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第十一章 婚約発表
第259話:ヴィルさんの反撃
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陛下と顔を見合わせてニコニコしていると、ヴィルさんは話を続けた。
「つまり、貴様の娘がしたことは王家に対する不敬であり謀反と何ら変わりない。我々はそう認識しているが何か言いたいことはあるか」
「お待ち下さい! 我々に謀反の意志など微塵も……微塵もございません! ましてやこれが原因で娘の縁談が白紙になるようなことでもないはずです! 娘に悪意はございません!」
いやいやお父様、突き飛ばしたり悪口言ったり、悪意たっぷりですけれども?
「娘の縁談が流れたのは必然であろう」
「いや、しかし!」
「舞踏会での不敬および醜悪な態度は一晩でたちまち噂になった。誰もこのような愚かで可愛げのない女と婚姻など結びたくはないからな」
「私の娘を侮辱されるのですか!」
「王甥である私を『夫候補』呼ばわりして侮辱し、私の婚約者である神薙を大衆の前で『淫乱・淫獣』呼ばわりして侮辱したのは貴様らであろう」
「それは娘が勝手に……!」
「貴様が育てた娘ではないのか?」
「そ、それは……」
「よくも私をこんな女の『夫候補』などと言ってくれたものだ。私はこういう女が一番嫌いだ。見ているだけで吐き気がする」
「お待ち下さい。それには誤解があるはずです!」
「すでに娘のことは調べ上げてある。誤解など一つもない」
「しかし……」
「証拠と証人も大勢いる。あとは牢に入れて裁くだけだ」
「ヒッ……そ、それだけはっ!」
「神薙を突き飛ばした時点でその女は終わっている」
「それも何かの間違いです!」
「禿げ上がった頭をペコペコ下げて侯爵家に顔を売っていたようだが、今回の振る舞いが原因で縁談を持ち掛ける物好きは誰一人としていなくなるだろう。我々としても、こんなのが侯爵夫人になるようでは困る。ここで発覚してちょうど良かった」
「いや、ですから、ですからお詫びを……」
「娘は先程から神薙を睨みつけていて詫びてなどいない」
「か、代わりに私めが!」
「要らん。それでは意味がない。貴様は今それどころではないだろう。王にその忠誠心を疑われているのだからな」
「わ、わたくしめに謀反の気持ちなど有り得ませんっっ!」
「では、なぜ神薙の言葉を遮った」
「え……」
「彼女にはもう貴様と話す気がない。つまり、貴様はここで許される機会を自ら手放した。神薙の言葉を遮るなど言語道断! 周りの誰が許そうと、貴様ら親子は私が許さない。貴様らは親子揃って崖っぷちだ」
令嬢が声を上げて泣き始めた。
その子どものような泣きっぷりに、わたしはまたもやポカンと口を開けることになった。
彼女としては失恋した(?)ということになるのだろうし、いくら泣いても雨が降らないからどこで泣こうと自由なのだけれども、できればこの部屋を出るまで我慢したほうが良かったと思う。
アレンさんがメガネの位置を直しながら、ため息をついた。
彼女はある意味とても素直な人だ。
父親の言うことを丸ごと信じ、母親が薦める服を着て、イエスしか言わない人間に囲まれて生きているのだろう。
一人でも本気で彼女を叱り、ノーと言ってくれる人がいたなら、また違う人生があったのかも知れない。
正しいと信じていた父親は陛下から疑われている。母親の真似をしていたら想い人から吐きそうだとまで言われてしまった。これからこの人はどうなってしまうのだろうか。
普通にしていたら、きっと綺麗なご令嬢だっただろうに……なんだか哀れだ。
父親のほうはヴィルさんの言葉がよほど予想外だったらしい。
陛下の前で醜態を晒す娘を放ったらかしにして、ただ呆然と立っていた。
「やれやれ、話にならんな」
陛下が舌打ちしてパッパと手を払った。
「エルデン、お前の一族は許可するまで王宮に上がるな」
「は……、え……? い、今、なんと?」
王宮へ来ることは、貴族にとって『出社』に近い意味合いがある。
普段はリモートワークとか支店勤務で、たまに行く東京の本社オフィスが王宮。そんな感じだ。
日本の会社の入口にセキュリティーゲートがあるように、王宮も誰彼かまわず入れるわけではない。なぜなら、ここは陛下の住まいでもあるからだ。
ここに「来るな」と言われることは、出勤停止処分と同じ。一時的な謹慎で済めば良いけれども、貴族をクビになるかも知れない。つまり、平民に落とすかどうかを検討しますよ、という意味合いがあった。
