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第九章 婚約

第180話:安静に

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◇◆◇

 無事にエムブラ宮殿へ帰ってきたのは良いけれども、お部屋に辿り着いた途端、頭が痛い、胃が痛い、気分が悪い、腰が痛い、きゃーっ、あっちこっちの関節が痛ーい! ……と、なぜか悪化の一途を辿って大変な騒ぎになってしまった。

 今回のドタバタで一つ重要なことを学んだ。
 『神薙様は鋼のメンタルを身に着けないと健康に暮らせない』ということだ。

 精神的なショックを受けたり不安定になることは、神薙の健康に良くない。
 メンタルの調子が乱れると身を守っている魔力が乱れ、体のあちこちに影響が出るらしい。

 魔力と言われても実感がないわたしは、天人族の人達が当たり前のようにやっている魔力操作というのができないので、一度大きく乱れるとガタガタに崩れるそうだ。
 王宮医ブロックル先生は「これまで何もなかったことのほうが驚異的」と言っていた。それもひとえにわたしのメンタルコントロールの賜物らしい。
 魔力操作ができない代わりにメンタル操作でなんとか踏ん張っているのがわたくし神薙リア様なのである。

 ポルト・デリングで突如お喋りおばさまが現れたように、今後も不意打ちを食らうことがあるだろう。そういう時に備えて『図太く大らかに生き、何があってもどーんと構えて動じない人』を目指さなくては。

 体調が悪くてヒーヒー言っているわたしに、婚約者ヴィルさんはべったりと付き添ってくれていた。
 彼にとって、わたしに用意されたお薬の種類と量は想定を遥かに上回る多さだったらしく、必要以上に自分を責めていた。
 わたしがいくら大丈夫だと言ってもそばを離れず、「ちょっとサロンで新聞読んで来ようかな」などと言った日には抱っこされて運ばれる有り様だ。
 「歩いているのを見ているだけで心配。生きた心地がしない」と言うので、それならお話でもしましょうと提案した。
 結局コミュニケーションが足りていなかったばかりに二人揃ってひどい目に遭ったのだ。
 彼に主導権を渡すとまたワンワンしそうなので、わたしの体調に合わせて宮殿のあちこちへ行き、のんびり座って語らうことにした。

 不安や疑問、そして困惑を取り払ってしまうと、優しく愛してくれる彼だけが残った。
 聞けば、彼は彼で「感触は悪くないのに、なぜ自分が夫に選ばれないのか」と思い悩んでいたらしい。
 「これからは何でも話し合っていこう」と、彼は言った。
 ゆるりとした療養の時間に、わたしは彼のことがもっと好きになった。
 こうして二人で一緒にいられるのは、イケオジ陛下が間に入ってくれたおかげだ。
 彼のお父様も、陛下の元で諸々リハビリ中(?)のようだ。

 ヴィルさんの後ろでは、アレンさんが「仕事をしろ」という言葉を噛み殺していた。
 しかし、数日もすると王宮から仰々しい通知が来て、フィデルさんに団長代理の権限が与えられた。
 ヴィルさんのサインがなくても、フィデルさんが許可していれば進められる仕事が増えたそうだ。
 翌日以降、アレンさんの眉間の皺が少し薄くなっていた。しかし、この措置は副団長のイライラの素を減らすのが目的で、結果的に彼とフィデルさんの仕事は増えている。そして、ヴィルさんが余計に仕事をしなくて済むような環境になったわけなので、一概に「良かったですね」とは言えないのだった。

 わたしの体調がそこそこ回復した頃、陛下からヴィルさんに連絡が入った。
 「さぞかし暇だろう。こっちは手が足りないから手伝え」という内容だったらしい(笑)
 アレンさんの要望だけでなく、ヴィルさんのお父様が言った「遊んでいないで王族としての仕事をしろ」という話も同時に解決するべく陛下は手を打っていた。
 団長の仕事を副団長に落とし込み、「忙しい」と言い訳できなくしてから彼に王族としての仕事をさせるわけだ。

 わたしはアレンさんと顔を見合わせてニンマリとした。
 ヴィルさんは王宮へ出勤することが増え、毎日忙しそうだ。

 ゴソゴソ……うごうご……

 それを良いことに、わたしは『おぱんつプロジェクト』の仕事に勤しんでいた。
 後ろ髪を引かれながら出かけてゆく彼をハンカチふりふり見送ると、いそいそと部屋に戻って会議の支度をした。
 彼がいないのはちょっぴり都合が良かった。
 悪いヤツと言うなかれ。
 すべては愛しい彼のためです。どうぞお許しを。

 夫は『世』の平和のために王宮での会議へ出かけ、妻は『夜』の平和のためにおぱんつ会議をするのである。

 婚約が決まった今、おぱんつ会議は重要だ。
 わたし達は準備が整い次第、正式な婚約の手続きをすることになっている。
 気が早いことに、ヴィルさんはもう「俺の妻が」などと口走っていることがあった。
 いつまでも防御力ゼロのステテコおぱんつで戦っている場合ではない。
 カワイイおぱんつを装備するためには、体調不良ごときでへこたれていられないのだ。

 わたしはヴィルさんの目を盗むように、ガツガツと作業を進めた。
 週一でやって来るマダム赤たまねぎも絶好調。水を得た魚とはまさにマダムのことだった。
 多少の困難はあれど、プロジェクトの進捗は順調だった。


 おぱんつの試作品が届く日、会議用の備品としてマネキン人形が納品されてきた。
 ミストさんと一緒にサイズを測り、注文どおりであることを確認して納品書にサインをした。
 作者不明、顔はノッペラボー、素材も謎に満ちているけれども、指先まですべての関節が自由自在に動く優れものだ。表面には丈夫そうな生成りの生地が貼ってある。
 何を隠そうわたしの等身大マネキンである。

 仕立屋さんから納品された試作品を確認するために、手っ取り早くわたしの分身を作ったのだ。
 皆で相談をするにも着ているところを見ながら話すほうがスムーズだ。

 まずはセッセと関節を動かし、『ジョジョ立ち』のポーズにしてみた。
 我ながら良い出来だ。関節が細かく動くおかげで躍動感が素晴らしい。
 これなら色々なポーズを取らせて確認が出来そうだ。

 マネキンを抱えて会議室まで運ぼうとしていると、後ろから「こら」と叱られた。
 振り返ると眉尻を下げたアレンさんが立っている。

「病み上がりですよ? おとなしくしていられないのですか?」
「もう大丈夫かな、と」
「どれほど心配したと思っているのですか。今日もあなたを抱っこして運びたいくらいなのですよ? なのに、こんなものを持ち上げようとして、まったく油断も隙もない。怪我でもしたらどうするのですか」

 ヴィルさん以上に過保護な彼は、じっとしていろ、これ以上心配させるなと小言が止まらなくなっている。
 彼はチョチョイと人差し指を動かして部下を呼ぶと、本日の仕事場である大会議室へ運ぶよう指示してくれた。

「はい、もう戻っておとなしく座りましょう」
「ええ~っ」
「文句言わないの」

 わたしはそのままグイグイ押されてお部屋に戻されてしまった。
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