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8−5:戸惑いと焦り(POV:ヴィル)
第156話:揃いの服と焦り
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リアの宮殿を離れ、執務棟で一日過ごしていると様々な人から声を掛けられる。
俺とリアが揃いの服で王宮を歩いていたことが噂になっていた。
結婚間近だと思い込んでいる気の早い者が多い。
行く先々で「おめでとうございます」と言われて返答に困っている。
残念ながら何一つおめでたいことは決まっていなかったし、誰も信じないだろうが揃いの服は偶然の産物だった。
俺はいつもの店員が勧めてくれたとおりに服を頼んだ。
背恰好が似ている店員が勧めてくれる服は大体いつも俺に上手いことハマるため、彼の言いなりになってしまうことが多かった。
リアのドレスを注文したのは侍女だったが、たまたま同じ店で頼んでいた。
生地は「この秋のおすすめ」だと言っていたので、ほかの客も勧められているはずだ。
それ以外の部分で、特に刺繍が似てしまったのは偶然だった。近づいてよーく見れば違う柄の刺繍なのだが、一見すると揃いの服に見えた。
「リア様はなんて言っていた?」と、クリスがチーズを切り分けながら言った。
仕事帰り、久々に騎士団宿舎にあるクリスの部屋に寄っていた。
彼の部屋は整理整頓されていてきれいだが、釣具店か、釣り道具倉庫に近い。
道具倉庫に人間が住まわせてもらっているかのような部屋だ。壁に飾ってあるのも有名な画家の絵ではなく、ギラギラ光る疑似餌だ。俺は落ち着かないが、彼は眺めていると癒されると言っている。
「リアは引いていたよ。『ねえ、ヴィルさん、なんでその服なの?』って、宮廷訛りで聞いてきた。答えようがなくて、話をはぐらかしてしまったぞ」
クリスは豪快に吹き出し、腹を抱えて笑い出した。
「こんなだから、夫に選ばれないのかな」と、俺はチーズを口に放り込んだ。
彼はゲラゲラ笑いながら「そうかもな」と言った。
「こうして考えてみると、俺には夫に選ばれないような要素が多いと思う」
「この世に完璧な者などいない。ヴィルにはヴィルにしかない良いところがある。悲観的なのはお前らしくないぞ」
「アレンのほうが人としてバランスがいいよな。リアとも仲がいい。あの二人は気が合うと思う。冗談を言い合ったり、庭でかけっこをしていることもある」
「そうなのか?」
「体を寄せ合って、親密そうに話をしていることもあったな……」
「つまらない嫉妬はやめておけ」
「分かっている」
嫉妬をする天人族は愚か者だ。
俺達は自力で繁殖が出来ない不完全な種族だ。
創世主である神からこの星を完成させることを命じられ、神とともに世界を創ったとされている。
後から投入されたヒト族の民を自然の脅威から守り、健やかに暮らせるよう尽力する。徐々に人数は減り、やがて完全なヒト族の世になる。当初、神の計画はそういうものだったと言われていた。天人族は滅びる運命であり、滅びるまでが役目だった。
しかし、我々と同じ頭脳を持っているはずのヒト族が、神の期待を大きく下回っていた。
天人族の魔法なしには生きられない弱き者で、放っておくと自滅してしまうことに神は気づいた。
そこで、天界から三つの使いを寄越した。
龍の一族と、その龍が各々連れてきた友。それから、龍と同じ数の聖女だった。
龍を大陸ごとの所有者とし、管理させた。一緒に来た龍の友と聖女はそれの手伝いだ。聖女には天人族を繁栄させる能力も与えた。
諸事情あり、この東大陸には聖女がいなくなった。代わりに繁殖のために神薙がいる。
滅びるはずだった天人族は、たった一人の神薙に群がることで、どうにか種を存続させている。
神薙は極めて重要な存在であり、天人族の共有財産とも言える。
我々はヒト族とは違い、婚姻によって神薙を独り占めすることはできないのだ。
嫉妬心がないわけではない。
どうあがいても無理なものを求めるのは愚か者だ。
厨房へ向かう通路で、アレンとリアが身体を密着させて話をしていた。
二人一緒だとよく笑う。
俺には彼らが特別な関係に見えた。
嫉妬ではない。
「王族は失敗をしてはならない」という父の言葉が頭をよぎる。
俺はただ焦っていた。
リアの甘い唇を吸い、恥じらう彼女に触れ、気をやるほど啼かせた。
会話もそこそこにそんなことをしたせいか、彼女は逃げるように寝室に隠れてしまった。
「嫉妬はしていないのだが、少し焦り過ぎた気はしている」
「詳しくは聞かないが、リア様を困らせるなよ?」
