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10-2 POV:リア
第205話:死の病の正体
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「人体の外でも自力で増殖するが、体内に入ってからはその速度が上がる」と書いてある。
自力で増殖するのなら、ミストさんの言うとおり菌で間違いない。人間の体温くらいの温度と湿度が好きなのだろう。
「ヘルグリン菌と書いてありますね」
本を指差すと、ミストさんが頷いた。
感染経路は飛沫感染と接触感染。
しかし、服や皮膚に付いただけでは感染しない。
風邪と同じで手指衛生とうがいを徹底すれば感染を拡大させずに済むようだ。
「強い酒と熱湯で死滅。酢も多少効果が見られるが、酢だけでの殺菌はあまり現実的ではない……ふむふむ、なるほど」
実験に使われたお湯の温度、お酒とお酢の種類、そして濃度などが詳細に記されていた。
これはすぐにでも使える。
「熱湯なら浸して一分、消毒用アルコール液を作るなら濃度は六十パーセントですね……。ちなみに、ここで手に入れられるお酒で最も度数の高いものは何度でしょうか?」
「九十度ですね。火酒と呼ばれていますが」と、執事長が言った。
「在庫はありますか?」
「バーに一本ないしは二本置いてあるはずです」
「取り急ぎある分を厨房の手前にあるお部屋へ運んでおいて頂けますか?」
「承知しました」
消毒用アルコールはすぐに作れそうだ。
「あと気をつける点は……と」
罹患した人が亡くなっていくまでの記録を恐る恐る読んでみると、そこには著者が調べた様々な実例が載っていた。
この著者が研究している範囲では、高熱で寝込むのがメインで、容体が急変して突然亡くなるような例はないようだ。
読み始めて思ったことは、「想像していた死の病とだいぶ違う」ということ。
ざっくり要約すれば、人が亡くなっている直接的な原因は、菌ではなく『見殺し』だった。
「これ、本当に死の病なのですか……?」と思わず呟いた。
ミストさんがずずいと身を乗り出す。
「この部分を読んでいると、なんだか人災みたいな感じなのですけれども??」
「助かるのでしょうか」
患者は高熱と胃腸の不調により体力を削られていく。
そこに世話をする人間が逃げるという悲劇が加わり、乾きと飢えで衰弱死している。
いくつもの実例が紹介されているけれども、違うのは状況と途中までの過程だけで、最終的には人が逃げて看病を放棄したことが死のトリガーを引いていた。
家族同然のアレンさんをこんなふうにすることは有り得ない。
「あ、ほら見てください。この方なんて回復していますよ?」
「完治と書いてありますね!」
周りの皆もグイグイと近づいてきた。
幸運にも看病を受け続けられた患者の例が載っていて、患者本人はきちんと回復していた。
妻が甲斐甲斐しく夫の看病をしており、食事などを丁寧に日記帳に記録していたようだ。その一部が掲載されていた。
メニューを一つ一つ確認してゆく。
「ミストさん見てください、ここ」
「細かく切った野菜のスープ、油を入れないパン……」
「今、まさに厨房で作っているようなお食事ですよぉ」
料理長がグッと拳を握った。
俺たちは正しい。俺たちは正義だ。
そんな雰囲気だった。
ところが、その例では看病をしていた妻が感染して亡くなっていた。
看病は適切だったけれども感染対策が万全ではなかったようだ。
病み上がりの夫には妻のように適切な看病ができず、周りの勧めに応じて逃げた。
この例は世間に「看病をすると死ぬ」というインパクトを与えてしまい、患者が回復したことが正しく認知されなかった、と書いてあった。
天井を仰いでため息をついた。
毎度毎度思うことだけれども、本当に、本当に、なんて世界に来てしまったのだろう。
一体誰が家族を置いて逃げろなどと言ったのか。
