159 / 352
8−5:戸惑いと焦り(POV:ヴィル)
第152話:リアの様子がおかしい
しおりを挟む
見合いの話になると、どうもリアの様子がおかしい。
急に表情が乏しくなり、いつもの可憐な笑顔が消えた。
まるでどこか遠いところを見ているような目をしている。
口が重く、言葉を選んでいた。
「まるで置物のようなのだ」と、俺は言った。
「嫌なのではないか? そもそも見合いそのものが」と、クリスは言った。
俺もそう思って彼女に尋ねた。しかし、彼女は長い時間をかけて言葉を選んでいた。
しばらくしてから、「とりあえず、一度はあの方の言うとおりにやってみようかと……」と、小さな声で言った。
アレンが二人きりの時に尋ねても同じ答えだったらしい。
イドレはリアの宮殿にやって来ては、彼女が黙って聞いているのを良いことにたっぷりと時間をかけて茶を飲み、菓子をむさぼりながら一人でべらべら喋っていた。
リアはどこか達観したような、微妙な表情をしている。
自分の話は一切せず、相手の話に相槌を打って聞いてやっているのだ。
まさか永遠に我慢する気なのかと思っていたら、ある時、奴が去った後に彼女がポツリと呟いた。
「この時間があったら、本が一冊読めましたねぇ」と。
待ってましたとばかりに、次からは若い執事が出ていって用件だけを聞き、追い返すようになった。
イドレという文官は、最初から感じの良い人物ではあったが、少なくとも俺には極めて不誠実な男だった。
「決まりがある」の一点張りで、こちらの要求はすべて拒否する。
次回持ってくると言ったものは、「忘れた」とか「今、修正が入っているところで出せない」とか、言い訳ばかりで一つも出てこない。
そして、いつも居場所が分からなかった。
つかまらないせいで、問題が一向に解決しない。
「まさかあのアホウドリ、神薙法を見ていないだろうな」と、アレンが眉間にシワを寄せて言った。
神薙法とは神薙にまつわる諸々を定めた法だが、多大なる問題を抱えている。
そういった事情から、俺の名前で改正案を提出してあった。
今、リアに関することは、すべて叔父が発した王命によって動いている。
王は法より上に在るものだ。
法に「左だ」と書かれていても、王が「右だ」と言えば物事は右へ動く。
神薙法には見合いについても様々なことが書いてあったが、それは先代のようなケダモノが餌を食うために設ける席の在り方を定義したものだ。当然ながらリアには合わない。
だから叔父は文官に対し、王命として具体的な見合いのやり方を指示しているはずだった。
イドレが「王の承認を取った見合いの方針」と呼んでいる書類こそが、その具体的な王命である可能性が高い。
だからこそ、密室で二人きりになるという記述があるわけがないと考えていた。
アレンの言うとおり、イドレが何らかの理由で王命をはき違えていたり、それを紛失するなどして、万が一にも神薙法を基に物事を進めようとしていたら一大事だ。
神薙法の改定が進んでいれば良かったのだが、そちらはそちらで別の問題が起きていた。
何度催促をしようが一向に進まないのだ。
「別件で忙しくて」と言い訳をしている文官の手には、いつも当たり前のように茶か菓子があり、ソファーでダラダラと喋っていて机にすら着いていなかった。
王の承認を取りつければ施行できる状態にして(彼らが何もしなくても済むものを)提出しているのだが、着手すらされていなかった。
クリスは天井を仰ぎ、「どいつもこいつも脳が干からびている」と両手を上げた。
ごく一部のまともな者を除いて、文官にまつわる課題は掃いて捨てるほどあり、こんなものは王宮の日常茶飯事だ。
この国の法は万全ではない。
法整備が進んだ他国の例などを聞いていると、オルランディアの法など恥ずかしくて法とは呼べぬ代物だ。それぞれの時代の王が、自分の手間を省くために作ったツギハギの決まりごとに過ぎない。
時代や環境が移り変わり、法の内容が現実的でなくなることも多い。しかし、見直しがされないまま放置されている部分が数え切れないほどあった。
そのくせ非戦闘員が手厚く保護され、悪いことをしても罰を受けずに済むおかしな法は、やたらと何度も改訂されている。
事件が起きる度に「こんな法ではダメだ」と兵部が異議を唱え、王に裁きを求めることになった。
王が自分の手間を省くために作ったはずの法が、かえって手間を発生させていることも多い。
こんな時に限って、その最高権力者である叔父は頼りにならなかった。
もちろん遊んでいるわけではない。
隣国で開かれる各国首脳を集めた大陸会議を控えており、あちらも次から次へとアホウドリどもの失態が明らかになって大騒ぎしているのだ。
イドレの上司だったはずの男は優秀だったため、叔父のところに引き抜かれていた。
おそらく叔父と宰相も、今の俺と同じように声にならない悲鳴を上げ、なぜ自分がこんなことをしなくてはならないのかと思いながら、目の前の問題解決に躍起になっていることだろう。なにせオルランディアは議長国なのだ。
しかし、叔父は法の最高責任者でもある。
法が我々の仕事を邪魔するのであれば、俺は叔父に諫言をしなくてはならない。ちょっと諫める程度ではなく、かなりイカツイやつを放つことになるだろう。
「俺がやるべきなのは、もしかしたら十三条の書類作りかも知れない」
ため息混じりに言うと、クリスは「冗談抜きで始めないか?」と言った。
急に表情が乏しくなり、いつもの可憐な笑顔が消えた。
まるでどこか遠いところを見ているような目をしている。
口が重く、言葉を選んでいた。
「まるで置物のようなのだ」と、俺は言った。
「嫌なのではないか? そもそも見合いそのものが」と、クリスは言った。
俺もそう思って彼女に尋ねた。しかし、彼女は長い時間をかけて言葉を選んでいた。
しばらくしてから、「とりあえず、一度はあの方の言うとおりにやってみようかと……」と、小さな声で言った。
アレンが二人きりの時に尋ねても同じ答えだったらしい。
イドレはリアの宮殿にやって来ては、彼女が黙って聞いているのを良いことにたっぷりと時間をかけて茶を飲み、菓子をむさぼりながら一人でべらべら喋っていた。
リアはどこか達観したような、微妙な表情をしている。
自分の話は一切せず、相手の話に相槌を打って聞いてやっているのだ。
まさか永遠に我慢する気なのかと思っていたら、ある時、奴が去った後に彼女がポツリと呟いた。
「この時間があったら、本が一冊読めましたねぇ」と。
待ってましたとばかりに、次からは若い執事が出ていって用件だけを聞き、追い返すようになった。
イドレという文官は、最初から感じの良い人物ではあったが、少なくとも俺には極めて不誠実な男だった。
「決まりがある」の一点張りで、こちらの要求はすべて拒否する。
