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アレンさんとの内緒話

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 お見合い相手から聞かされる話は大体同じような感じだ。
 彼らと結婚すると、広い領地に住まう平民たちから山ほどお金を巻き上げて贅沢に暮らせるとのこと。
 根っからのド平民で搾取される側だったリア様は、そういう話が始まるとカチンときてしまうのだけれど、平民のスルースキルを発揮して我慢した。

 一人、平民をひどく見下している人がいた。
 笑顔でお別れした後、下を向いて、俗に言うFワードを小声で呟いた。
 スラングなんて元の世界でもほとんど使ったことはないけれど、むかむかと煮えくり返るハラワタをおさめるのに、何か言わずにはいられなかった。
 こちらの言葉で悪いことは言いたくない。かといって、坂下家お得意の江戸弁で「てやんでえぃ、べらぼうめ」と言う程度ではおさまりがつかず、ちょっと英語圏までおじゃまさせて頂いた次第だ。

「リア様、先程の言葉は何ですか?」

 ぎくり……。

 控え室に戻ってすぐ、アレンさんが聞いてきた。
 ドアの外で言った言葉だったので、彼にも聞こえていたのだ。

 「も、元の世界の言葉ですわ」と答えた。

「ほう、どのような意味ですか?」
「えーと、なんでしたかしら」
「怪しいですね」
「まあ、アレンさんたら、嫌ですわ。ほほほ」
「口調がいつものあなたではない……」
「あの……、とても悪い言葉ですの」
「やはりそうですか。意味は?」
「ええっ? い、意味をお知りになりたいの?」
「ぜひとも知りたいですね」
「二人だけの秘密にしてくださいます?」
「構いませんよ?」
「でも、やっぱり丁寧な言葉に言い換えて、淑女らしくお伝えしますね?」
「ふむ、お願いします」

 それでは。
 コホン……

「あなた様は、極めて、おしりのあなのような方ですわね」

 アレンさんはブフッと吹き出すと、脇腹を押さえて痙攣していた。
 苦しそうなので心配になり、大丈夫か訊ねると、「大丈夫なわけないでしょう」と震えながら彼は答えた。
 ひとしきり笑うと、「先程の方はダメでしたか」と彼は言った。

「民からの搾取を自慢されると、ちょっと。結婚したら、その片棒を担いてしまいます」
「そういう意味だと、次の相手も似たような人かも知れません」
「ええ~……」
「分かっていて会う分にはそれほど腹が立たないでしょう?」
「それもそうですねぇ」
「私も小さいながら領地を持っているので、あなたから『おしりのあな』と言われないよう気をつけます」
「アレンさん、違うのです。その前のところが重要なのですよ?」
「前のところ?」
「『極めて』の部分に、とても悪い言葉が使われているので、先程の方は『すごくすごーく、おしりのあな』なのです。普通ではないのです」
「……っ」
「ははぁ、おしりのあなが笑いのツボなのですねぇ?」
「あなたが言うからですよっ」

 わたし達がお腹を抱えて笑っているのを、少し離れた場所でヴィルさんが不思議そうな顔をして見ていた。


 お見合いのために王宮へ出かける日は、ヴィルさんの様子がおかしかった。
 ご機嫌斜めなのか、警備のことで何か起きているのか、厳しい顔をしていることが多い。
 王宮に着くと、それがより顕著になる。
 馬車を降りてから控え室までの移動中、しばらくなかった前後左右斜めをガッチリと固める「鉄格子スタイル」の警護が復活していた。
 そして、人が話しかけてこようものなら、ガッと前に立ちはだかり、「用は何だ」と威圧する。
 挨拶に来てくれた人がいても、絶対に控え室には入れさせなかった。

 「見合いの部屋に護衛を入れさせろ」と、ヴィルさんが元気ハツラツ君に詰め寄っているところを目にした。
 わたしも二人きりにされるのは不安で、誰かそばにいて欲しいと思っていたため、彼の意見を支持した。
 しかし、「神薙法で決まっていることなので」と、ハツラツ君は拒否。
 なんだその法律は?? と思ったけれども、法は強しだ。王族のヴィルさんが抗議しているのに、護衛が中に立ち入ることはできなかった。
 お相手がヴィルさんの知り合いであることが多く、部屋に入る前に「知り合いだ。大丈夫」と教えてくれることが度々あった。
 誰かの知り合いだと少し気が楽だ。

 わたしが延長を申し出ないかぎり、お見合いは一人につき三十分程度。五分前になると、担当者がベルの音で知らせてくれる。
 終了時間になって部屋のドアが開くと、毎回ヴィルさんが「嫌なことはなかったか」と聞いてきた。
 わたしは毎回「特にはないです」と答えた。
 彼はお見合い相手の姿が見えなくなると、苦しいくらいにぎゅっと抱き締めてきた。
 そして、アレンさんかフィデルさんにベリッと剥がされた。この流れは、もはや三人トリオのお約束芸となっている。
 
 用が済むと、わたしはすぐ自宅へ戻った。
 そして、部屋にこもってボーっと窓の外を見たり、ソファーで横になったりしていた。
 くまんつ様やアレンさん達なら、絶対にこんな話はしないだろうなー、と思いながら我慢する三十分を五セット。
 聞いているだけでも予想以上に疲労した。

 いまさら「お見合いはしたくない」とは言いづらい。
 だから頑張ろう、相手が知り合いのときは普通にお喋りをすればいいのだし……と、自分を励ました。

 ふと見たリストには、二百人を超える人の名前が書いてあった。気が遠くなるような数だ。
 本当に全員が王宮のフィルターを通過したのだろうか。あの三十分を、あと何回繰り返せば終わるのか。
 そう考えると、ひどい脱力感に襲われた。
 元気だけが取り柄なのに、体に力が入らない。

 こういう時、日本にいたなら何をしていただろう。
 会社帰りのジム通いにお料理教室。友達と食事に出かけたり、ワンコをモフったり……。
 わたしのストレスを溶かしてくれるものは多かった。こちらはどうも娯楽が少ない。

 神薙御用達プロジェクトの第一号となった「ウォルトの喫茶室」に行きたかったけれど、新聞で大々的に報じられたせいで最初の大バズりの真っ只中だ。連日行列ができていて、しばらく足が遠のいている。

 むぅー、こんなことではいけませんね。
 こういうときは自ら動かなくてはです。
 何かやりましょう。
 あっ、そういえば……。

 良いことを思い出した。
 ガバっとソファーから起き上がり、部屋を出る。
 ドアの前には彼がいた。

「アレンさん」
「どうされました?」
「お願いがあります」
「なんなりと」
「まずは厨房で打ち合わせをしたいです」
「では参りましょうか」
「はいっ」

 意気揚々と彼の腕につかまり、わたしは動き始めた。
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