この理解不能で非情な謎ルールを解明するヒントは、ヘルグリン病が初めて国内で確認されたときのエピソードに隠れていた。
最初にこの病が確認されたのは西北にある小さな領地らしい。
高齢者が次々と感染したため、未知の病を治療するために隣町から治癒師が出向いたそうだ。
しかし、治せなかったばかりか町に戻った治癒師本人が病に感染していることが判明し、その治癒師を介して町にも感染者が広がる騒ぎに発展した。
さらに町から町へと移動する商人を介して領内の他の町にも感染は拡大してゆく。高齢者だけでなく若い世代にも広がり、治癒師にそっぽを向かれて皆ひどく衰弱した。
数人の死者が出ると、高齢だった領主は恐れをなして自領から逃げ出し、王都へ避難してしまった。
この領主がヘルグリン病から最初に逃げた人物だ。
病と共に恐怖が広がり、領民たちは自分の家族に感染者が出ると領主に倣って逃げ出した。
その際、周りに感染が拡大しないよう家の窓とドアに木の板などを打ち付け、患者が外に出られないようにしたというからおぞましい。
最初に感染が確認された村からは人がいなくなり、ゴーストヴィレッジになった。
その噂は瞬く間に他の領地へも広まることになる。
同じ病が発生すると皆が同じように逃げた。
そのまま時が経過し、現在に至るというわけだ。
ちなみに、最初に逃げた領主様はそのまま領地には戻らず、王都で暮らし続けて老衰で大往生したらしい。
「死の病」という言葉ばかりが先走り、本来助かる人が死亡していると著者は憤っている。
患者を監禁して見殺しにすることで感染拡大を免れているに過ぎず、このやり方では何百年経とうと何一つ進歩しない。
だから逃げないで欲しい。病気と向き合ってもらいたい。
ヘルグリン病は死の病ではない。人が人を殺しているだけだ。
そう記してあった。
この著者は「天人族のくせに魔法で対処する方法を探さず、時間を無駄にしている」と批判され、変人のレッテルを貼られている。
本はちっとも売れていない。
わたしは再び天井を仰いだ。
もう、これだから異世界って……(涙)
自力で増殖するのなら、ミストさんの言うとおり菌で間違いない。人間の体温くらいの温度と湿度が好きなのだろう。
「ヘルグリン菌と書いてありますね」
本を指差すと、ミストさんが頷いた。
感染経路は飛沫感染と接触感染。
しかし、服や皮膚に付いただけでは感染しない。
風邪と同じで手指衛生とうがいを徹底すれば感染を拡大させずに済むようだ。
「強い酒と熱湯で死滅。酢も多少効果が見られるが、酢だけでの殺菌はあまり現実的ではない……ふむふむ、なるほど」
実験に使われたお湯の温度、お酒とお酢の種類、そして濃度などが詳細に記されていた。
これはすぐにでも使える。
「熱湯なら浸して一分、消毒用アルコール液を作るなら濃度は六十パーセントですね……。ちなみに、ここで手に入れられるお酒で最も度数の高いものは何度でしょうか?」
「九十度ですね。火酒と呼ばれていますが」と、執事長が言った。
「在庫はありますか?」
「バーに一本ないしは二本置いてあるはずです」
「取り急ぎある分を厨房の手前にあるお部屋へ運んでおいて頂けますか?」
「承知しました」
消毒用アルコールはすぐに作れそうだ。
「あと気をつける点は……と」
罹患した人が亡くなっていくまでの記録を恐る恐る読んでみると、そこには著者が調べた様々な実例が載っていた。
この著者が研究している範囲では、高熱で寝込むのがメインで、容体が急変して突然亡くなるような例はないようだ。
読み始めて思ったことは、「想像していた死の病とだいぶ違う」ということ。
ざっくり要約すれば、人が亡くなっている直接的な原因は、菌ではなく『見殺し』だった。
「これ、本当に死の病なのですか……?」と思わず呟いた。
ミストさんがずずいと身を乗り出す。
「この部分を読んでいると、なんだか人災みたいな感じなのですけれども??」
