっ……」
「リア、悪いが二人目の夫を決めてくれ。あっちの彼はどうだ、こっちの彼はどうか」と言い出す陛下が目に浮かんだ。
そもそもわたしが「一人しか要らない」と主張して押し切っただけで、イケオジ陛下は最初からわたしの考えには反対だった。
「弟が言う分にはまだ良い。弱みを握って結婚しろと脅してくる奴なども現れる」
「そ、それはちょっと困りますね」
「誰かから強要されたり、無理矢理どこかの息子を押しつけられたりしないよう、あらかじめ密かに選んでおきなさい」
「ん、んん~~~……」
「自ら先手を打たねばならない状況で何もしなければ、汚い貴族どもの思い通りになってしまう」
わたしが絶句していると、お義父様は「酷なことを言ってすまない」と言った。
「宰相が『二~三人』という言い方をしたと思うが」
「はい、最初の日もそう仰っていました」
「彼なりの気づかいではあるのだが、正確に伝えると、二人では足りないし、三人でも心許ない」
「ええぇ……そんな」
「三人いるのが一番良いけれど、二人でもいいですよ」的な意味かと思っていたのに話が違う。
なんだか変な汗が出てきた。
「辺境伯、侯爵、子爵、それぞれの位から、少なくとも一人ずつは選んだほうが良いと思う」
「あ、あと三人も、ですか?」
「夫にも色々な在り方があると説明を受けたか?」
「在り方? いいえ、何も」
お義父様はため息をついて「まったくあいつら……」と呟いた。
「神薙がすべての夫を平等に扱う必要はない」
「そうなのですか?」
「籍だけ入れて友のように付き合う夫でも構わないし、ただの同居人のような在り方でもいい。別居していても何ら問題はない。全員を愛して交わる必要もまったくない」
「形だけの結婚ということですか?」
「それでも構わない」
「籍を入れるだけ……?」
「政治的な安定のために婚姻を結ぶ『政略婚』で構わない。夫は婚姻だけで大変な名誉と名声を手に得ているのだから誰も文句は言わないだろう」
「政治的な安定」と呟いた。
たまにヴィルさんも似たようなことを言っていたけれども、あまりピンと来ない言葉だった。
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