100 / 140
5-1
神薙様の白ソース
しおりを挟む
料理長と打ち合わせをした翌日──
髪をアップにしてもらい、三角巾とエプロンを装備してから部屋のドアを開けた。
「お待たせいたしました♪」
「では参りますか。楽しみですね」
「はいっ、お願い致しますっ」
るんたった♪ と踊るように厨房へ向かう。
前日の落ち込みが嘘のような変わりようだ。
厨房からお料理を出す際に使うカウンターがアレンさんの特等席だ。
ハイスツールを持ってきて座って頂き、退屈しないよう珈琲とお菓子、それから届いたばかりのファッション雑誌をサービスする。
ターロン市場で揃えたミルやドリッパーなどの道具に加え、「ウォルトの喫茶室」で豆を買ってきてもらったのだ。ここは即席「リアの喫茶室」である。
彼は「王になった気分」と喜んで腰掛け、珈琲を一口飲む。そして「ああ、これはいいですねぇ」と微笑んだ。
「リア様が淹れる珈琲は格別です。癒されます」
「鑑定をして頂くので賄賂ですよ、賄賂。ムフ」
「何百回でも。さあ、何を見ますか?」
「全部で三回です。最後に味見の特典付き」
「こんなに割のいい仕事は誰にも譲りたくないですね」
アレンさんは好き嫌いがないので、本日の「鑑定」役に適していた。そう伝えると、「あの先輩の食わず嫌いが多すぎるのですよ」と彼は笑った。
「それでは始めましょうか♪」
くまんつ様と部下の皆さんを招待するガーデンパーティーが近い。
アレンさんの情報によると、主賓くまんつ様の好物は鶏料理だ。
学生時代、学校のカフェテリアで鶏の煮込み料理を七回おかわりしているのを見たことがあるとか、ニワトリがくまんつ様を見た瞬間、怯えて逃げ出すところを見たとか、ニワトリ絡みのオモシロ目撃談が多い。
お庭でのパーティーは、終わった後に壁や床の掃除をしなくても良いという大きな利点がある。揚げ物をしない手はない。
真っ先に候補に挙がったのはフライドチキンだ。
しかし、これは街中にとても有名かつ美味しいお店があるらしく、ややパンチが弱いと料理長は言った。
ブランド牛などもある豪華バーベキューなので、スペシャルメニューとして少し手の込んだもの、なおかつ神薙の宮殿らしく異世界っぽい一品を出したいと料理長は意気込んでいる。
鶏肉でフライドチキン以外となると、このリア様は、もう親子丼かチキン南蛮しか思いつかない(※単に自分が食べたいものという意味で)
油淋鶏もいいけれど、チキン南蛮に添えられたタルタルソースが好きなのだ。
どういう料理なのかと説明を求められ、タレに浸してタルタルを添えるのですよ、と説明した。
「ターターとは?」 ※発音できません
「マヨに色々混ぜたあれですねぇ」
「モヨーとは?」 ※発音できません
「え? たまごとお酢のアレですけれども」
「???」
「あれ?」
わたしがマヨラーではないせいか、今まで気づきもしなかった。ここにはタルタルソースとマヨネーズがないらしい。
確かに言われてみればこちらに来てからマヨ系の何かを食べたことがなかった。
召喚した神薙がマヨラーだったら、「もうおしまいだ」と言って大災害を起こし、大陸が滅びる気がする。
オルランディアには種類豊富なお酢があり、料理人が作るドレッシングはいつも美味しい。
わたしはまったく困っていなかったので、「ま、サルモネラ菌も怖いし別にいいか」と流した。
しかし、それこそが料理長の求める「異世界」であるため、本日の試作会に至るのだった。
問題はサルモネラ菌だ。非常に怖い菌なので、対策をしなくてはならない。
殺菌の作業工程は入れるけれども、万全を期して鑑定魔法を使える人に参加してもらおう、ということになった。
アレンさんをお誘いし、協力して頂くことに。
ただし、男子が大勢いる前で腕まくりをするな、と釘を刺されている。そこらへんは上手くやる方向で。
オルランディアも清潔ではあるけれど、清潔な国ランキングで堂々十位以内に君臨していた日本と比べれば劣る。
ここではお米が手に入っても、TKG(卵かけご飯)は絶対に無理なのだ。
マヨは料理教室で作ったことがあり、卵の湯せんもそのときに学んだ。卵が固まらないギリギリのところまで混ぜ混ぜしながら温度を上げる。
一応、湯せん前の段階で鑑定はしてもらっており、菌がいないことは確認済みなのだけど、念には念を入れる。
サルモネラ菌はお酢にも弱いので、使うお酢も多めだ。なにせオルランディア人は酸味のあるものが好きなので、ガツンと酸っぱくしても全然大丈夫。
料理長と二人でシャカシャカ混ぜている様子を、涅槃像のように穏やかな表情のアレンさんが見守っていた。
そして、マヨが完成すると鑑定魔法で問題がないことを最終確認してくれた。