「助かるのでしょうか」
患者は高熱と胃腸の不調により体力を削られていく。
そこに世話をする人間が逃げるという悲劇が加わり、乾きと飢えで衰弱死している。
いくつもの実例が紹介されているけれども、違うのは状況と途中までの過程だけで、最終的には人が逃げて看病を放棄したことが死のトリガーを引いていた。
家族同然のアレンさんをこんなふうにすることは有り得ない。
「あ、ほら見てください。この方なんて回復していますよ?」
「完治と書いてありますね!」
周りの皆もグイグイと近づいてきた。
幸運にも看病を受け続けられた患者の例が載っていて、患者本人はきちんと回復していた。
妻が甲斐甲斐しく夫の看病をしており、食事などを丁寧に日記帳に記録していたようだ。その一部が掲載されていた。
メニューを一つ一つ確認してゆく。
「ミストさん見てください、ここ」
「細かく切った野菜のスープ、油を入れないパン……」
「今、まさに厨房で作っているようなお食事ですよぉ」
料理長がグッと拳を握った。
俺たちは正しい。俺たちは正義だ。
そんな雰囲気だった。
ところが、その例では看病をしていた妻が感染して亡くなっていた。
看病は適切だったけれども感染対策が万全ではなかったようだ。
病み上がりの夫には妻のように適切な看病ができず、周りの勧めに応じて逃げた。
この例は世間に「看病をすると死ぬ」というインパクトを与えてしまい、患者が回復したことが正しく認知されなかった、と書いてあった。
天井を仰いでため息をついた。
毎度毎度思うことだけれども、本当に、本当に、なんて世界に来てしまったのだろう。
一体誰が家族を置いて逃げろなどと言ったのか。
この理解不能で非情な謎ルールを解明するヒントは、ヘルグリン病が初めて国内で確認されたときのエピソードに隠れていた。
最初にこの病が確認されたのは西北にある小さな領地らしい。
高齢者が次々と感染したため、未知の病を治療するために隣町から治癒師が出向いたそうだ。
しかし、治せなかったばかりか町に戻った治癒師本人が病に感染していることが判明し、その治癒師を介して町にも感染者が広がる騒ぎに発展した。
さらに町から町へと移動する商人を介して領内の他の町にも感染は拡大してゆく。高齢者だけでなく若い世代にも広がり、治癒師にそっぽを向かれて皆ひどく衰弱した。
数人の死者が出ると、高齢だった領主は恐れをなして自領から逃げ出し、王都へ避難してしまった。
この領主がヘルグリン病から最初に逃げた人物だ。
病と共に恐怖が広がり、領民たちは自分の家族に感染者が出ると領主に倣って逃げ出した。
その際、周りに感染が拡大しないよう家の窓とドアに木の板などを打ち付け、患者が外に出られないようにしたというからおぞましい。
最初に感染が確認された村からは人がいなくなり、ゴーストヴィレッジになった。
その噂は瞬く間に他の領地へも広まることになる。
同じ病が発生すると皆が同じように逃げた。
そのまま時が経過し、現在に至るというわけだ。
ちなみに、最初に逃げた領主様はそのまま領地には戻らず、王都で暮らし続けて老衰で大往生したらしい。
「死の病」という言葉ばかりが先走り、本来助かる人が死亡していると著者は憤っている。
患者を監禁して見殺しにすることで感染拡大を免れているに過ぎず、このやり方では何百年経とうと何一つ進歩しない。
だから逃げないで欲しい。病気と向き合ってもらいたい。
ヘルグリン病は死の病ではない。人が人を殺しているだけだ。
そう記してあった。
この著者は「天人族のくせに魔法で対処する方法を探さず、時間を無駄にしている」と批判され、変人のレッテルを貼られている。
本はちっとも売れていない。
わたしは再び天井を仰いだ。
もう、これだから異世界って……(涙)
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