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第十三章 呪兄
第291話:ヴィルパパの体調不良
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◆
ランドルフ邸の呪符が解呪されて以降、ヴィルさんのお父様が体調不良を訴えるようになった。
この情報が入ったとき、誰もが「まさか解呪をしないほうが良かったのか」と狼狽えた。
しかし、よくよく確認してみると、どうもそういう話ではなさそう。
お父様は長年、それとは比較にならないほど複雑な不快感や苦痛を抱えながら暮らすのが当たり前になっていたらしい。
身の周りにあった呪符が三つ消えたことにより、それらは少しずつ和らいでいった。
最終的に残っているのが頭痛・倦怠感・眩暈といった症状で、要は「やっと人に症状を説明できるレベルまで調子が良くなってきた」という前向きな話だった。
ブロックル先生が治癒魔法をかけたものの、その効果は十五分程度しか続かず、すぐにぶり返してしまうようだ。
これを聞いたユミール先生は「ほかにもどこかに呪符があるのでは?」と眉をひそめた。
「期待通りの効果が得られなかった物を、同じ手口でいくつも仕掛けるわけがありません。別のやり方もしているはずです」
なかなか呪符を手に入れられない人ならなおさらのこと、質と手口は毎回変わるはず。行動範囲を片っ端から調べたほうが良いと言った。
呪符の中には、呪いを体に染み込ませるように作用し、呪符そのものが消滅した後も効果を持続させる悪質なものが存在するという。
万が一そのようなものが使われていたならば、直接本人に解呪を掛けなければ取り去ることはできない。
王都には解呪の専門家がいる。
しかし、王兄が長年呪われていたと噂になるのは困ると言って、陛下は解呪師の介入に反対していた。陛下は完全プライベートで対処をしたいわけだ。
そうなると必然的にわたしが『救急箱』として出動することになる。
今度はこれにヴィルさんが猛反対した。彼はわたしをお父様に会わせたくないのだ。
人体に対する解呪でも、場合によっては反発作用が起きるらしい。大きな反発が起きれば、そのダメージでお父様の体が傷つく恐れがある。
それに対応するためには解呪と同時に治癒魔法も必要になってくる。
解呪ができて、治癒魔法ができて、王族と完全プライベートな人物となると……結局はわたししかいない。ヴィルさんも渋々ながら了承せざるを得なかった。
陛下のプライベート用のサロンに入ってから、念のためアレンさんに魔力残量を測ってもらった。
治癒魔法が数回使える魔力があった。毎日欠かさず飲んでいるシンドリ茶(※魔素茶)に感謝だ。
解呪はわたしの謎パワーで行うので魔力は不要。ただし対象に近づいてしばらくその位置に留まる必要がある。
『五メートルの距離までお父様に近づくこと』それがわたしのお役目だ。
この五メートルという有効範囲は、ユミール先生と一緒に実験をして確認した距離だった。
当初予定では、わたしがお父様に近づいていくことになっていたのだけれども、それだと反発作用が起きたときにお父様が逃げ遅れる可能性があるので、お父様にご自分のペースで近づいてきて頂くやり方に変更した。
「リア、大丈夫か?」と、ヴィルさんが言った。
「はい? 大丈夫ですよ? お茶を頂いているだけですので……」
ヴィルさんは朝からずっとソワソワしている。立ったり座ったり、ウロウロ歩き回ったり。まるで飼い主の帰りを待つ仔犬さんのよう。
「本当に大丈夫か?」
「……それはわたしのセリフです」
「怖くないか? 我慢をしていないか?」
「んもう……」
呪符が次々見つかった日、一通り陛下に報告を終えて帰ってきた彼は、叱られた仔犬のように「気づかなくてごめん」と謝り倒していた。
彼はわたしが怖がっていることに気づかなかったのを猛省しているらしく、あれ以来、ひっきりなしに「怖くないか」と聞いてくる。
