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12-3(POV:ヴィル)

第278話:弱みと強み

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「過去の神薙にはなかった危険?」

 クリスは訝し気に言った。

「本音を言ってもいいか?」
「いいぜ」
「俺だって彼女を独り占めしたい」
「……うむ」
「俺が何も言わなければそうなるだろう?」
「ああ。リア様は最初から夫は一人しか要らないと言っている」
「俺は最高の気分を味わうだろう」
「誰も成し遂げたことのない偉業でもある」
「だが、彼女が『俺だけ』になってしまうのは危ない」
「なるほど。お前が彼女の弱みになる」
「そう。リアに弱みを作ることは避けたい」
「愛情を分散させて危険度を下げるということだな」
「調べたら、神薙の一妻多夫はそもそもそこから始まっていた」

 過去の神薙は誰かを利用することはあっても誰かに利用されることはなかった。そういう意味では、制度を利用していたせいで安全だった。

 クリスは「ふむぅ」と言うと、ティーポットから茶を注ぎ足し、茶菓子の落花生を手に取って、いくつか殻を割った。

「しかしな、婚姻を結んで蜜月が落ち着いてからでは駄目なのか?」
「……」
「どうした?」
「あ、いや、クリスの言うとおりだなと思った」
「おいおい」
「なぜ今なのかと問われると……なんだろう、勘かな。早いほうが良いのではないかと」
「王家の勘か?」
「さあ……自分では分からない。言われるまで気づかなかった」
「王家の勘は無視しないほうが良いと父から聞いている。先王は恐ろしいほどに勘が鋭い方だったらしいし、陛下も、お前のお父上もそうだ」

 俺達はしばらく黙っていた。
 時計の秒針の音だけが聞こえていて、ほかには何の音もなかった。

「これは俺のワガママなのだが……」

 俺は沈黙を破った。

「献身的にリアに尽くすアレンを見ていると、複雑な気持ちになる」
「複雑とは?」
「先に叔父に話してしまったのは俺の落ち度だが、彼の想いが報われる日があってもいいはずだと思っている。もちろんクリスに対しても同じ気持ちだ。早く何とかしてやりたくて気が焦る」
「気持ちは有り難いが、今はリア様の気持ちを優先してくれ」
「……そうだよな」

 またクリスは腕組みをした。
 眉間に皺を寄せ、「ん~」と唸る。

「まあ、俺の個人的な意見を言わせてもらうと……」
「うん」
「俺はヴィルの勘は無視できない」
「ありがとう」
「しかし、客観的に見ると、リア様に夫を選んで頂くにはお前の都合が前面に出すぎていて、いささか説得力に欠けると思う」
「うん……」
「なぜなら、リア様にとって『ヴィルだけ』であることは常識であり美徳でもあるはずだ」
「そうかも知れない」
「それを否定するのは彼女の価値観を否定することだ」

「リアが自発的に二人目の夫を欲しがってくれたら一番いい」
「それは難易度が高すぎる」
「二人目の夫を持つ良さを提示してみるのはどうだろうか」

 俺の案にクリスは難色を示した。

「良さって、いったい何を話すつもりだ」
「そうだな、例えば……」

 俺はしばし考えた。
 安定と安全以外で、リアにとってお得であったり、幸福感を得られるようなことを考えた。
 しかし、クリスの言ったとおり、俺の都合が大半を占めているせいで思い当たるものがない。

「んん……」
「ほら、難しいだろう? 夫側の都合ばかりでリア様に利点がない」
「あ、閨の話はどうだろう?」
「は?」
「閨で二人の夫から奉仕してもらえるよ、みたいな話をだな」
「お……お前は書記に地の果てまで吹き飛ばされたいのかッ!」
「やっぱり怒られるか……」
「当たり前だろうが!」

 激怒したアレンに隣の大陸まで吹き飛ばされる自分の姿がいとも簡単に想像できた。

「では、夫に適した特定の人物をおすすめすればいい。手始めはクリスだ。お前の良さを語らせたら、俺の右に出る者はいない」

 俺が右拳をグッと握りしめると、クリスはぐしゃりと顔をしかめて「ヤメロ、キモチワルイ」と棒読み口調で言った。

「あのな? 話をいきなり『夫選び』にするから壁が高くなる」
「しかし、ほかにない」
「親しい知り合いを増やすだけでも『守りを固める』『ヴィルから少しだけ意識を逸らす』という目的においては十分有効だろうよ。親しい者が増えれば寂しいと感じる時間も減る」

 俺は「知り合いねー」と気のない返事をした。

「リア様は朗らかな性格で話も楽しい。聞き上手でもある。茶会でも開けば、社交で自ら味方を増やせるのではないか? 」
「茶会で社交か。あ、そういえば……」

 茶会と聞いて思い出した。
 リアが宝石のようなチョコレートを作った。
 定番の甘ったるい飲み物ではなく、そのまま食べるとても手の込んだ茶菓子だった。

 つるりとした球状の外側に歯を立てると薄い表面がパリっと音を立てて割れ、クリームを含んだ軽くて柔らかな層が出てくる。
 彼女はその軽さを出すために、空気を含ませるようにしてチョコレートを混ぜていたと料理長から聞いた。おそらく、すべて計算ずくなのだろう。
 ほのかに舶来酒の香りが漂い、表面のほろ苦い層と中のまろやかで甘い部分が交わりながら舌の上で溶けていく。
 それだけでも感動的なのに、彼女はさらに手の込んだ木の実を仕掛けていた。薄く飴の掛かった木の実がカリッと砕け、一気に香ばしさが襲ってくる。
 俺の口の中で幸福感が膨張し、身体が震えた。
 とてもではないが、一つや二つでは終わりにできない美味さだ。

 その技術を身につけるには、だいぶ時を要すると料理長は話していた。
 彼の話によれば、彼女は何ら特別な材料は使っておらず、道具も厨房にあったものだけで仕上げてしまったそうだ。
 ただし、周りを包む艶やかな層を作るために温度計を睨みつけ、温度を上げたり下げたりと、細やかな作業をするらしい。それが少しでも狂えば瞬く間に品質が落ちるというから驚きだ。

 あれはリアの手から魔法のように生み出される宝石だ。
 売るなら宝石店で売ったほうがいい。
 もはや菓子の域を超えた菓子だ。
 ベルソールが見たら「店を出そう」と言うに違いない。

「ほう、茶の席の宝石か。それはまた興味深いな」

 クリスは身を乗り出した。
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