ナントカ伯は目を点にして聞き返していたけれども、陛下はそれを無視してヴィルさんと話していた。
「エルデン領の一部を管理しろと言ったらできるか?」
「ええ、何ら問題ありません。ここから近いですしね」
領地の召し上げだ……。
貴族が持っている土地は、もともと陛下のもの。
忠誠心と信頼関係によって土地と民の管理を任され、そこで発生する利益を得るのが領主だ。
その信頼関係にヒビが入れば当然のごとく陛下は領地を取り上げる。
「ストルム川を境にエルデン領を南北に分割することを検討する。数か月間、様子を見てやろう。貴様らの過去の行いについても調べる。その結果によっては、王都に近い南側をランドルフ領とする」
ナントカ伯は飛び上がった。
「お、お待ちください! それでは我が領は三割ほどになってしまいます!」
「黙れ。誰が意見をして良いと言った。娘が死罪を免れたばかりか貴様にも猶予があるのは、ここにいる神薙の慈悲によるものだ。私の『娘』に感謝しろ」
一蹴すると、陛下はヴィルさんに「こやつの息子は騎士だったな」と尋ねた。
ヴィルさんは頷くと、「第八騎士団に長男、第九騎士団に三男がいます」と言った。
「騎士科卒か?」
「ええ」
「怪しいものだな」
「卒業時の成績は平均ギリギリとのことです」
「二人とも適性試験と入団試験を再受験させよ。適性に疑問がある場合、または試験の正答率九割を超えぬ場合は即時除名とする。公平性および公正性を保つため、試験の立ち合いは第三騎士団の幹部とする。それから参考情報として、そやつらと同学年の者を二名ずつ各騎士団から選び、同時に受験させろ」
「分かりました」
ナントカ伯はドタバタと足音を立てて陛下に近づこうとした。しかし、そのせいで近衛騎士団員に止められ、後ろ手に拘束されて床に膝をつかされた。
「陛下! 跡取りだけはどうか、どうかご勘弁を!」
「どうした。貴様は息子の合格を確信できぬのか」
「そ、そういう、わけでは……」
「騎士として真面目に勤めている者が今さら試験に受からないということは有り得ん」
「それは、そう……なのでしょうが」
「入団試験で何か不正でもやらかして入ったのか?」
「いいえ! そ、そのような、ことは……」
「『真実の宝珠』の前で誓えるか?」
「わ、わたくしは陛下に忠誠を誓う下僕でございますっ!」
「答えになっていないな。ヴィル、二人の息子の試験官を担当した者を尋問せよ。『真実の宝珠』を使え」
「分かりました」
「陛下! お待ちください!」
「慌てれば慌てるだけ逆効果だぞ、エルデン」
「わたくしの忠誠心をお疑いなのですか!」
「子を育てる能のない者に世襲できる広大な土地を持たせ、まともではない可能性のある息子を懐に置く王は愚かだと思わぬか?」
「息子は無関係にございます!」
「貴様の息子であり、このバカ娘の兄である時点で十分に関係がある。神薙が娘を捕らえなかったおかげで貴様のことがよぉーく分かった。ここで文句を言う暇があるのなら、信頼を得るための努力をせよ!」
令嬢がずっと泣きじゃくっていたため、陛下は「やかましいッ!」と一喝して令嬢三人も部屋から追い出した。
「あ、あ、明日の、領主会議は……」
「お前など必要ない。普段から何の役にも立っていないだろう」
「し、しかし、明日は議長のお役目の当番であり……」
「そんなものはウチの甥が寝転がって居眠りしながらでもできる。お前は出来の悪い子どもと向き合いながら領地管理に励め。たまには民と共に汗して働いてみてはどうだ」
陛下はヴィルさんに「明日、適当に頼む」と声を掛けた。
「ええ。適当にやっておきます」とヴィルさんは答えた。
取り巻きの二家族に対しても世襲できない男爵への降格を検討することが言い渡され、同じように王宮への立ち入りが禁じられた。
令嬢が嫉妬に駆られて神薙に不敬を働いたことは単なるきっかけでしかなく、当主が陛下から忠誠心を問われる事態になっていた。
ヴィルさんは言いたいことが言えたのか、少しスッキリした顔をしていた。
「つまり、貴様の娘がしたことは王家に対する不敬であり謀反と何ら変わりない。我々はそう認識しているが何か言いたいことはあるか」
「お待ち下さい! 我々に謀反の意志など微塵も……微塵もございません! ましてやこれが原因で娘の縁談が白紙になるようなことでもないはずです! 娘に悪意はございません!」
いやいやお父様、突き飛ばしたり悪口言ったり、悪意たっぷりですけれども?
「娘の縁談が流れたのは必然であろう」
「いや、しかし!」
「舞踏会での不敬および醜悪な態度は一晩でたちまち噂になった。誰もこのような愚かで可愛げのない女と婚姻など結びたくはないからな」
「私の娘を侮辱されるのですか!」
「王甥である私を『夫候補』呼ばわりして侮辱し、私の婚約者である神薙を大衆の前で『淫乱・淫獣』呼ばわりして侮辱したのは貴様らであろう」
「それは娘が勝手に……!」
「貴様が育てた娘ではないのか?」
「そ、それは……」
「よくも私をこんな女の『夫候補』などと言ってくれたものだ。私はこういう女が一番嫌いだ。見ているだけで吐き気がする」
「お待ち下さい。それには誤解があるはずです!」
「すでに娘のことは調べ上げてある。誤解など一つもない」
「しかし……」
「証拠と証人も大勢いる。あとは牢に入れて裁くだけだ」
「ヒッ……そ、それだけはっ!」
「神薙を突き飛ばした時点でその女は終わっている」
「それも何かの間違いです!」
「禿げ上がった頭をペコペコ下げて侯爵家に顔を売っていたようだが、今回の振る舞いが原因で縁談を持ち掛ける物好きは誰一人としていなくなるだろう。我々としても、こんなのが侯爵夫人になるようでは困る。ここで発覚してちょうど良かった」
「いや、ですから、ですからお詫びを……」
「娘は先程から神薙を睨みつけていて詫びてなどいない」
「か、代わりに私めが!」
「要らん。それでは意味がない。貴様は今それどころではないだろう。王にその忠誠心を疑われているのだからな」
「わ、わたくしめに謀反の気持ちなど有り得ませんっっ!」
「では、なぜ神薙の言葉を遮った」
「え……」
「彼女にはもう貴様と話す気がない。つまり、貴様はここで許される機会を自ら手放した。神薙の言葉を遮るなど言語道断! 周りの誰が許そうと、貴様ら親子は私が許さない。貴様らは親子揃って崖っぷちだ」
令嬢が声を上げて泣き始めた。
その子どものような泣きっぷりに、わたしはまたもやポカンと口を開けることになった。
彼女としては失恋した(?)ということになるのだろうし、いくら泣いても雨が降らないからどこで泣こうと自由なのだけれども、できればこの部屋を出るまで我慢したほうが良かったと思う。
アレンさんがメガネの位置を直しながら、ため息をついた。
彼女はある意味とても素直な人だ。
父親の言うことを丸ごと信じ、母親が薦める服を着て、イエスしか言わない人間に囲まれて生きているのだろう。
一人でも本気で彼女を叱り、ノーと言ってくれる人がいたなら、また違う人生があったのかも知れない。
正しいと信じていた父親は陛下から疑われている。母親の真似をしていたら想い人から吐きそうだとまで言われてしまった。これからこの人はどうなってしまうのだろうか。
普通にしていたら、きっと綺麗なご令嬢だっただろうに……なんだか哀れだ。
父親のほうはヴィルさんの言葉がよほど予想外だったらしい。
陛下の前で醜態を晒す娘を放ったらかしにして、ただ呆然と立っていた。
「やれやれ、話にならんな」
陛下が舌打ちしてパッパと手を払った。
「エルデン、お前の一族は許可するまで王宮に上がるな」
「は……、え……? い、今、なんと?」
王宮へ来ることは、貴族にとって『出社』に近い意味合いがある。
普段はリモートワークとか支店勤務で、たまに行く東京の本社オフィスが王宮。そんな感じだ。
日本の会社の入口にセキュリティーゲートがあるように、王宮も誰彼かまわず入れるわけではない。なぜなら、ここは陛下の住まいでもあるからだ。
ここに「来るな」と言われることは、出勤停止処分と同じ。一時的な謹慎で済めば良いけれども、貴族をクビになるかも知れない。つまり、平民に落とすかどうかを検討しますよ、という意味合いがあった。
ナントカ伯は目を点にして聞き返していたけれども、陛下はそれを無視してヴィルさんと話していた。
「エルデン領の一部を管理しろと言ったらできるか?」
