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第十一章 婚約発表

第251話:実は色々やられていたようで

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 ほどなくして、問題の貴族令嬢三名様がパウダールームから出てきた。そして外の様子を見た途端、驚いた表情で足を止めた。

「捕らえろ」

 ヴィルさんは恐ろしいほど静かに指示を出した。

 瞬く間に拘束された令嬢たちは、ガタガタ震えながら泣き始めた。
 そんな風になるくらいなら、大声で陰口を言わなければ良いのに。そもそも見えない場所でコソコソと小声で言うから「陰口」というのにねぇ……。

「威勢の良いご令嬢がた、名前を伺おう」

 表情筋がやられたままのヴィルさんがジェントルに訊ねた。その丁寧さが逆に怖い。

「答えよ!」

 震え上がって答えられない令嬢達に、彼は上からガツンと言った。

 一番声の大きな令嬢は、エルデン伯令嬢というらしい。
 他の二人はそれよりも身分が低く、雰囲気的にもただの取り巻きのようだった。

 「お前はいつぞやリアを突き飛ばした女だな」と、ヴィルさんは言った。

 わたしはハッとした。
 その令嬢とは初対面ではなかったのだ。
 ヴィルさんと初めてデートをした日、ブティックでわたしを突き飛ばした「般若のお面」だ。
 すごい顔をしていたので言われなければ分からなかったけれども、よくよく見てみるとこんな感じの人だったかも知れない。

 なるほどぉ。
 ということは、あれは嫉妬だったのですねぇ?
 あの時はヴィルさんとデートをしていたわたしが気に食わなくて突き飛ばした。そして、今回は婚約したことが気に食わない。
 神薙批判をしたいというより、ヴィルさんの相手がたまたま神薙だったから悪く言って騒いでいたのですねぇ。

 気持ちは分かるけれども、ちょっと感情に任せ過ぎだ。
 色々ともう少し冷静に考えて頂いたほうが良いと思う。
 だって、彼女が突き飛ばした結果、わたし達は余計に接近してしまって婚約までたどり着いてしまったのだもの。
 意識し合っている男女にそんなことをしたら逆効果だし、今回もカーテン一枚しか隔たりのない部屋だから大声で言うのはマズイと分かったはずなのに。

 ヴィルさんは依然として令嬢を睨みつけていた。

「私がヒト族の貴族令嬢と婚姻を結ぶという妙な噂を流したのもお前だと調べがついている。証拠もあり、証人もいる。おかげで訂正にえらく手間をかけさせられた」

 あらららら。
 次々出てきちゃって……。

 あのポルト・デリングで広まっていた噂の出どころも彼女らしい。知らないうちに知らないところで、随分と意地悪をされていたものだ。

 あの噂は効きましたねぇ。
 シンドリ先生の破滅的に美味しくないお薬をたくさん飲む羽目になりましたから。

「先程の会話はすべて聞かせて貰った。証人がこれだけ大勢いる中で神薙への不敬、第一騎士団長として看過できん。まして、私の貞淑な婚約者を淫獣呼ばわりとは何事か。当然、死罪は覚悟の上だろうな」

 ヴィルさんの声は冷たく、額に青筋が立っていた。こんなに怒っている彼を見るのは初めてだ。

「ち、ちがいます、ランドルフ様! わたくしではなく、あの者が言ったのです!」

 令嬢は背後にあるパウダールームのほうを、確認もせず当てずっぽうのようにズバッと指差した。
 その先に目をやると、出てきたばかりのマリンがいた。
 この歴史的大暴投に、わたしの周囲からは失笑が漏れ出した。

 物を考える習慣がないのか、それとも怖いもの知らずなのか。
 きっと彼女の前前前世はジャングルの王者だ。強者すぎて誰もついていけない。
 素直に謝ればいくらでも状況は良くなるはずなのに、彼女はヴィルさんの激怒スイッチを連打しながらギロチン・ロードを走っていた。

「あらっ? 第一騎士団の皆さん? では、まさか、リア様もそちらに? まあ、ジェラーニ副団長様、お久しぶりです」

 マリンの声に応えるように、わたしの前にいたフィデルさんと隊長さんが少し左右に避けてくれた。
 彼女はハッとして、小走りでこちらへ近づいてくる。

「マリン、ごめんなさい。わたしのために」
「リア様! リアさまぁ……!」

 誰よりも陽気でムードメーカーだった彼女は、ぽろぽろと涙を流した。

「マリン、ありがとう。会いたかった……」

 フリガ、イルサ、マリンとわたし、久々に四人で集まれた喜びも相まって、皆で抱き合った。
 はあぁぁぁ、ヤバい、ヤバいです。泣いちゃいそう。

「彼女は神薙の侍女だった者だ。家の事情で王都を離れたが、王から賜った『神薙の女官』の称号は持ったまま。それを子爵令嬢と小馬鹿にしたばかりか陥れようとは……称号を与えた王を侮辱したも同然。貴族として恥ずべき行いだ」

 ヴィルさんの静かな怒りの前に、令嬢はさらにガタガタと震えていた。

「ちょ、ちょっと失礼……すみません、妻を探しておりまして……」

 人だかりの一角がホロリと崩れ、若い男性が人を押しのけながら現れた。

「マリン! あっ、神薙様? やややっ、皆様! こ、これは一体、何事でございますか? 私の婚約者が何か? マリン、泣いているのか? 何があった!」

 マリンの婚約者サムエルさんだ。
 お化粧直しに行った彼女がなかなか戻らないので探しにきたらこの騒ぎで驚いたと言う。

「サムエルさん、ご心配をおかけしてすみません。わたしのことを悪く言う人達に、マリンがひとりで立ち向かって庇ってくれたのです」
「ああ、マリン……さすが私の妻だ」

 婚約者にしっかりと抱かれ、たくさん褒められてマリンは幸せそうだった。
 可愛くてお似合いの二人だ。
 サムエルさんと軽く雑談を交わし、二人の結婚式の日取りが決まったことを知った。

 さて、無事マリンとも会えたことだし「そろそろ移動を」と言いたいところだけれども、依然として衆人環視の中で三人の令嬢は拘束されていたし、ヴィルさんはブチ切れている。
 これをなんとかしなくては……。


 三人の令嬢はグズグズと泣いていた。
 言い逃れをしようとはするものの、怯えているだけで反省も謝罪もしない。

 一番声の大きな伯家の令嬢を見ているとモヤモヤした。
 彼女のド派手な金髪ツインテールは、内巻き一辺倒のギチギチ縦巻き。そこにでっかい花飾りが二つ盛られている。
 肩がむき出しになるほど開いたデコルテには、大きな宝石が数珠つなぎになったネックレスが巻きついており、コルセットで絞り出したお胸は不自然に潰れていた。

 太いワイヤーで真横に広げた真っ赤なドレスは、まるで工事現場の三角コーンか、焼鳥屋の大将が使っている大きなうちわだ。
 通行人を止めるのには役立ちそうだけれども、一体どうやってダンスを踊るのだろう。
 彼女がターンでくるりと回るたび、男性は衝突を回避するため必要以上に距離を取らなくてはならない。
 踊っていなかったとしても、彼女が動くたび隣に立つ男性に固いワイヤーが当たるだろう。
 デンジャラスな厚底ヒールもスゴイ。
 あんな靴で踊れるのだろうか。わたしだったら最初のターンでグキッとなりそうだ。アレンさんがぶっ飛んできて抱っこされて退場……というオチが履く前から想像できてしまう。
 ファッション雑誌にこの手のドレスや靴は載っていなかったけれども、会場にはこういう人が他にもいたので、何か隠れた流行りなのかも知れない。

 手の込んだ嫌がらせまで仕込むほどヴィルさんを取られたくなかったわりに、この三角コーンもとい伯爵令嬢は、彼の好みを知らないし、彼の隣に立つ気がなさそうな格好をしていた。
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