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8−3:神薙の手紙(POV:ヴィル)

第139話:貴女を思うヴィルヘルムより

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 神薙へ手紙を書いた。

 まずは素晴らしい菓子へのお礼を伝えなければならなかった。
 神薙の魔力が混ざった菓子は、疲れを癒す効果がある。しかし、それよりも重要なのは、とても美味だったことだ。半分クリスに食べられてしまったのが口惜しい。
 できればもう一度お願いしたいところだが、それはもっと親しくなってから、様子を見て伝えることにしよう。

「さて、次は何を書くか……」

 よく考えたら、自分のことをまったく知らない相手に手紙を書いたことがなかった。
 しかも家名を明かしていない。明かさないままのほうが気楽だ。家が分かるような内容は避けなければいけない。
 なおかつ神薙が返事を書きたくなるような内容にする必要がある。彼女が魔力ペンで書いた字を確認したいからだ。

 ふむ……これは、意外と難しいな。
 皆こういう時は何を書くのだろう。
 クリスの笑える話でも書くか?
 昨日、あいつが描いたひどいクマの絵の話はどうだ?
 あの破壊力は子どもの時から変わらない。彼の画力は常に安定しているが、とにかく下手くそだ。俺も人のことは言えないのだが、そんな俺をぶっちぎるほど下手なのだ。
 あやうくアレンが笑い死ぬところだった。
 名前を伏せて「幼馴染くん」とでもしておけば分からないだろう。まさか降臨初日に大活躍した英雄クランツ団長のことだとは気づくまい。
 実は彼の面白い話なら売るほどある。釣りに行って二人で湖に落ちた話も書いてしまえ。

 方向性が決まってしまえば楽だった。
 他愛のない日常会話の合間に、神薙が返事をしてくるよう質問を混ぜ込んだ。

 ペンを滑らせながらふと思った。
 神薙は別の世界でどのような人生を歩んでいたのだろう。
 何をしたらアレンを陽動で出し抜いたり、絶体絶命の場面でゴロツキの顔を紙袋でぶん殴ろうと考えたりできるのだろう。

 彼女はアレンに対して、「宮殿の中で差別をするなら二度と来るな」と、強い口調で言い放ったことがある。
 てっきり彼をクビにしたいのかと思いきや、妙な平民デザイナーが不敬を働くと、自ら出ていって彼をかばった。
 自分のために命を懸けている護衛を侮辱されるのは耐えられないと言って追い返し、玄関先で母国の浄化の儀式を一人でやっていたらしい。

 なぜ宮廷訛りなのだろう。
 元の世界では何語を話していたのか。
 亡国パトラと何か関係があるのだろうか。
 母国の民は、どのような人々なのだ。
 親は何をしている? 兄弟はいるのか?
 どうやって生まれたのだろう。ヒト族のように女の腹から生まれたのだろうか。
 なぜ料理に詳しい。なぜ菓子を作れる。
 掃除ができるのはなぜだ。
 身分差別のない世界というのは、どのような社会なのだ。
 誰が政治をして、どう秩序を保ち、誰に服を着せてもらうのか。他国が侵略してきたら誰が戦うのだ。
 家に馬は何頭いる? まさか乗馬までできたりはしないよな。
 護衛は何人いた?
 趣味は何だ?
 ダンスは踊れるのか?
 観劇は好きか? 好きな演目は何だ?

 話したいことより知りたいことのほうが多い。
 しかし、思うままに質問ばかりを書き連ねたら、それは手紙ではなく質問状になってしまう。割合には注意が必要だ。
 とてもすべては書き切れないため、五枚目の便箋で終わりにした。

 結びの言葉も重要だろう。
 返事を書きたくなるように、かつ印象づけをしっかりとしておきたい。
 本棚から例文集を引っ張り出し、ちょうど良さそうな結びの言葉を探した。しかし、女性宛となると、どうもクサイ台詞が多い。

「これだけクサイ言葉が次から次へと書いてあるということは、こういうのが喜ばれるということなのだろうか……」

 空気に相談している俺である(当然だが返事はない)
 だから個室は嫌いなのだ。こういう時に「そうだね」とか「それは違うよ」と返事をしてくれる存在が俺には必要不可欠なのだ。

 「貴女を思うヴィルヘルムより」は、我ながらクサ過ぎて書き直したくなったが、例文集がオススメしてくれていることだし、気にしないことにした。

 一日が経過した神薙の便箋からは、魔力残りや花のような香りが消えてしまっていた。
 紙を撫でまわそうと、鼻を近づけようと、そこに神薙はいない。
 あの日、アレンを見つけて嬉しそうに人混みへ消えていったように、彼女の気配が消えた。
 神薙の手紙は、ただの紙とインクと文字の集合体になっていた。

 なあ、神薙、俺が渡したペンはもう使ってみたか?
 インクは出たのか?
 フギンは素晴らしいペン職人だ。ダメなら三番か四番にしよう。
 魔道具屋の爺様とは長い付き合いだ。いくらでも良いペンを用意してやれる。
 だから、俺が渡した魔力ペンで返事を書いてくれ。

 ノックの音にはっとして応えると部下だった。

「団長、なんか……ベルソール商会を名乗る人が来ています。頼まれていた商品を持ってきたと言っているらしいのですが、心当たりありますか? 受付が押し売りの類ではないかと心配しているのですが」
「知り合いだ。ここに通してくれ」
「承知しました!」

 苦痛を感じずに長い時間を机で過ごしていたのは久々だった。


 「珍しいですね。若が女性への贈り物とは、槍でも降ってきそうですが?」

 俺が神薙への贈り物を選んでいると、旧知の商人ベルソールが笑いながら言った。

「可憐な小リスだ」
「それならカルセドのハーブのお茶が良いのでは? 味も良いですが、現地では入れ物が可愛いと可憐なお嬢様がたを中心に人気です。今日持ってきたものは、いずれも生産量がそう多くありません。オルランディアではまず入手困難でしょう」
「さすが、抜かりがない」

 ベルソールが持ってきたものの中から、カルセドの有名なハーブの茶を二種類選んだ。

 「貴女を思うヴィルヘルム」は、あながち嘘ではなかった。
 気がつくと俺は、神薙のことばかり考えていた。
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