「ええ、何ら問題ありません。ここから近いですしね」
領地の召し上げだ……。
貴族が持っている土地は、もともと陛下のもの。
忠誠心と信頼関係によって土地と民の管理を任され、そこで発生する利益を得るのが領主だ。
その信頼関係にヒビが入れば当然のごとく陛下は領地を取り上げる。
「ストルム川を境にエルデン領を南北に分割することを検討する。数か月間、様子を見てやろう。貴様らの過去の行いについても調べる。その結果によっては、王都に近い南側をランドルフ領とする」
ナントカ伯は飛び上がった。
「お、お待ちください! それでは我が領は三割ほどになってしまいます!」
「黙れ。誰が意見をして良いと言った。娘が死罪を免れたばかりか貴様にも猶予があるのは、ここにいる神薙の慈悲によるものだ。私の『娘』に感謝しろ」
一蹴すると、陛下はヴィルさんに「こやつの息子は騎士だったな」と尋ねた。
ヴィルさんは頷くと、「第八騎士団に長男、第九騎士団に三男がいます」と言った。
「騎士科卒か?」
「ええ」
「怪しいものだな」
「卒業時の成績は平均ギリギリとのことです」
「二人とも適性試験と入団試験を再受験させよ。適性に疑問がある場合、または試験の正答率九割を超えぬ場合は即時除名とする。公平性および公正性を保つため、試験の立ち合いは第三騎士団の幹部とする。それから参考情報として、そやつらと同学年の者を二名ずつ各騎士団から選び、同時に受験させろ」
「分かりました」
ナントカ伯はドタバタと足音を立てて陛下に近づこうとした。しかし、そのせいで近衛騎士団員に止められ、後ろ手に拘束されて床に膝をつかされた。
「陛下! 跡取りだけはどうか、どうかご勘弁を!」
「どうした。貴様は息子の合格を確信できぬのか」
「そ、そういう、わけでは……」
「騎士として真面目に勤めている者が今さら試験に受からないということは有り得ん」
「それは、そう……なのでしょうが」
「入団試験で何か不正でもやらかして入ったのか?」
「いいえ! そ、そのような、ことは……」
「『真実の宝珠』の前で誓えるか?」
「わ、わたくしは陛下に忠誠を誓う下僕でございますっ!」
「答えになっていないな。ヴィル、二人の息子の試験官を担当した者を尋問せよ。『真実の宝珠』を使え」
「分かりました」
「陛下! お待ちください!」
「慌てれば慌てるだけ逆効果だぞ、エルデン」
「わたくしの忠誠心をお疑いなのですか!」
「子を育てる能のない者に世襲できる広大な土地を持たせ、まともではない可能性のある息子を懐に置く王は愚かだと思わぬか?」
「息子は無関係にございます!」
「貴様の息子であり、このバカ娘の兄である時点で十分に関係がある。神薙が娘を捕らえなかったおかげで貴様のことがよぉーく分かった。ここで文句を言う暇があるのなら、信頼を得るための努力をせよ!」
令嬢がずっと泣きじゃくっていたため、陛下は「やかましいッ!」と一喝して令嬢三人も部屋から追い出した。
「あ、あ、明日の、領主会議は……」
「お前など必要ない。普段から何の役にも立っていないだろう」
「し、しかし、明日は議長のお役目の当番であり……」
「そんなものはウチの甥が寝転がって居眠りしながらでもできる。お前は出来の悪い子どもと向き合いながら領地管理に励め。たまには民と共に汗して働いてみてはどうだ」
陛下はヴィルさんに「明日、適当に頼む」と声を掛けた。
「ええ。適当にやっておきます」とヴィルさんは答えた。
取り巻きの二家族に対しても世襲できない男爵への降格を検討することが言い渡され、同じように王宮への立ち入りが禁じられた。
令嬢が嫉妬に駆られて神薙に不敬を働いたことは単なるきっかけでしかなく、当主が陛下から忠誠心を問われる事態になっていた。
ヴィルさんは言いたいことが言えたのか、少しスッキリした顔をしていた。
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