「ヴィルさん、今日はわたしよりお父様を気遣ってあげてください」
「いや……、うーん、そう、だろうか」
「わたしのことはアレンさんに任せて」
「ねー?」と言うと、アレンさんがクスッと笑って「ねー」と言った。
「そうだよな。アレンがいるしな」
「お父様、きっと不安な気持ちだと思いますよ? もういらっしゃるのでは?」
「遅いよな」
「お迎えに行ってみては?」
「うん、そうだな。そうしようか」
わたしは一番奥のソファーに陛下と並んで座り、お父様の到着を待っていた。
ヴィルさんが部屋を出ていくと、しばらくして二人の話し声が聞こえてくる。ドアが半開きだったせいで会話が丸聞こえだ。
「あれ? なんだ、お前も来たの?」
「それは来ますよ」
「リアちゃんに申し訳ないことをしたな」
「それ、私にも言って頂けませんか」
「嫌われていないだろうか……」
「嫌われていたら連れてきませんよ」
知らぬ間にヴィルさんのお父様が「リアちゃん」と呼んでくださっている(笑)
話し声が近づいてきて、ドアが開いた。
「ところで父上、その箱は?」
「さっき届いた」
「まさか……」
二人が部屋に入ってくると、陛下が「遅いぞ兄上」と声を掛ける。
わたしは立ち上がって軽く頭を下げ、ご挨拶をした。
「またルアランから届いた」とお父様が言いかけた途端、ヴィルさんが目をひん剥いてむしるように箱を奪い取った。
「私が持ちます。また調子が悪くなると困るのですよ!」
「おっ、優しい息子」
「リアには絶対に変なことを言わないと誓ってください」
「私がいつ彼女に変なことを言った」
「長年ずっと変でしたよ!」
「調子が悪かっただけで変ではない。むしろお前のほうが変だ」
「いいから誓ってください」
「まるで子どもだな。分かった。誓うよ」
ぷりぷりするヴィルさんに、お父様は両手を上げて面倒くさそうに降参のポーズを見せた。
「待たせて申し訳ない。ルアランから新しい贈り物が届いた。先にこれを見てもらえるだろうか。ヴィル、それをリアちゃんのところへ」
陛下が立ち上がり「まさかまた呪符か?」と言った。
ランドルフ邸の呪符が解呪されて以降、ヴィルさんのお父様が体調不良を訴えるようになった。
この情報が入ったとき、誰もが「まさか解呪をしないほうが良かったのか」と狼狽えた。
しかし、よくよく確認してみると、どうもそういう話ではなさそう。
お父様は長年、それとは比較にならないほど複雑な不快感や苦痛を抱えながら暮らすのが当たり前になっていたらしい。
身の周りにあった呪符が三つ消えたことにより、それらは少しずつ和らいでいった。
最終的に残っているのが頭痛・倦怠感・眩暈といった症状で、要は「やっと人に症状を説明できるレベルまで調子が良くなってきた」という前向きな話だった。
ブロックル先生が治癒魔法をかけたものの、その効果は十五分程度しか続かず、すぐにぶり返してしまうようだ。
これを聞いたユミール先生は「ほかにもどこかに呪符があるのでは?」と眉をひそめた。
「期待通りの効果が得られなかった物を、同じ手口でいくつも仕掛けるわけがありません。別のやり方もしているはずです」
なかなか呪符を手に入れられない人ならなおさらのこと、質と手口は毎回変わるはず。行動範囲を片っ端から調べたほうが良いと言った。
呪符の中には、呪いを体に染み込ませるように作用し、呪符そのものが消滅した後も効果を持続させる悪質なものが存在するという。
万が一そのようなものが使われていたならば、直接本人に解呪を掛けなければ取り去ることはできない。
王都には解呪の専門家がいる。
しかし、王兄が長年呪われていたと噂になるのは困ると言って、陛下は解呪師の介入に反対していた。陛下は完全プライベートで対処をしたいわけだ。
そうなると必然的にわたしが『救急箱』として出動することになる。
今度はこれにヴィルさんが猛反対した。彼はわたしをお父様に会わせたくないのだ。
人体に対する解呪でも、場合によっては反発作用が起きるらしい。大きな反発が起きれば、そのダメージでお父様の体が傷つく恐れがある。
