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第六章 淑女の秘密

第105話:神薙様の悩み

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 ◇◆◇

 「リア様、これは?」

 アレンさんが『クリストファー・ジョン』という題名の本をこちらに見せながら言った。

「読んだ……ような気が」
「探偵モノの一作目です。ドノヴァン君という少し頭の悪い助手がいる」
「あっ、読みました。それは是非つづきを借りたいと思っています」
「では返却、と。これ面白いですよね」
「最後の謎解きがドキドキですねぇ」

 しばらく片付けをおサボりしていたせいで、あちこちに読み終えた本が置きっぱなしになっていた。
 まずは寝室の本を片付けてリビングへと運び出し、続いてリビングの本棚を整理していた。
 アレンさんに手伝ってもらいながら、図書室へ戻す本を箱に入れていく。

 ヴィルさんは恨めしそうに「これがなければ俺が手伝うのに」と言った。
 彼の手には分厚い書類があり、その日のうちにすべて読んで返却しなくてはならないとボヤいている。

「団長、できもしないことは言わないほうが良いですよ? リア様は何でもできますから馬鹿にされます」
「俺ができないと言う根拠は?」
「片付けができなくて幼い頃から従者が付いているのは有名です。生徒会室も散らかし放題。その後を片付けるのはいつも私でしたから」
「くそ……」

 大丈夫ですよ、ヴィルさん。
 実家のまめ太郎さんも散らかしの専門家でしたから、全然驚きません。

 本の片付けが終わり、今度はアレンさんとチェステーブルの位置を変えた。
 ゲーム環境を整えるため、チェステーブルの隣に別の小さなテーブルを並べて置いた。

「ここに教本を置いて、お茶とお菓子がここで……」
「軽食ぐらいならここでいけますね。夢中になると食事に行くのが面倒になりますから」
「片手でパクリとできるメニューを増やさなくてはですねぇ♪」
「先日のカルツォーネという包みパンは非常に美味でした」
「フフフ♪ 今度は念願のチリドッグにしましょう」

 チェスの前でキャッキャしていると、お茶の時間になった。


 「リア、ちょっと大事な話がある」

 お茶を頂きながらアレンさんとチェス話で盛り上がっていると、やけに真面目な顔でヴィルさんが言った。
 彼の手には依然としてぶ厚い書類があり、ほとんどページが進んでいない。

 わたしはアレンさんと顔を見合わせ、目をぱちくりさせた。

「なんでしょう?」
「以前、俺のベッド・・・・・で言っていた話なのだが」
「は……?」

 突然の問題発言である。
 ヒュオーッと冷たい風が足元を撫で、場が凍り付いた。
 
 今、なんと仰られました?
 「俺のベッドで言っていた話」ですって?

 始まった。
 まただ。
 柴犬ヴィル太郎がワンワンし始めたのだ。

 「俺のベッドで言っていた話」というパワーワードは、ヴィル砲となって同じ部屋にいた面々に炸裂していた。
 いつも一緒にいる侍女とアレンさんは仕方がないとしても、ただお茶とお菓子を運んできてくれただけのメイドさん二人は完全にもらい事故だ。

「ヴィルさん、その言い方は語弊があります……」

 わたしはメイドさんが落としかけたシュガーポットをすんでのところでキャッチし、それをワゴンに戻しながら迎撃した。

 ふと見るとアレンさんがフリーズしている。
 彼はクワッと目を見開き、ヴィルさんを凝視して固まっていた。
 真面目な彼はヴィル砲をまともに食らって混乱しているのだ。

 今、皆の頭の中は、おおかた「いつの間にそこまでの関係になっていたの?」で一杯のはず。
 おそらく「徹夜明けで帰ってきた日ではないか」という仮説に辿りついている。なぜなら、わたしが彼の部屋へ運ばれていく様子を皆が見ていたからだ。
 しかし、わたしが三十分も経たずに部屋から出てきていた事実にも気づくはず。
 そうすると「いくら何でも早すぎないか?」という疑問が浮かんで迷宮入りとなる。

 名探偵アレンさんは、その謎を解くべく肉体をフリーズさせ、精神だけ仏世界へ旅立った。
 しかし気づいてほしい。それはそもそも起きてもいない事件の捜査だということに。

 彼の表情は徐々に憂いを帯び、まるで夕焼けの海岸に佇む仏像のような哀愁を漂わせていた。わたしはこんなに悲しげな仏像をほかに知らない。
 あれほど「ベタベタ触るな」と言って守ってきたのに、まさかあのわずか三十分足らずで……とでも考えているのだろうか。

「アレンさん? しっかりしてアレンさん。今考えていることは、何もかも、すべて誤解ですよ? 目を覚ましてくださいっ」

 ユサユサすると、彼はハッとしてわたしを見た。
 もう一度「誤解です」と伝えると、彼は小刻みにカクカクと頷いた。

「ああ、すまない、君たち。何か変な言い方をしてしまったかなぁ?」

 ヴィルさんは悪そうにニンマリとして言った。
 わざとだ……。
 自分だけ仕事をしていてつまらないと散々ボヤいていた彼は、腹いせに人を混乱させて喜んでいる。
 忘れた頃に言ってはいけないことを言い、やってはいけないことをやる。問題児ヴィル太郎は今日も健在だ。

「ど、どういったお話でしたでしょうか」

 笑顔を貼り付けた。
 動揺は彼を喜ばせるだけだ。

「何か『問題がある』と言っていた。それは一体何なのかと」
「確かに言いました」
「気になって仕方がない」
「うーん、それは……」

 「今は少々問題があるので服を脱ぎたくない」という意味で咄嗟に口をついた言葉だった。
 その問題が何なのかと聞かれると……。

 わたしは侍女長と目配せをした。
 侍女三人にしか打ち明けていない、深刻かつ恥ずかしい悩みがあった。

 それは──

 ぱ……

 ぱんつがダサいのだ……。

 ……(汗)

 一体何を言っているのかと思われそうだけれども、これはとても大事なことだった。

 この国のおぱんつは、とてもとてもダサいのだ。

 でも、安心してください。はいています。
 それしかないので仕方なくはいています。とてもダサいです。とても……っ(泣)

 戸惑いながらも不自由なく暮らしてきた。
 ただ、各ジャンルで少しずつの我慢は必要で、ちょっと不便だったりオシャレではなかったり、なんか違うなーと思うことはある。
 あえて文句は言わず、ありのまま受け入れる努力をしてきた。ここが外国だと思えば、大概の不便は受け入れられた。
 そもそも神薙に与えられるものは王国トップクラスの品物ばかりなので、それを超える要求をするのは違うと思っている。

 しかし、おぱんつだけは努力しても受け入れられそうにない。

 わたしの中でこの問題が深刻化したのは、お見合いが始まって結婚後のことを考え始めたときだった。
 一番分かりやすいのは新婚初夜だ。
 当然ながらナイトドレスは脱ぐことになるわけだけれど、そこで下着がダサいというのは痛恨の極みだ。

 試しに下着姿で鏡の前に立ってみた。
 その破滅的なダサさは、自分の姿を直視するのがツラいレベルだ。
 「ダサいおぱんつ世界選手権」でもあるなら呼んでほしい。絶対にわたしが優勝する。

 どうダサいのかというと、まず形状。
 どこからどう見ても「ひざ上丈のステテコおパンツ」である。
 そして色にも問題があった。
 白、一択しかない。
 全国的に女子のおぱんつと言ったら「白ステテコ一択」なのだ。

 今や日本では小学校の体操服やスクール水着ですら選択肢があるというのに、オトナのおぱんつが一択ってどういうことなのだろう。
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