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第十二章 重圧

第263話:神薙様ガーデニング

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 ──オルランディアに春が来た。

 エムブラ宮殿には畑があり、庭師の人達が季節のお野菜を育てている。
 散歩のたびに作物の成長を見守っていると、じわじわ興味が湧くものだ。ついにわたしもガーデニングデビューをすることになった。
 春は種まきに最適な季節らしい。まずはプランターを使って初心者向けの簡単なものから育て始めた。

 野菜を自分で作るなんて、なんだか尊いことをしているような気分だった。
 聞くところによれば、『神薙様の恩恵』と呼ばれる現象により、各地で畑は大豊作だとか。
 ならば神薙様自身が育てるお野菜はさぞかし……♪

 期待に胸を膨らませて蒔いた種はラディッシュだ。
 まるまると太った姿を想像しながら水やりに勤しんだ。

 ところが、なぜか神薙様わたしが自ら育てるお野菜は、神薙様の恩恵が得られないというミステリー。
 リア様プランターで収穫されたラディッシュは、どれもヒョロヒョロのガリガリだった。
 栄養一杯の土を入れたし、お日様にも当たっているはずなのに……。
 優しい庭師長は「最初は誰しも失敗しますよ」と励ましてくれた。
 でも、なんだか納得がいかないし悲しい。

 しょぼくれてスコップ片手に土を混ぜ混ぜしているのを、ヴィルさんは微笑みながら見守ってくれていた。「なんでも好きにおやり」といった余裕の表情だ。

 しかし、ほんのり潔癖症かつ過保護を極めたアレンさんは、隣で顔を引きつらせている。
 日傘の下にいてくれ、土の上を歩かないでくれ、スコップなんか持たないでくれ、土に触らないでくれ、ああ頼むからそんなことはやめてくれ、と……毎朝ダメ出しをしてくる。

「きゃっ、ミミズさんがっ」
「だからやめようと言っているでしょう? こういうものにはリア様の大嫌いな虫さんがたくさん寄ってくるのですよ?」
「でもでも、庭師長から防虫用の網をお借りしているので、これをかけておけばお野菜に虫さんがつかないのですよぅ」
「土の中にいる虫さんまでは防げません」
「うう……ミミズさん、すみませんがちょっとお外に出て頂きたいのですが」
「あっ、こら、直接触らないでください! スコップとかでこうして……」
「わぁ♪ アレンさんお上手ですねぇ」
「リア様、手を出してください。浄化しましょう」
「触ってないですよ? それに、さっき浄化したばっかり……」
「バッチイからダメです!」
「んもー」

 大きな日傘の下で、手袋や服に土がつくたびに浄化魔法をかけられる。
 額に汗する土いじり感、まるで無し。
 本当に過保護で困ってしまう。

 わたしは彼をじとっと睨んで「アレンさんが食べているお野菜も、誰かが土だらけになって作っているのですよ?」と言った。
 すると、彼は「うぐっ」と怯む。
 彼も頭では分かっているのだ。

「自分でもやってみなければ、民の大変さも分からないでしょう? 現にこうして超簡単だと言われたお野菜だって期待通りに育たないのですから。自然を相手にお仕事をするのは大変なことなのですよ? わたしは今、すべての農家の皆さんを尊敬していますし、心から感謝しています」

「民の努力は分かっています。しかし、何もあなた自身がそれをやる必要はないでしょう。誰かにやらせて、あなたはそれを見る。それだけで良いのです」
「もおぉ~」

 わたしが収穫したやせっぽちラディッシュを水で洗ってくれていたヴィルさんは、フムゥ……と唸って、そのまま一つかじった。

「お、味は悪くないぞ?」
「本当ですか?」
「リアの白いソースをつけて食べよう。葉も食べられるのだろう?」
「葉っぱは刻んでスープにでも入れてもらいましょうか」
「リアが前に作った発酵豆のスープにも合いそうだ」
「あー、お味噌汁にも良いですねぇ」

「アレンも何か育てたらどうだ? 民の気持ち以前にリアの気持ちが分かって良いのではないか?」
「それはまぁ、構わないですが……」

 ヴィルさんに促されてアレンさんもプランターを持ってきた。
 二人並んで必要なものを混ぜ混ぜして土を作り、種を植える。
 それを見守っていたヴィルさんも次第にソワソワし始めた。

「俺も何かやろうかな。しかし、チマチマしたものは性に合わないから……」

 彼は大胆にも庭師長から畑の一角を借り、丹念に磨き上げられたピカピカの革靴をぽいと放り出すとゴム製の長靴に履き替えた。
 おもむろにくわを掴んでのっしのっしと畑に入り、慣れた手つきで耕していく。土づくりを終えてしばらくすると、彼はいくつかの種をまいた。
 畑仕事のアルバイトをした経験があるとは聞いていたけれども、その手つきは庭師も驚くほど手慣れていた。

 わたしが初心者向けのお野菜で四苦八苦しているのを横目に、アレンさんのハーブはもっさりと葉を増やし、『ヴィルさん農園』では立派な大根が収穫を迎えていた。

 オルランディアの大根は日本のものより短くて先っぽまで太く、ずんぐりとした形をしている。
 しかし、種まきから収穫までが早すぎた。
 何かチート(魔法?)を使っているのかしら。それとも彼は天才農家なの??

 「これで何か異世界料理を作ってもらえないかな」と、彼は大根を片手に言った。

「ヴィルさんが喜びそうな大根のお料理ですか……うーん」

 彼は毎晩必ずお酒を飲むので、おつまみ的なものが良いのだろうか。いつもなら食事中はワインで、食後ならウィスキーのような茶色いお酒を飲んでいる気がする。
 どちらも大根っていう感じじゃない……。

「あ、そう言えば、先日、ターロン市場で濁酒どぶろくを買っていましたよね?」
「コメの酒のことか? うん、ただ何と一緒に飲むべきか分からなくて、まだ開けていない」
「あれなら大根はありですねぇ」

 ヴィルさんが「多足」と呼んでいるイカと一緒に「イカ大根」にしても良いけれども……
 春先とは言えまだ寒いし『おでん』なんてどうでしょうか? 単にわたしが食べたいだけですけれども♪
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