人生初のマヨネーズを口にした料理長は、雷に打たれたようになっていた。
色々なインスピレーションが浮かびまくってしまったらしく、頭から湯気が出ると言いながら、猛烈にメモを取っていた。
でも「マヨネーズ」も「タルタルソース」も上手く発音ができないらしく、「白ソース」と「具入りの白ソース」のような呼び方をしている。
料理長が鶏肉を揚げて甘酢に浸す間、わたしはピクルスなどを刻んでタルタルソースを作った。
一口サイズにカットし、ソースを添えればチキン南蛮の完成。
三人で試食タイムだ。
「ん~……懐かしい~」
味もおいしいけれど、懐かしさで心までおいしい(涙)
グルメなアレンさんも気に入ってくれたようで、「これは美味ですねぇ」と言ってくれた。
「皆さんには少し甘いですよね。料理長がオルランディア風にしてくだされば、もっとサッパリとして美味しくなると思います」
「これはデカい先輩が歓喜する姿が目に浮かびます」
「フフフ、良かったです」
「今度、商人街の揚げ鶏も食べに行きましょう」
「はい。楽しみですねぇ」
厨房の人達や執事長、通りすがりのメイドさん達をひっぱり込んで、やんややんやと試食大会をした。
合いそうなパンやお野菜、お酒なども出して試し、ちょっとしたパーティーのよう。
そこに外出から戻ったヴィルさんがやって来た。
彼はとても上機嫌で試食をして、わたしが彩りにと添えていたトマトやレタスまで美味い美味いと食べていた。
あれ? お野菜が嫌いだったはずなのに? と思って見ていると、「あなたの手に触れたものは特別なのですよ」と、アレンさんは小声で言った。
「そう、なんですね……」
「リア様?」
「あ、えーと、残った卵白で何か作りましょう。ね、料理長?」
ヴィルさんのことを考えると胸が痛くなるので、話題を変えてしまった。
残った卵白でメレンゲクッキーを作ろうとしたけれど、窯を低温の百度で一時間保つ調整が意外と難しく、ちゅどーんと黒こげになった。
そうそう何もかも上手くはいかない……。
最新式の窯なら調節が簡単にできるらしいけれど、ここの設備は古くて無理らしい。わたしの専用厨房よりも設備更新のほうが優先だ。
アレンさんは「全部一緒にやるのが良いでしょうね」と、真っ黒メレンゲを見ながら、やはりホトケのように微笑んでいた。
髪をアップにしてもらい、三角巾とエプロンを装備してから部屋のドアを開けた。
「お待たせいたしました♪」
「では参りますか。楽しみですね」
「はいっ、お願い致しますっ」
るんたった♪ と踊るように厨房へ向かう。
前日の落ち込みが嘘のような変わりようだ。
厨房からお料理を出す際に使うカウンターがアレンさんの特等席だ。
ハイスツールを持ってきて座って頂き、退屈しないよう珈琲とお菓子、それから届いたばかりのファッション雑誌をサービスする。
ターロン市場で揃えたミルやドリッパーなどの道具に加え、「ウォルトの喫茶室」で豆を買ってきてもらったのだ。ここは即席「リアの喫茶室」である。
彼は「王になった気分」と喜んで腰掛け、珈琲を一口飲む。そして「ああ、これはいいですねぇ」と微笑んだ。
「リア様が淹れる珈琲は格別です。癒されます」
「鑑定をして頂くので賄賂ですよ、賄賂。ムフ」
「何百回でも。さあ、何を見ますか?」
「全部で三回です。最後に味見の特典付き」
「こんなに割のいい仕事は誰にも譲りたくないですね」
アレンさんは好き嫌いがないので、本日の「鑑定」役に適していた。そう伝えると、「あの先輩の食わず嫌いが多すぎるのですよ」と彼は笑った。
「それでは始めましょうか♪」
くまんつ様と部下の皆さんを招待するガーデンパーティーが近い。
アレンさんの情報によると、主賓くまんつ様の好物は鶏料理だ。
学生時代、学校のカフェテリアで鶏の煮込み料理を七回おかわりしているのを見たことがあるとか、ニワトリがくまんつ様を見た瞬間、怯えて逃げ出すところを見たとか、ニワトリ絡みのオモシロ目撃談が多い。
お庭でのパーティーは、終わった後に壁や床の掃除をしなくても良いという大きな利点がある。揚げ物をしない手はない。
真っ先に候補に挙がったのはフライドチキンだ。
しかし、これは街中にとても有名かつ美味しいお店があるらしく、ややパンチが弱いと料理長は言った。
ブランド牛などもある豪華バーベキューなので、スペシャルメニューとして少し手の込んだもの、なおかつ神薙の宮殿らしく異世界っぽい一品を出したいと料理長は意気込んでいる。
鶏肉でフライドチキン以外となると、このリア様は、もう親子丼かチキン南蛮しか思いつかない(※単に自分が食べたいものという意味で)
油淋鶏もいいけれど、チキン南蛮に添えられたタルタルソースが好きなのだ。
