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10-3 POV:アレン

第215話:白い女の正体

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 ──目が覚めた。

 妙に視界がスッキリしていた。
 モソモソと起き上がる。

「……ッ」

 腰が痛い。
 腰どころか関節という関節がすべて痛いことに気づいた。
 しかし、高熱でうなされていたときの痛みとは少し違う。
 熱がだいぶ下がっているような気がしたし、ひどい頭痛も消えていた。

 習慣的に浄化魔法を使った。
 声はかすれていたが問題なく機能した。
 自力で起き上がったのは久々だった。
 浄化の光に包まれながら、何年かぶりに魔法を使ったような気分になっていた。

 誰かが扉をノックした。
 返事をすると白い女が入ってきて「アレンさん、おはようございます」と言った。
 まともに目が開いた状態で白い女を見たのは初めてだった。

「起きられましたか。だいぶ顔色が良いですねぇ」
「あ、ああ……」

 初めてまともに見る白い女は思っていたとおり、もとい思っていた以上に異様な出で立ちだった。
 白いノペッとした服は女性用の割烹服だ。
 飲食店などで働く労働階級の女性が良く着ているもので、形状だけなら「ドレス」と呼べないことはない。
 エプロンと同様、服を汚さないために使われているものだが、体を覆う範囲が圧倒的に広かった。
 丈夫で洗濯にも強そうだ。少しダボッとしているので、おそらくは動きやすくもあるのだろう。
 割烹ドレスの裾からピンクのドレスがわずかに見えていた。

 髪から首まで真っ白な布で覆い、目だけを出している。
 これこそが白い女を白い女たらしめる異様な様相だ。
 感染対策なのは一目見て分かったが、これでは古代のミイラと間違えられること必至だ。生きたまま王立博物館に売られるのではないかと心配になる。

 白い女は小脇に雑誌のようなものを抱えていた。
 そして、「今日も良いお天気ですよ」と言った。
 喜ばしいことだ。
 それは今日も神薙が幸福であることの証。
 彼女の幸せは俺の生き甲斐だ。

 白い女は機嫌が良さそうだった。
 鼻歌を歌いながら換気のために窓を開け、俺の前にテーブルを置いた。
 そして、隣の部屋から不思議な味の水を持ってきてグラスに注ぐ。

「しっかり水分補給しましょうねぇ」
「ああ……ありがとう」

 外から新鮮な風が入ってきて頬を撫でた。
 庭の木々の匂いがする。
 かすかに人の声が聞こえた。
 他にも誰かいるのかと白い女に尋ねたかったが、彼女はもう部屋にいなかった。

 ゆっくりと不思議な水を飲みながら、外から入ってくる空気を味わった。
 いつものエムブラ宮殿の匂いがする。

 白い女が戻ってきて、俺の背中に枕を当てて寄りかかれるようにした。
 そして「これはもう要らないですねぇ」と言い、いつも両脇に置いてくれていた転倒防止用のクッションを隣の部屋へ運んでいく。

 戻ってくるとき、彼女は食事を乗せたトレイを持っていた。
 バターとミルクの良い香りが漂ってくる。
 有り難い。実は腹が減って目が覚めたのだ。

 死の病にかかると、他の者は運び出せるだけの家財を持って家から出ていく。
 経済的に余裕があれば、死ぬまでの面倒を見る人間を雇う。しかし、金だけ取られて逃げられることが多いと聞いた。
 俺が何日こうして寝込んでいるかは分からないが、白い女は一日に何度も来て付き添ってくれていた。
 死にゆく俺の残りわずかな尊厳は、白い女ただ一人によって守られている。
 俺は白い女に心から感謝していた。

 しかし、白い女よ……
 俺はお前に一つ聞きたいことがある。
 先程から口ずさんでいるその歌は一体何語だ?
 俺は外国語がそこそこ得意だが、お前の歌は今までに一度も聞いたことがない言語だ。
 よくよく思い返してみると、お前には訛りがある。しかも、俺の良く知る非常に珍しい訛りだ。

 おい、こっちを向け、白い女。
 お前……お前はもしや……

 俺がじっと覗き込んでいると、白い女はこちらを見て目を細めた。
 顔が白い布で覆われているせいで目しか見えないが、どうやら白い女は微笑んでいるようだ。

 白い女は、ぱっちりとした茶色の瞳をしていた。
 睫毛が長い。
 見覚えがある。
 いいや、毎日見ているその瞳を俺が見間違えるわけがない。
 俺がメガネを外すと目を合わせなくなり、ちょっとズレたところに焦点を合わせてこちらを見る困った瞳だ。

 ……どういうことだ。

 ちょっと、誰か人を呼んでもらえないか。
 誰でもいい、この状況を説明してくれ。
 ちゃんと俺に分かるように説明しろ。
 そして、頼むから嘘だと言ってくれ。

「リ……リア……様……」
「はぁーい」

 誰か助けてくれ。
 もう意味が分からないし、どこからツッコんだらいいのかも分からない。
 一番ここにいてはいけない人が、異様な恰好をしてここにいる。
 そればかりか、王と同等の権力を有する彼女が、まるで下女のように俺の面倒を見ている……。
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