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第十四章 少年

第299話:煽り合い

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「それは名案だ。クリス、ここには疲労回復に効く温泉もあるしサウナもある。今日の我々にはおあつらえ向きだぞ」
「それはありがたい」

 くまんつ様のお泊まりが決まり、従業員の皆がお客様用のお部屋をササっと整えてくれた。クランツ辺境伯家の御嫡男は超VIP待遇だ。

 二人は念願のかつサンドまで爆食いして十分な食休みを取った後、着替えてトレーニングを始めた。
 わたしはその様子をなにげなく見学していたのだけれども、彼らの運動量は「アスリートですらそこまでやらない」とツッコみたくなるほどえげつないものだった。
 食べる量も、動く量も人並み外れている。

 最初こそ普通にジョギングやマシンジムをこなしていたものの、途中でフラリと外に出ていった。
 何をするのかと思いきや、ゴールの場所を決めて全力疾走を数えきれないほどやり始める。勝ったの負けたのとキャッキャしていて微笑ましい。

 ところがその後、徐々に雲行きが怪しくなっていった。
 どちらがより多く腹筋できるか、腕立て伏せができるか、スクワットができるか……と、競争が止まらない。
 お互いに「俺のほうがスゴイ」「いいや俺のほうが」と煽り合い、勝負がついたかと思いきや「もう一回だ!」「やりたきゃ土下座しろ」「お願いします!」「ふはは、情けない奴め、付き合ってやろう」と、『泣きのもう一回』を互いに発動し合って終わりがないのだ。

 そうこうしているうちにアレンさんが夕方のトレーニングを始める時間になった。
 それまでの泥仕合を見ていた彼は、少し離れた場所でウォーミングアップをしていた。
 彼が「自分は関係ない」と一線を引いているにも関わらず、すぐに先輩二人はネチネチと絡み始めた。

「ふっ……アレンもまだまだだな。しょせんは口だけか」
「負けるのがコワイのだな、書記クン。君は臆病者だったのだな」

 ヴィル先輩とくまんつ先輩の芝居がかった煽りにピキッと青筋を立て、アレンさんまで負けず嫌いを発症。
 徒競走ではゴール手前で先輩二人をぶち抜くわ、反復横跳び勝負では残像が見えそうな勢いで動くわ、口を開けば「それは衰えと言うより『老い』ですね。このヘッポコじじい」と先輩を煽るわ、見事に巻き込まれていた。

 わたしはと言うと、騎士団宿舎へくまんつ様のお泊まりセットを取りにいってくれた従者のザップさんをお見送りしたり、自家製スポーツドリンクを出したり、冷たいおしぼりを出したりと、部活のマネージャーと化していた。

 満足いくまで動けたのか、三人はぽやぽやと浄化魔法をかけながら来客用のゴージャスな大浴場へ仲良く入っていく。
 マッタリとお風呂に入ってお喋りでもしているのだろうと思っていたら、今度はサウナでも何か張り合っていたというから本当に困ったものだ。

 野菜中心のヘルシーなお夕食を済ませた後は、ヴィルさんのお部屋に集まると言う。軽くお酒が飲みたいと言うので、ワゴンに飲み物を用意して運んでもらった。
 てっきり男子会を開催して内緒話でもするのかと思いきや「リアも来ないか」と誘って頂いたのでお邪魔することに。

 「お邪魔しまーす」と、部屋に入った瞬間、後ろにのけぞった。
 男子の色気が充満していて窒息しそう……。

 お風呂上がりに部屋着でくつろぐヴィルさんが色気のどしゃ降り大洪水を起こしているのは通常営業だ。
 プライベートの彼は仕事中とは別の香水をつけているので、まず匂いが違う。仕事中は柑橘系の爽やかな香りだけど、プライベートはセクシーな大人の香りがする。
 それに、仕事中は額が見えるようセットしている髪がお風呂の後は下りているため、カッコ良さは据え置きのまま、色っぽさと可愛さが増量される。

 くまんつ様は気取らない洗いざらしのシャツ一枚と緩めのパンツ姿でリラックスしていた。彼もまた、なんだか謎の色気(?)に包まれている。
 ただ、相変わらず顔面がモシャモシャで素顔がよく分からないので、本当に色気なのかは分からない。
 強いて言うなら、癒しのオーラ『くまん』だろうか(なんだそれ)
 開いたシャツの襟から、バッキバキの胸筋が覗いているので、ちょっと刺激強めだ。

 あんまりジロジロ見て変態だと思われても困るので、チラ見くらいにしておいた。
 逞しい肉体にイイ声、謎の『くまん気』による癒しパワー、そして優しい性格。ほのかに漂うチョイワル風味。これに貴族令嬢たちはコロリとやられて群がってしまうのだろう。

 業務時間外のアレンさんが神がかっているのも通常営業だ。
 プライベートの彼は私服がお洒落でメガネも外しており、御守りだという小さな黄色い石が付いたピアスをしている。
 いわゆるお出かけ用のビカビカお貴族様スーツ姿が素敵なのはさておき、カジュアルでもちょっと洒落たシャツを着ているため、周りの男子から「どこで買ったのか」と聞かれている様子をよく見かけた。
 彼は流行の先端を闊歩しているオシャレ男子だ。
 案の定、くまんつ様が彼のシャツを触って生地の感触を確かめながら、「これどこで作った?」と聞いていた。
 アレンさんもお風呂上がりで前髪が下りているせいか、可愛さが追加されている。

 くまんつ様の抱き枕とエコバッグ、ヴィルさんのセクシーポスターと日めくりカレンダー、アレンさんのアクリルスタンドと関節が全部動いて着せ替えができるフィギュア……。グッズ化して王都で売りさばきたい衝動がムラムラと湧き上がってくる(絶対に儲かる)
 フィデルさんのクリアファイルとペンケース、それから、マークさんのサイン入りハチマキと木刀あたりも良いと思う。特に木刀は防犯におススメです。いかがですか?

 騎士団グッズでうはうは儲ける妄想をしてニヨニヨしていたら、突如カカカカカッ……と、妙な音が聞こえた。
 振り返ると、飲み物を用意するために運び入れた大きなワゴン付近から音がしている。

 「何の音でしょう??」

 ワゴンで飲み物を作ってくれていたメイドさんに声を掛けたものの、なんだか彼女の様子がおかしい。
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