どういう料理なのかと説明を求められ、タレに浸してタルタルを添えるのですよ、と説明した。
「ターターとは?」 ※発音できません
「マヨに色々混ぜたあれですねぇ」
「モヨーとは?」 ※発音できません
「え? たまごとお酢のアレですけれども」
「???」
「あれ?」
わたしがマヨラーではないせいか、今まで気づきもしなかった。ここにはタルタルソースとマヨネーズがないらしい。
確かに言われてみればこちらに来てからマヨ系の何かを食べたことがなかった。
召喚した神薙がマヨラーだったら、「もうおしまいだ」と言って大災害を起こし、大陸が滅びる気がする。
オルランディアには種類豊富なお酢があり、料理人が作るドレッシングはいつも美味しい。
わたしはまったく困っていなかったので、「ま、サルモネラ菌も怖いし別にいいか」と流した。
しかし、それこそが料理長の求める「異世界」であるため、本日の試作会に至るのだった。
問題はサルモネラ菌だ。非常に怖い菌なので、対策をしなくてはならない。
殺菌の作業工程は入れるけれども、万全を期して鑑定魔法を使える人に参加してもらおう、ということになった。
アレンさんをお誘いし、協力して頂くことに。
ただし、男子が大勢いる前で腕まくりをするな、と釘を刺されている。そこらへんは上手くやる方向で。
オルランディアも清潔ではあるけれど、清潔な国ランキングで堂々十位以内に君臨していた日本と比べれば劣る。
ここではお米が手に入っても、TKG(卵かけご飯)は絶対に無理なのだ。
マヨは料理教室で作ったことがあり、卵の湯せんもそのときに学んだ。卵が固まらないギリギリのところまで混ぜ混ぜしながら温度を上げる。
一応、湯せん前の段階で鑑定はしてもらっており、菌がいないことは確認済みなのだけど、念には念を入れる。
サルモネラ菌はお酢にも弱いので、使うお酢も多めだ。なにせオルランディア人は酸味のあるものが好きなので、ガツンと酸っぱくしても全然大丈夫。
料理長と二人でシャカシャカ混ぜている様子を、涅槃像のように穏やかな表情のアレンさんが見守っていた。
そして、マヨが完成すると鑑定魔法で問題がないことを最終確認してくれた。
人生初のマヨネーズを口にした料理長は、雷に打たれたようになっていた。
色々なインスピレーションが浮かびまくってしまったらしく、頭から湯気が出ると言いながら、猛烈にメモを取っていた。
でも「マヨネーズ」も「タルタルソース」も上手く発音ができないらしく、「白ソース」と「具入りの白ソース」のような呼び方をしている。
料理長が鶏肉を揚げて甘酢に浸す間、わたしはピクルスなどを刻んでタルタルソースを作った。
一口サイズにカットし、ソースを添えればチキン南蛮の完成。
三人で試食タイムだ。
「ん~……懐かしい~」
味もおいしいけれど、懐かしさで心までおいしい(涙)
グルメなアレンさんも気に入ってくれたようで、「これは美味ですねぇ」と言ってくれた。
「皆さんには少し甘いですよね。料理長がオルランディア風にしてくだされば、もっとサッパリとして美味しくなると思います」
「これはデカい先輩が歓喜する姿が目に浮かびます」
「フフフ、良かったです」
「今度、商人街の揚げ鶏も食べに行きましょう」
「はい。楽しみですねぇ」
厨房の人達や執事長、通りすがりのメイドさん達をひっぱり込んで、やんややんやと試食大会をした。
合いそうなパンやお野菜、お酒なども出して試し、ちょっとしたパーティーのよう。
そこに外出から戻ったヴィルさんがやって来た。
彼はとても上機嫌で試食をして、わたしが彩りにと添えていたトマトやレタスまで美味い美味いと食べていた。
あれ? お野菜が嫌いだったはずなのに? と思って見ていると、「あなたの手に触れたものは特別なのですよ」と、アレンさんは小声で言った。
「そう、なんですね……」
「リア様?」
「あ、えーと、残った卵白で何か作りましょう。ね、料理長?」
ヴィルさんのことを考えると胸が痛くなるので、話題を変えてしまった。
残った卵白でメレンゲクッキーを作ろうとしたけれど、窯を低温の百度で一時間保つ調整が意外と難しく、ちゅどーんと黒こげになった。
そうそう何もかも上手くはいかない……。
最新式の窯なら調節が簡単にできるらしいけれど、ここの設備は古くて無理らしい。わたしの専用厨房よりも設備更新のほうが優先だ。
アレンさんは「全部一緒にやるのが良いでしょうね」と、真っ黒メレンゲを見ながら、やはりホトケのように微笑んでいた。
応援ありがとうございます!
44
お気に入りに追加
384
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる