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第九章 婚約

第181話:おぱんつの夜明けは近いぜよ

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「はっ、いけないっ」

 一度はおとなしく座ったけれども、すぐに大事なことを思い出してしまった。

「今度はなんですか?」
「今日はマダムに新しい生地見本を見せる予定でしたっ」
「リア様、安静にしていられないのですか?」
「これと……あ、これもですねっ。……あれ? もう一つあったのに???」
「リア様、お願いですから、おとなしくして下さい」

 生地サンプルを詰め込んだ箱を開けてガサゴソやっていると、後ろから大きなため息が聞こえてきた。
 しかし、おとなしくしろと言われても、もう極限までおとなしくしている。
 これ以上おとなしくするには、もうどこかに座ってモアッと口から魂を吐き出すしかない。

「リア様……」
「はい。あの、もうちょっとですので」
「言うことを聞かない子はこうです」
「へ? きゃっ」

 箱に手を突っ込んだまま生返事をしていたら、ガバチョと抱き上げられてソファーに運ばれてしまった。

「うう、生地見本が……今日必要なのですぅ」
「ミストに探させますからご心配なく。あなたはお薬の時間です」
「ぶぅぶぅ」
「ぶーぶーしないの」

 彼は粛々とわたしの薬を用意し、飲みやすいようにして渡してくれた。
 一方、ミストさんはわたしが探していたものをシュバッと一撃で取り出すと、必要な見本をまとめて会議室へ運んでいった。彼女はハイスペック美女執事だ。
 わたしは、しょんもりとお薬を飲んだ。

 アレンさんに監視されながら口から魂を吐き出して遊んでいると、時間どおりマダムがやって来た。
 間髪入れずに仕立屋の担当さんも到着。
 男子禁制おぱんつ会議の開催時間である。

 大会議室に集合した女子軍団は興奮していた。
 わたしはマダムと手を取り合って歓喜した。

 「ま、マダムっ! デザイン通りですよ~!」

 仕立屋さんはゆっくりと『おぱんつプロジェクト試作品第一弾』を並べてゆく。
 一枚、二枚、三枚……。
 徐々に皆のボルテージが上がってゆく。

 「まだむうううッッッ」
 「リア様ぁぁぁ!」

 マダム赤たまねぎと熱い抱擁を交わした。
 ついに、ついに、この世界で普通の下着(試作品)が産声を上げた。
 わたしがステテコおぱんつを脱ぐ日が来たのである。

 うおー、おぱんつの夜明けは近いぜよぉぉぉッッッ!

 生まれ変わったマダム赤たまねぎは天才だった。
 マダムのペンはいつぞやの変な儀式をしなくても止まることを知らず、コンセプトやイメージを伝えてあげるだけで紙の上を滑り続けていた。
 わたしが言葉でイメージを伝え切れず絵を描いて説明すると、マダムがそこに描き加えて、共作としてデザインを完成させた。

 わたし達は基本となる機能デザインをした後、三つのコンセプトを決めていた。
 ゴージャス系、カワイイ系、機能重視系の三パターンだ。
 いずれは販売する前提で作っているので、先々までブレない軸を立てた。
 そして、すべてのデザインをこの三つに分類しながら作業を進めた。

 しかし、試作品第一弾の仕立てに向けて動き始めたとき、事態は一転した。
 素材の一部が思うように入手できず実現できない部分が出てきたのだ。
 中でも補正機能のあるワイヤー入りブラジャーが作れないのは大きな誤算だった。

 当初、コルセットのボーン素材を使う予定だったのだけれども、よそのコルセット業者に取られてしまって必要数を確保できない。
 神薙からのオーダーとしてではなく、先々を見据えて別名義で発注していたことも災いしていた。
 神薙だと言えばすぐにでも調達できるだろう。しかし、それは何か違うと思った。

 ボーン素材を扱っている素材商人は、こちらが無名だという理由だけで交渉のテーブルについてくれない。
 複数の業者とも交渉を試みたけれども、状況は同じだった。
 わたし達は唇を噛んだ。

 「骨無しで作ってしまうほうが近道かも知れません」と、マダムが言った。
 かつて彼女も素材問題に直面したことがあったそうだ。

「昔から素材商人は人を見るようなところがあります。そのくせ互いに競争をしていて、少ない客を取り合っていますわ」

 「もっと小規模な商会をあたった方が良いのでしょうか」と、ミストさんが尋ねた。

「それでも良いですが、まずは手に入るもので作り、次に現物を見せながら交渉するほうが良い取り引きができると思いますわ」

 マダムの提案は、『新たな素材を手に入れたらリニューアル』を繰り返すことで、徐々に品質を上げていく作戦だった。

「この方法は、商品が売れていると業者との立場を逆転させられます。これらは絶対に売れますから、『是非うちから買ってくれ、もっと安くできる』と相手から言ってくるはずです。他の素材にも同じことが言えますわ」

ないす、マダム。
さすがは元売れっ子デザイナー。
それもそうですね。

「ミストさん、いつかあの業者を見返してやりましょうっ」
「そうですね。ちょっと悔しくて燃えてきました」
「では皆さん、先を見据えてちょっと作戦会議をいたしましょうか」

 マダムに背中を押され、急遽ワイヤーがなくてもそこそこ機能するよう脇の部分のデザインを再検討して修正した。

 ミストさんと二人で商人街の賃貸料や人件費の相場などを調べつつバチバチとソロバンを弾き、予測利益を計算した。
 彼女はニンマリと口角を上げた。十分商売として成り立ち、おぱんつの開発費用も回収できる見込みだ。

 試作品とはいえ発注数が多かったため、それに対応できそうな大きめの仕立屋を選んだ。
 作るものが女性用下着だと聞いた途端、担当を女性に変更する気遣いを見せてくれた。無名だからと門前払いを食らわせた失礼な素材業者とはえらい違いだった。

 おぱんつには皆の思いが詰まっている。

 仕立屋の担当者は試作品を綺麗に並べ終えると、大仕事を終えたかのようにニッコリと微笑んだ。
 お針子さんたちの興味も相まって、作業をしたがる人が多かったという。

 会議室にはわたしの分身マネキンの他に、S、M、Lサイズのマネキンがスタンバっている。次々と着せて確認すると、受領書にサインをした。

 まずは自分達で身をもって商品を評価する。
 モニターはわたしと侍女三人、メイドさん達など宮殿の老若女子軍団、そしてミストさんだ。

 サイズ別に紙袋に入れて配布し、皆で一斉に試用を開始した。
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