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8−8:淑女の秘密?(POV:ヴィル)

第170話:女特務師ミスト

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 会議室の前に駆けつけると、迎えにいっていたアレンと仲良く腕を組んでリアが歩いてきた。
 険悪な雰囲気でこそないが、二人で何やら言い合いをしている。アレンも切羽詰まり黙っていられないのだ。

 通用しないだろうとは思いつつも、両腕(罠)を広げて待つと、リアの顔に警戒の色が浮かんだ。
 やはりダメか、と思った瞬間、彼女がぴょん、と飛び込んできた。

「……」

 う、嘘だろう……?
 しばし間を置いてから彼女はこう言った。

「……ハアッ! しまったぁぁ!」

 アレンが豪快に吹き出し、腹を抱えて痙攣していた。

 可憐すぎて困る。
 普通、警戒していたら近寄ってこないだろうに。
 眉間に皺を寄せて「あなたのことなんて、ちっとも信用していませんよ」という顔をしているのに、彼女は俺の腕の中に収まっていた。
 リアはたまにすごく面白くなってしまうことがある。
 俺達からの質問をかわすことに必死で、考えていることと行動がちぐはぐになってしまったのだろう。

 飛び込んできた彼女を逃がすわけもない。
 抱きしめて拘束すると、じたばたした後、しゅんと大人しくなった。
 もう可愛すぎて、どうやっても笑いをこらえることができない。

 もう一度だけ彼女に密室で何をしているのか聞いたが、やはり何も語らないのでしつこく聞くのはやめた。

 降参だ。
 もうお手上げだ。
 俺達では無理だ。
 リアには敵わない。


 会議室の前でリアが出てくるのを待っていると、アレンが口をとがらせて愚痴をこぼした。

「まさか、赤たまねぎを呼ぶなんて」
「なんなのだ、その赤たまねぎというのは」
「今日来ているルビー・オリオンのことですよ。頭が赤たまねぎに似ている」

 リアはこの世界のあらゆる名詞を覚えるのが苦手だ。
 特に人名は元々覚えるのが苦手らしく、かなり苦労しているようだった。
 アレンの話では、リアが最初にルビー・オリオンと会った日、例によって名前を覚えられず、密かに「マダム赤たまねぎ」と呼んでいたらしい。

 実に面白い二つ名だが、俺は軽く身震いがした。
 俺はリアと出会った日、彼女に名前を書いたメモを渡してヴィルと呼んでもらうよう伝えた。だからこそ今まで何事もなかったのだが……

「なあ、名を書いた紙を渡さなかったら、俺も同じ運命だったのだろうか」
「今頃『みどりのひと』と呼ばれているのでは?」
「『目』を端折るなよ。緑の人では、ほとんど怪物じゃないか」
「あとは『みどりのお兄さん』とか『みどりの王子様』じゃないですか?」
「うわぁ、いかにもリアが言いそうだ……」

 危ないところだった。
 さすがに『みどりのお兄さん』と呼ばれるのは厳しい。

 アレンは壁に寄りかかり、隣に立つ俺をじっと見ていた。
 「なんだよ」と言うと、「どうします? 年配女性とは言え、外部の人間が来ていますけど」と口を尖らせた。

 彼は今までリアの最も近くにいた。それだけに距離を取られたのが悔しくて仕方がないようだ。
 この負けず嫌いが口を尖らせていじけている姿は、子どもの頃とまるで変わらない。

「女の特務師を入れるか」
「やっぱりそうなりますか。あまり特務師には近づけたくないのですが」
「訓練で知り合った者の中で、使えそうな女はいたか?」
「ミストという凄腕の女特務師がいます。他にも数人いますが、リア様と一緒にいて不自然でないのは彼女でしょう」
「強いのか?」
「クーラムの達人で、あらゆる武器を使いこなします。俺も色々教わっていますよ」
「性格は?」
「荒削り。真っ直ぐすぎるほど直線的。失うものが少ないせいか、普通の人間がやらないような捨て身の攻撃を顔色も変えず平然とやる」
「危ない女はダメだぞ?」
「魔法を使わない現場なら彼女に背中を任せてもいいですよ」
「お前が女性に対してそんなことを言うのは珍しいというか、もはや気持ち悪い」
「女性? ああ、まあ女性か……いや、うーん?」
「おい、女なのだろうな?」
「生物学上および見た目は間違いなく。ただ、性格は男に近いかと」
「それ……大丈夫なのか?」

 俺が眉をひそめると彼は「大丈夫ですよ」と歯を見せた。

「境遇はまるで違えど、リア様と共通点がなきにしもあらず」
「ほう?」
「戦争孤児で、誰かが拾って王都へ連れてきたようです。自分の持ち物はそのとき着ていた服だけだったと」
「どこの戦だ?」
「わかりません」
「そのくらい幼かったのか……」
「それもあるのでしょうが、彼女は記憶も何もないようです」
「記憶もない?」
「ミストという名は、拾った人物がつけた名だそうです」
「自分の名も覚えていないのか」
「家族は、というより村全体が皆殺しにされたのだとか」
「重いな……」
「そばに置くならリア様の気持ちが分かる人材が良いと思いますよ」
「分かった。少し調べる」

 俺は早々に叔父に頼んでミストの身辺を洗ってもらった。
 普段なら一週間はかかるところだが、よほど信頼度が高いのだろう。即日「問題なし」の返事が来た。

 女性騎士として第一騎士団に入れる案も出たが、神薙付きの女執事に仕立てた。
 アレンが推すだけあり、ミストは優秀な特務師だった。
 ヒト族とは思えぬほど頭が切れるし、護衛としても使える。
 俺に対してだけは少々不愛想だが、執事としてリアのそばに立つ分には問題ない。

 リアはミストを気に入ったようだった。
 早足で屋敷の中を散歩し始め、あちこちで声を掛けていたと思ったら、女性の使用人を三時の茶会に誘っていたようだ。
 侍女と使用人の女性が入り乱れるサロンに、「神薙と同じ席に着くなど有り得ません!」と狼狽えるミストをまんまと引きずり込んで仲間に取り込んだ。
 相変わらず、彼女の人心掌握術は恐ろしい……
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