上 下
279 / 367
第十三章 呪兄

第283話:ワケアリの屋敷

しおりを挟む
 王宮からほど近い場所にあるランドルフ邸は思っていたとおり立派なお屋敷で、わたしには離宮のように見えた。
 時々ヴィルさんがエムブラ宮殿の面積を「神薙が住むには狭い」と表現することがあるのだけれども、実家がこれだけ広ければそう感じるのも無理はなかった。

 馬車を降りた場所には狛犬のごとく左右に『大地の龍』の像がデデンと鎮座していて、綺麗に手入れされた植え込みと芝生の緑が眩しい。

「んんっ?」

 玄関を見たヴィルさんは首を傾げた。
 彼は腕組みをして「こんな家だったか?」と眉間に皺を寄せた。
 くまんつ様は首を振って「細部までは覚えていない」と言った。くまんつ様がここを訪れるのは学生の頃以来だそうだ。

 豪華な玄関ホールにはソファーや本棚、チェスなどが置いてあった。
 大きな風景画に目を奪われてボーっと見入ってしまう。豪華で素敵な玄関だ。

「若、お帰りなさいませ」

 従業員の皆さんが笑顔で出迎えてくれた。
 いつぞや『オルランディアの涙』を運んできてくれた紳士は、このお屋敷の執事さんだった。

「元気だったか?」

 ヴィルさんが尋ねると、執事さんはニッコリと微笑んだ。

「おかげさまで。皆元気にしております」
「そうか。なら良い。今日はリアも一緒だ」

「神薙様、ようこそお越しくださいました」
「ご無沙汰しております。いつぞやはお越し頂きまして、ありがとうございました」

 挨拶をすると執事さんはパッと頬を紅潮させて「覚えていて下さり感激でございます」と言った。
 前に会ったときと同様、仕立ての良いスーツを着てピカピカに磨き上げられた革靴を履いていた。アレンさんに負けないくらい背筋が伸びていて姿勢が綺麗だ。

「じいさん、久しぶりぃ」

 くまんつ様がいたずら坊主のように言うと、執事さんは相好を崩した。

「あのヤンチャ坊主が立派になられましたな~っ」
「わはははっ! じいさんのおかげだな?」
「お二人を追い回し、どうにか座らせてお行儀を教えたのが昨日のようでございますよ」
「すごい形相で追い回された記憶はある」
「こちらはクビがかかっておりましたから、毎日必死だったのです。逃げ足が速くて苦労しました」

 皆がドッと笑う中、アレンさんがコソッと耳打ちしてくれた。

「二人の教育係だった方です。二人がヤンチャ過ぎて大変なご苦労をされたと聞いています」

 お勉強から逃げ回る小さな二人を想像する。大変だっただろうけれども、絶対にカワイイ。自然と笑みがこぼれた。


 「さて、見てこいとは言われたものの、どこから手をつけるべきか……」

 ヴィルさんが顎を撫でながら呟くと、執事さんが困った顔を見せた。

「私も陛下の使いの方に言われて敷地内をくまなく確認致しました」
「どうだった?」
「これといって怪しい場所はございません。単に気づかないだけなのかも知れませんが、我々にはお手上げでございます」
「だよなぁ。話が漠然としていて何を確認すべきか分からない」

 ヴィルさんとくまんつ様が奥へと進んでいったので、わたしもアレンさんとついて行った。
 すると、玄関の壁のほうからガタガタと音がする。
 驚いてそちらを見ると、さっき見ていた大きな風景画がぐらぐら動いていて、ガクンと右に傾いた。

 次の瞬間、バチッ! と大きな音がした。
 反射的に「ヒッ」と喉が鳴る。
 咄嗟にアレンさんの腕にしがみついた。

「んっ? 何の音だ?」
「ヴィル、絵から煙が!」
「誰か水を持ってこい! アレン、リアを頼む!」
「火事だ! 水!」
「バケツ! ありったけ出せ!」

 和やかでのほほんとしていた玄関ホールは、一瞬にして騒然となった。
 ヴィルさんとくまんつ様が絵の前へ小走りで向かい、それを執事さんや従者が追う。
 屋敷のあちらこちらで、水や避難の指示を出す大きな声が飛び交った。

「リア様、こちらへ」
「は、はい……っ」

 アレンさんに連れられて絵から離れた隅っこで様子を窺った。
 すぐ近くにメイドさん達が集まって不安そうにしている。アレンさんが避難に使える裏口の場所を聞いていた。
 問題の絵からは煙がもくもくと立ち昇っていた。

「アレンさん、さっきの音は何だったのでしょう?」
「リア様、大丈夫ですよ。私から離れないで下さい」

 心臓バクバク、虫の息でハァハァしているわたしに、アレンさんはいつもどおり優しく声を掛けてくれる。しかし、わたしはブンブンと首を振って彼にしがみついた。


 ──ヴィルさんの実家はホーンテッドハウスだった。
 目の前でポルターガイスト現象が起き、尋常でない量の煙が上がっている。

 わたし、虫とオバケとバンジージャンプは本当に、本当に、本当にダメなのですっっ(泣)

 遊園地のお化け屋敷にも入れず、友達が悲鳴を上げて出口から飛び出してくるのを、お外でジュース飲みつつ待っている係だ。
 作り物のオバケと学生バイトの幽霊役ですらダメなのに、こんなリアルなものが大丈夫なわけがない。

 ヴィルさんとくまんつ様は絵の様子を確認していた。
 バケツリレーで水はすぐに届いたけれども、火が上がらなかったので、そのまま床に置かれている。

 「リア様、大丈夫ですよ。何も怖いことは起きていませんから」と、アレンさんは言った。

 しかし、大丈夫だと言っているそばから次のドッキリが発動。
 ヴィルさんが絵を壁から外そうとした瞬間、絵の裏から黒い何かがドサドサと床に落ちたのだ。
 それも大量に……。
 わたしはまた「ひいぃぃっ!」と喉を鳴らして彼にしがみついた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました

ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】 ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です ※自筆挿絵要注意⭐ 表紙はhake様に頂いたファンアートです (Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco 異世界召喚などというファンタジーな経験しました。 でも、間違いだったようです。 それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。 誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!? あまりのひどい仕打ち! 私はどうしたらいいの……!?

悪役令嬢を拾ったら、可愛すぎたので妹として溺愛します!

平山和人
恋愛
転生者のクロエは諸国を巡りながら冒険者として自由気ままな一人旅を楽しんでいた。 そんなある日、クエストの途中で、トラブルに巻き込まれた一行を発見。助けに入ったクロエが目にしたのは――驚くほど美しい少女だった。 「わたくし、婚約破棄された上に、身に覚えのない罪で王都を追放されたのです」 その言葉に驚くクロエ。しかし、さらに驚いたのは、その少女が前世の記憶に見覚えのある存在だったこと。しかも、話してみるととても良い子で……? 「そういえば、私……前世でこんな妹が欲しかったって思ってたっけ」 美少女との出会いが、クロエの旅と人生を大きく変えることに!?

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

処理中です...