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第十二章 重圧
第265話:都落ち計画
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翌朝、そっとドアを開けてリビングに出ると、ヴィルさんはソファーでお布団を抱え、ぽやーっと座っていた。
猫っ毛のダークブロンドがピヨッピヨにハネている。目も完全には開いていない。まさに今起きましたという顔だ。
外で鳴いているスズメの声でも聞いているのだろうか。彼は浄化魔法の光の中でぽやぽやとしていてほとんど動かなかった。
寝癖が朝日でキラキラしてカワイイ。
「りあ?」
「おはようございます。調子はどうですか?」
「うん……いつの間にか寝てしまった」
「今、目が覚めるハーブティーを淹れますね」
「……リア」
「はい?」
「昨日のオーデン、美味だった。また時間があるときに作ってほしい」
うっぐ……
寝起きに「昨日のごはん美味しかった」は反則だ。可愛すぎる。
「もっ、もちろんですともっ」
ニヤついてしまいそうだったので慌てて彼に背を向け、お茶の支度をした。
「体、痛くなりませんでしたか?」
「ああ、大丈夫。意外と寝心地がよかった。いいソファーだ」
「ふふふ」
ミントを入れた朝のハーブティーを淹れて運んでいくと、彼は真剣な顔でハネた髪をぎゅむっと押さえていた。
それで直るの?
まさか寝ぐせ直しの魔法とか??
首を傾げてじっと見ていると、彼はその手をそっと離す。
──ピヨッ。
猫っ毛は再びクルンとハネ上がった。
寝癖を直す魔法はないらしい(笑)
「ダメだった……」
「うふふ」
ションボリするヴィルさんの髪を撫でると、彼はその手を取ってキスをした。
婚約発表も終わり、何の期日にも追われていない朝だった。
そこに彼がいて、そばで笑っている。
これはダンスの練習を頑張ったご褒美だろう。
彼が朝のトレーニングに出ていくまでのわずかな時間、わたし達はとても穏やかで優しい朝を一緒に過ごした。
しばらく経つと『ヴィルさん農園』が再び大収穫を迎え、我が家の天才農家様は巨大白菜を抱えて「ワッハッハッハ」と、絵に描いたような高笑いをしていた。
「リア、もしも王都を追われたら、田舎へ移り住んで一緒に農業をやろうな!」
底抜けに明るくメチャクチャ縁起の悪いことを言う人だ……。
できることなら王都を追われる前に自主的に引っ越したいと伝えたところ、彼の口から知らない地名がぽんぽんと出てきた。そこが引っ越し先候補らしい。
「北は候補から外せ。寒いのは嫌いだ」と、フィデルさんが雑草を抜きながら抗議した。
「南で果樹園をやるのも儲かりそうですね」とアレンさん。
「団長、自分は海のそばがいいです」
「そうですよ、どうせクランツ団長も一緒でしょう? 海か湖が近いほうがいいですよ」
「そう言えば、大男ふたりでパン屋をやる話はどうなったんですか?」
騎士団員がパン屋の名前を何にするかで盛り上がっていた。
早朝トレーニング終了後に長靴姿でウロウロする人が増えているのは気のせいだろうか。
結局、王都を追われたら南へ向かって逃げ、皆で農家とパンの美味しいカフェをやるという話で落ち着いた。
相変わらず『ヴィルさん農園』は収穫までの日数が短すぎた。
一体、何をしたらあんなスピード収穫ができるのか……あまりに不自然な早さだ。
「あの土に秘密がある気がします。実験してみましょう」
名探偵アレンさんは、度が入っていないメガネをキラリと光らせた。
てっきり配合を聞いて土づくりを真似するのかと思いきや、彼はヴィルさんの土を指差して「これ、少し頂いてもいいですか」と声を掛けて拝借。
貰った土をいそいそと新しいプランターに詰め込んだ。
「二種類の土に同じ種をまいて比較します」
「なるほどぉ」
さらに、ヴィルさんが撒いている肥料にも着目して「あれも怪しいですね」と言いながら近づいていく。
「団長、それもください」
「おお、いいぞー使え使え」
ちゃっかり貰ってきて追い肥に使う。
アレンさんが実験した結果、やはりヴィルさんの土で育てると、肥料がなくても生育が早いことが判明した。
畑の天才ヴィルさんと器用で要領の良いアレンさんに挟まれているのに、わたしのお野菜たちは何を育ててもやっぱりどこかヒョロリと痩せている。
「巷では『豊穣の女神』として名高いのにね?」
アレンさんはクスクス笑った。
しょんぼり……
豊作でバンザーイな展開を期待していたのに。
「団長は土に王家の魔法を使っていますよ」
「やっぱり魔法なのですねぇ? いいなぁ……」
「例の古書の部屋に、地属性魔法についての本はありませんでしたか?」
「あ……どうでしょう。探したらあるかも知れませんねぇ」
「先日、休暇の日にユミールさんと食事に行って聞いたのですが、リア様はすべての魔法属性を持っている可能性が高いそうです」
「ほむほむ?」
「ただ、王国で地属性魔法を使える人はほとんどいないので、解説書などがありません」
「じゃあ、あの部屋にあれば……」
「そう。魔力が回復したらリア様も魔法を使って育てられますよ」
「わぁ♪ では調べてみましょう」
やせっぽちラディッシュがまるっと太る日が来るかも知れない。
その日から古書の整理整頓に精を出し、あちこちの棚に散らばった魔法書を少しずつ同じ棚にまとめていった。
ヴィルさんが高笑いしながら抱えていた巨大白菜は、クリーム仕立てのロール白菜になった。
猫っ毛のダークブロンドがピヨッピヨにハネている。目も完全には開いていない。まさに今起きましたという顔だ。
外で鳴いているスズメの声でも聞いているのだろうか。彼は浄化魔法の光の中でぽやぽやとしていてほとんど動かなかった。
寝癖が朝日でキラキラしてカワイイ。
「りあ?」
「おはようございます。調子はどうですか?」
「うん……いつの間にか寝てしまった」
「今、目が覚めるハーブティーを淹れますね」
「……リア」
「はい?」
「昨日のオーデン、美味だった。また時間があるときに作ってほしい」
うっぐ……
寝起きに「昨日のごはん美味しかった」は反則だ。可愛すぎる。
「もっ、もちろんですともっ」
ニヤついてしまいそうだったので慌てて彼に背を向け、お茶の支度をした。
「体、痛くなりませんでしたか?」
「ああ、大丈夫。意外と寝心地がよかった。いいソファーだ」
「ふふふ」
ミントを入れた朝のハーブティーを淹れて運んでいくと、彼は真剣な顔でハネた髪をぎゅむっと押さえていた。
それで直るの?
まさか寝ぐせ直しの魔法とか??
首を傾げてじっと見ていると、彼はその手をそっと離す。
──ピヨッ。
猫っ毛は再びクルンとハネ上がった。
寝癖を直す魔法はないらしい(笑)
「ダメだった……」
「うふふ」
ションボリするヴィルさんの髪を撫でると、彼はその手を取ってキスをした。
婚約発表も終わり、何の期日にも追われていない朝だった。
そこに彼がいて、そばで笑っている。
これはダンスの練習を頑張ったご褒美だろう。
彼が朝のトレーニングに出ていくまでのわずかな時間、わたし達はとても穏やかで優しい朝を一緒に過ごした。
しばらく経つと『ヴィルさん農園』が再び大収穫を迎え、我が家の天才農家様は巨大白菜を抱えて「ワッハッハッハ」と、絵に描いたような高笑いをしていた。
「リア、もしも王都を追われたら、田舎へ移り住んで一緒に農業をやろうな!」
底抜けに明るくメチャクチャ縁起の悪いことを言う人だ……。
できることなら王都を追われる前に自主的に引っ越したいと伝えたところ、彼の口から知らない地名がぽんぽんと出てきた。そこが引っ越し先候補らしい。
「北は候補から外せ。寒いのは嫌いだ」と、フィデルさんが雑草を抜きながら抗議した。
「南で果樹園をやるのも儲かりそうですね」とアレンさん。
「団長、自分は海のそばがいいです」
「そうですよ、どうせクランツ団長も一緒でしょう? 海か湖が近いほうがいいですよ」
「そう言えば、大男ふたりでパン屋をやる話はどうなったんですか?」
騎士団員がパン屋の名前を何にするかで盛り上がっていた。
早朝トレーニング終了後に長靴姿でウロウロする人が増えているのは気のせいだろうか。
結局、王都を追われたら南へ向かって逃げ、皆で農家とパンの美味しいカフェをやるという話で落ち着いた。
相変わらず『ヴィルさん農園』は収穫までの日数が短すぎた。
一体、何をしたらあんなスピード収穫ができるのか……あまりに不自然な早さだ。
「あの土に秘密がある気がします。実験してみましょう」
名探偵アレンさんは、度が入っていないメガネをキラリと光らせた。
てっきり配合を聞いて土づくりを真似するのかと思いきや、彼はヴィルさんの土を指差して「これ、少し頂いてもいいですか」と声を掛けて拝借。
貰った土をいそいそと新しいプランターに詰め込んだ。
「二種類の土に同じ種をまいて比較します」
「なるほどぉ」
さらに、ヴィルさんが撒いている肥料にも着目して「あれも怪しいですね」と言いながら近づいていく。
「団長、それもください」
「おお、いいぞー使え使え」
ちゃっかり貰ってきて追い肥に使う。
アレンさんが実験した結果、やはりヴィルさんの土で育てると、肥料がなくても生育が早いことが判明した。
畑の天才ヴィルさんと器用で要領の良いアレンさんに挟まれているのに、わたしのお野菜たちは何を育ててもやっぱりどこかヒョロリと痩せている。
「巷では『豊穣の女神』として名高いのにね?」
アレンさんはクスクス笑った。
しょんぼり……
豊作でバンザーイな展開を期待していたのに。
「団長は土に王家の魔法を使っていますよ」
「やっぱり魔法なのですねぇ? いいなぁ……」
「例の古書の部屋に、地属性魔法についての本はありませんでしたか?」
「あ……どうでしょう。探したらあるかも知れませんねぇ」
「先日、休暇の日にユミールさんと食事に行って聞いたのですが、リア様はすべての魔法属性を持っている可能性が高いそうです」
「ほむほむ?」
「ただ、王国で地属性魔法を使える人はほとんどいないので、解説書などがありません」
「じゃあ、あの部屋にあれば……」
「そう。魔力が回復したらリア様も魔法を使って育てられますよ」
「わぁ♪ では調べてみましょう」
やせっぽちラディッシュがまるっと太る日が来るかも知れない。
その日から古書の整理整頓に精を出し、あちこちの棚に散らばった魔法書を少しずつ同じ棚にまとめていった。
ヴィルさんが高笑いしながら抱えていた巨大白菜は、クリーム仕立てのロール白菜になった。
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