「頭では分かっているのだが」
「大体お前は……」
思わぬ客人が現れたのは、クリスが俺に説教をしようとしたときだった。
俺とリアが揃いの服で王宮を歩いていたことが噂になっていた。
結婚間近だと思い込んでいる気の早い者が多い。
行く先々で「おめでとうございます」と言われて返答に困っている。
残念ながら何一つおめでたいことは決まっていなかったし、誰も信じないだろうが揃いの服は偶然の産物だった。
俺はいつもの店員が勧めてくれたとおりに服を頼んだ。
背恰好が似ている店員が勧めてくれる服は大体いつも俺に上手いことハマるため、彼の言いなりになってしまうことが多かった。
リアのドレスを注文したのは侍女だったが、たまたま同じ店で頼んでいた。
生地は「この秋のおすすめ」だと言っていたので、ほかの客も勧められているはずだ。
それ以外の部分で、特に刺繍が似てしまったのは偶然だった。近づいてよーく見れば違う柄の刺繍なのだが、一見すると揃いの服に見えた。
「リア様はなんて言っていた?」と、クリスがチーズを切り分けながら言った。
仕事帰り、久々に騎士団宿舎にあるクリスの部屋に寄っていた。
彼の部屋は整理整頓されていてきれいだが、釣具店か、釣り道具倉庫に近い。
道具倉庫に人間が住まわせてもらっているかのような部屋だ。壁に飾ってあるのも有名な画家の絵ではなく、ギラギラ光る疑似餌だ。俺は落ち着かないが、彼は眺めていると癒されると言っている。
「リアは引いていたよ。『ねえ、ヴィルさん、なんでその服なの?』って、宮廷訛りで聞いてきた。答えようがなくて、話をはぐらかしてしまったぞ」
クリスは豪快に吹き出し、腹を抱えて笑い出した。
「こんなだから、夫に選ばれないのかな」と、俺はチーズを口に放り込んだ。
彼はゲラゲラ笑いながら「そうかもな」と言った。
「こうして考えてみると、俺には夫に選ばれないような要素が多いと思う」
「この世に完璧な者などいない。ヴィルにはヴィルにしかない良いところがある。悲観的なのはお前らしくないぞ」
「アレンのほうが人としてバランスがいいよな。リアとも仲がいい。あの二人は気が合うと思う。冗談を言い合ったり、庭でかけっこをしていることもある」
「そうなのか?」
「体を寄せ合って、親密そうに話をしていることもあったな……」
「つまらない嫉妬はやめておけ」
「分かっている」
嫉妬をする天人族は愚か者だ。
俺達は自力で繁殖が出来ない不完全な種族だ。
創世主である神からこの星を完成させることを命じられ、神とともに世界を創ったとされている。
後から投入されたヒト族の民を自然の脅威から守り、健やかに暮らせるよう尽力する。徐々に人数は減り、やがて完全なヒト族の世になる。当初、神の計画はそういうものだったと言われていた。天人族は滅びる運命であり、滅びるまでが役目だった。
しかし、我々と同じ頭脳を持っているはずのヒト族が、神の期待を大きく下回っていた。
天人族の魔法なしには生きられない弱き者で、放っておくと自滅してしまうことに神は気づいた。
そこで、天界から三つの使いを寄越した。
龍の一族と、その龍が各々連れてきた友。それから、龍と同じ数の聖女だった。
龍を大陸ごとの所有者とし、管理させた。一緒に来た龍の友と聖女はそれの手伝いだ。聖女には天人族を繁栄させる能力も与えた。
諸事情あり、この東大陸には聖女がいなくなった。代わりに繁殖のために神薙がいる。
滅びるはずだった天人族は、たった一人の神薙に群がることで、どうにか種を存続させている。
神薙は極めて重要な存在であり、天人族の共有財産とも言える。
我々はヒト族とは違い、婚姻によって神薙を独り占めすることはできないのだ。
嫉妬心がないわけではない。
どうあがいても無理なものを求めるのは愚か者だ。
厨房へ向かう通路で、アレンとリアが身体を密着させて話をしていた。
二人一緒だとよく笑う。
俺には彼らが特別な関係に見えた。
嫉妬ではない。
「王族は失敗をしてはならない」という父の言葉が頭をよぎる。
俺はただ焦っていた。
リアの甘い唇を吸い、恥じらう彼女に触れ、気をやるほど啼かせた。
会話もそこそこにそんなことをしたせいか、彼女は逃げるように寝室に隠れてしまった。
「嫉妬はしていないのだが、少し焦り過ぎた気はしている」
「詳しくは聞かないが、リア様を困らせるなよ?」
「頭では分かっているのだが」
「大体お前は……」
思わぬ客人が現れたのは、クリスが俺に説教をしようとしたときだった。
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