それに対応するためには解呪と同時に治癒魔法も必要になってくる。
解呪ができて、治癒魔法ができて、王族と完全プライベートな人物となると……結局はわたししかいない。ヴィルさんも渋々ながら了承せざるを得なかった。
陛下のプライベート用のサロンに入ってから、念のためアレンさんに魔力残量を測ってもらった。
治癒魔法が数回使える魔力があった。毎日欠かさず飲んでいるシンドリ茶(※魔素茶)に感謝だ。
解呪はわたしの謎パワーで行うので魔力は不要。ただし対象に近づいてしばらくその位置に留まる必要がある。
『五メートルの距離までお父様に近づくこと』それがわたしのお役目だ。
この五メートルという有効範囲は、ユミール先生と一緒に実験をして確認した距離だった。
当初予定では、わたしがお父様に近づいていくことになっていたのだけれども、それだと反発作用が起きたときにお父様が逃げ遅れる可能性があるので、お父様にご自分のペースで近づいてきて頂くやり方に変更した。
「リア、大丈夫か?」と、ヴィルさんが言った。
「はい? 大丈夫ですよ? お茶を頂いているだけですので……」
ヴィルさんは朝からずっとソワソワしている。立ったり座ったり、ウロウロ歩き回ったり。まるで飼い主の帰りを待つ仔犬さんのよう。
「本当に大丈夫か?」
「……それはわたしのセリフです」
「怖くないか? 我慢をしていないか?」
「んもう……」
呪符が次々見つかった日、一通り陛下に報告を終えて帰ってきた彼は、叱られた仔犬のように「気づかなくてごめん」と謝り倒していた。
彼はわたしが怖がっていることに気づかなかったのを猛省しているらしく、あれ以来、ひっきりなしに「怖くないか」と聞いてくる。
「ヴィルさん、今日はわたしよりお父様を気遣ってあげてください」
「いや……、うーん、そう、だろうか」
「わたしのことはアレンさんに任せて」
「ねー?」と言うと、アレンさんがクスッと笑って「ねー」と言った。
「そうだよな。アレンがいるしな」
「お父様、きっと不安な気持ちだと思いますよ? もういらっしゃるのでは?」
「遅いよな」
「お迎えに行ってみては?」
「うん、そうだな。そうしようか」
わたしは一番奥のソファーに陛下と並んで座り、お父様の到着を待っていた。
ヴィルさんが部屋を出ていくと、しばらくして二人の話し声が聞こえてくる。ドアが半開きだったせいで会話が丸聞こえだ。
「あれ? なんだ、お前も来たの?」
「それは来ますよ」
「リアちゃんに申し訳ないことをしたな」
「それ、私にも言って頂けませんか」
「嫌われていないだろうか……」
「嫌われていたら連れてきませんよ」
知らぬ間にヴィルさんのお父様が「リアちゃん」と呼んでくださっている(笑)
話し声が近づいてきて、ドアが開いた。
「ところで父上、その箱は?」
「さっき届いた」
「まさか……」
二人が部屋に入ってくると、陛下が「遅いぞ兄上」と声を掛ける。
わたしは立ち上がって軽く頭を下げ、ご挨拶をした。
「またルアランから届いた」とお父様が言いかけた途端、ヴィルさんが目をひん剥いてむしるように箱を奪い取った。
「私が持ちます。また調子が悪くなると困るのですよ!」
「おっ、優しい息子」
「リアには絶対に変なことを言わないと誓ってください」
「私がいつ彼女に変なことを言った」
「長年ずっと変でしたよ!」
「調子が悪かっただけで変ではない。むしろお前のほうが変だ」
「いいから誓ってください」
「まるで子どもだな。分かった。誓うよ」
ぷりぷりするヴィルさんに、お父様は両手を上げて面倒くさそうに降参のポーズを見せた。
「待たせて申し訳ない。ルアランから新しい贈り物が届いた。先にこれを見てもらえるだろうか。ヴィル、それをリアちゃんのところへ」
陛下が立ち上がり「まさかまた呪符か?」と言った。
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