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8−5:戸惑いと焦り(POV:ヴィル)

第153話:アホウドリの尾

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 腹立たしいことに、何も解決できないまま最初の見合いの日が来てしまった。

 再三に渡って要求してきた初回の見合い相手五名の一覧が届いたのは、前日の夕方だ。
 リアはさらっと相手の身上書に目を通し、「全員同じことが書いてありますねぇ」と言った。
 一覧を見ると、たまたま全員顔見知りで、大きな問題のある人物はいなかった。
 彼女の言うとおり、皆似たり寄ったりな経歴の持ち主だ。書類上で個性が見つけられないのも無理はなかった。
 とりあえず変な輩がいなければ良いと胸を撫で下ろした。

 しかし、どうもイドレのことが心に引っかかる。
 彼自身が何かするというより、彼の不誠実な仕事ぶりが巡り巡ってどこかに風穴を開けるのではないかと不安なのだ。
 俺がモヤモヤしていると、アレンも全く同じことを言った。
 すると、寡黙な副団長マークが珍しく口を開いた。

「人も動物です。カンに従って動くことがあっても良い。彼と面と向かって話した二人が共通の不安を感じているのだからなおさらでしょう。それは不安ではなく、予感もしくは予測です。予測できる事態には備えるべきだ」
 
 マークの言葉に背中を押され、狙われやすい移動中の警備を厳重にする決定を下した。
 物々しさに周りが驚くかも知れないが、この際、恰好などどうでも良かった。

 出発前にリアの部屋へ迎えに行くと、また彼女はどこか遠くを見ていた。
 まるで俺が絶対に立ち入れない異世界でも見るような目をしている。
 名前を呼ぶとハッとして、こちらの世界へ戻ってきた。
 彼女の傍らで心配そうな表情を浮かべていたアレンと一瞬目が合う。彼は僅かに首を振った。

「リア、今日は少し護衛の数が多くて距離が近いが、怖がらないでほしい」

 彼女に伝えると、いつものほわっとした愛らしい笑顔を浮かべた。そして、「わかりました」と言った。
 王宮に着き、我々と雑談をしているうちは同じ笑顔を見せていたが、イドレが控え室に入ってくるとリアの表情は一転した。

 普段の彼女は、誰に対しても平等に優しく微笑みかける人だ。
 街に出たときもそれは変わらない。店員や周りで買い物をしている客など誰とでも気さくに話し、可憐な笑顔を見せる。
 日頃の彼女を見ていない者には分からないかも知れないが、イドレの前には普段とは別のリアがいた。
 僅かな微笑みを貼り付けたような、微妙な表情を崩さなかった。

「彼女は奴を信用していない。ここまではっきりと態度で知らせてくるとは思いませんでした」

 アレンが俺の近くに来て、小声で言った。
 リアと過ごしてきた時間が最も長い彼ですら驚いていた。

 イドレは相変わらず感じが良く、そして極めて無駄な話をしていた。
 俺は「護衛を一人、中に入れさせてもらえないか」と話しかけながら、奴をリアから離した。
 どうせ「決まりが」と答えるのだろうし、返事に興味はなかった。単にリアから距離を取らせようと思っただけだった。

 しかし奴は、「それはできません。神薙法で決まっているので」と答えた。
 以前聞いたときは「王の承認を取った見合いの方針で決まっている」と言っていたが、話が変わっている。我々が危惧していたとおり、この馬鹿者は神薙法を見ているのだ。

「王の承認をもらった書類とやらはどうした? 神薙法は見ずに、それを優先して仕事をしろと書かれた王命ではないのか」

 俺が睨みつけると奴は目を逸らし、「そういった書類は初めからありません」と言った。
 ついにアホウドリが尻尾を出した。


 その日の予定をすべて終えた後、行きつけのレストランの個室を取り、旧知の商人であり民間特務組織の長でもあるベルソールと会った。
 民間組織とは言え、彼に調べさせるにはイドレはいささか小物すぎる。まずは相談をと思い、食事に招待した。

 俺の何倍も修羅場をくぐり抜けて生きている彼は、いつぞや俺が贈った革の鳥打ち帽を被り、待ち合わせ場所に颯爽と現れた。もう六十はとっくに過ぎている歳だが、そんなの嘘だろうと思うほど足腰がしっかりしていて歩くのが速い。
 食事を楽しみながら最近の様子を尋ねると、息子への引き継ぎがもうすぐ終わるので、会長職を退いて隠居生活に入るのだと嬉しそうに話していた。

 彼はカルセドという小さな国の貴族の生まれだ。しかし、色々あって幼い頃に家族でクランツ領へ引っ越してきた。
 若かりし頃はどこかの貴族の従者をやっていたらしいが、その後、王都で商売を始めた。
 彼は外国語が得意だったため、祖国のカルセドをはじめとする諸外国から様々な商品を集め、王都で売って身を立てた。本人いわく「人以外はなんでも売った」とのことだ。
 その傍ら、情報収集をする秘密組織を作り上げた。王家からの信頼は厚い。
 彼は苦労人だ。それゆえに他人の苦労も理解できる。

 食事がデザートに差しかかったところで、イドレについて現時点で分かっている事実を俺の主観を抜きにして説明した。
 ベルソールは南国産の珍しい果物を平らげると、腕組みをして唸った。

「なんとまぁ、若までそんな大変なことに」
「叔父も何か言ってきたのか?」
「んんー」

 彼は眉を撫でながら「色々ありますねぇ」と言った。
 身内の依頼であっても、別件については滅多に語らない男だ。
 
「現時点でイドレを罪に問うのは難しい」
「不誠実は罪ではありませんからね」
「しかし、奴は何かがおかしい。王命の所在をあやふやにする輩など見たことがない」
「王命を力づくで確認しますか?」
「今はそれをするだけの根拠がない。肝心の王と宰相が多忙すぎて、書面で命を発したか否かも確認できていない」
「時期が悪うございますなぁ」
「目的を明確にしよう。俺は見合いを安全に行いたい」
「まずはそやつを排除するのが手っ取り早いでしょうな。しかしその根拠がほしい」
「ところが、奴はすぐに姿を消してしまう。今日の見合いも、最後の相手を紹介した後、気づいたら消えていた。俺に追求されると思って逃げたのだと思う。普段もつかまらない」
「王宮で若の包囲網に引っかからないのなら、そやつは王宮の外でしょう。出勤して早々に外出しているか、そもそも出勤していないという線を考えに入れたほうが良いです」
「俺も今、どこをどう探すべきかが分からなくなってきている」
「軽く素行調査でもしてみますか。家から追えば居場所は掴めましょう。若はなるべく頻繁にその者の職場を訪れて所在を確認してください。時間が許すなら一日に数回行って、手帳に訪問日時を控えておいてください」
「ふむ」
「こちらでは同時刻にそやつがどこで何をしていたかを記録しています。あとで照合できます」
「分かった」

 翌朝からイドレの素行調査が始まった。
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