次回持ってくると言ったものは、「忘れた」とか「今、修正が入っているところで出せない」とか、言い訳ばかりで一つも出てこない。
そして、いつも居場所が分からなかった。
つかまらないせいで、問題が一向に解決しない。
「まさかあのアホウドリ、神薙法を見ていないだろうな」と、アレンが眉間にシワを寄せて言った。
神薙法とは神薙にまつわる諸々を定めた法だが、多大なる問題を抱えている。
そういった事情から、俺の名前で改正案を提出してあった。
今、リアに関することは、すべて叔父が発した王命によって動いている。
王は法より上に在るものだ。
法に「左だ」と書かれていても、王が「右だ」と言えば物事は右へ動く。
神薙法には見合いについても様々なことが書いてあったが、それは先代のようなケダモノが餌を食うために設ける席の在り方を定義したものだ。当然ながらリアには合わない。
だから叔父は文官に対し、王命として具体的な見合いのやり方を指示しているはずだった。
イドレが「王の承認を取った見合いの方針」と呼んでいる書類こそが、その具体的な王命である可能性が高い。
だからこそ、密室で二人きりになるという記述があるわけがないと考えていた。
アレンの言うとおり、イドレが何らかの理由で王命をはき違えていたり、それを紛失するなどして、万が一にも神薙法を基に物事を進めようとしていたら一大事だ。
神薙法の改定が進んでいれば良かったのだが、そちらはそちらで別の問題が起きていた。
何度催促をしようが一向に進まないのだ。
「別件で忙しくて」と言い訳をしている文官の手には、いつも当たり前のように茶か菓子があり、ソファーでダラダラと喋っていて机にすら着いていなかった。
王の承認を取りつければ施行できる状態にして(彼らが何もしなくても済むものを)提出しているのだが、着手すらされていなかった。
クリスは天井を仰ぎ、「どいつもこいつも脳が干からびている」と両手を上げた。
ごく一部のまともな者を除いて、文官にまつわる課題は掃いて捨てるほどあり、こんなものは王宮の日常茶飯事だ。
この国の法は万全ではない。
法整備が進んだ他国の例などを聞いていると、オルランディアの法など恥ずかしくて法とは呼べぬ代物だ。それぞれの時代の王が、自分の手間を省くために作ったツギハギの決まりごとに過ぎない。
時代や環境が移り変わり、法の内容が現実的でなくなることも多い。しかし、見直しがされないまま放置されている部分が数え切れないほどあった。
そのくせ非戦闘員が手厚く保護され、悪いことをしても罰を受けずに済むおかしな法は、やたらと何度も改訂されている。
事件が起きる度に「こんな法ではダメだ」と兵部が異議を唱え、王に裁きを求めることになった。
王が自分の手間を省くために作ったはずの法が、かえって手間を発生させていることも多い。
こんな時に限って、その最高権力者である叔父は頼りにならなかった。
もちろん遊んでいるわけではない。
隣国で開かれる各国首脳を集めた大陸会議を控えており、あちらも次から次へとアホウドリどもの失態が明らかになって大騒ぎしているのだ。
イドレの上司だったはずの男は優秀だったため、叔父のところに引き抜かれていた。
おそらく叔父と宰相も、今の俺と同じように声にならない悲鳴を上げ、なぜ自分がこんなことをしなくてはならないのかと思いながら、目の前の問題解決に躍起になっていることだろう。なにせオルランディアは議長国なのだ。
しかし、叔父は法の最高責任者でもある。
法が我々の仕事を邪魔するのであれば、俺は叔父に諫言をしなくてはならない。ちょっと諫める程度ではなく、かなりイカツイやつを放つことになるだろう。
「俺がやるべきなのは、もしかしたら十三条の書類作りかも知れない」
ため息混じりに言うと、クリスは「冗談抜きで始めないか?」と言った。
46
お気に入りに追加
440
あなたにおすすめの小説
美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する
くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。
世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。
意味がわからなかったが悲観はしなかった。
花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。
そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。
奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。
麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。
周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。
それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。
お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。
全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた
愛丸 リナ
恋愛
少女は綺麗過ぎた。
整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。
最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?
でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。
クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……
たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた
それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない
______________________________
ATTENTION
自己満小説満載
一話ずつ、出来上がり次第投稿
急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする
文章が変な時があります
恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定
以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる